【距離:やや離れる】顔を見て話す時間が持てないレベル
21.そして苦悩に落つ
そしてあたしはと言えば――悩んでいた。かなり深く大きく、真剣に。あたしにも、あたしなりに悩みくらいあるのだ。
きっかけはファラン、になるんだろうか。
彼女の恋人であり、あたしにとっては同期の気のおけない同僚、ケインとの些細な、しかし本人にしてみれば深刻なすれ違い。
いつも笑顔のファランが珍しく暗い顔してるから、聞いてみたら、デートを三回すっぽかされた、だと。こっちはデートって美味しいの? てな感じだってのに。
ついには泣きだして手がつけらんなくなって、慰めたり宥めたりしてるうちに腹が立ってきた。
ついでに席も立って、スポーツバカ、ケインのいるハンタートレーニングジムに突っ走って――蹴り倒したりしないで、ちゃんと話を聞いてやった。
聞けば何のことはない、万年インストラクター不足の上に最近の忙しさが加わり、疲れてて会っても楽しい思いをさせてあげられないから、ですって。
うん、ケインはこういう奴なんだ。明るくて爽やかで、正直で真っすぐでクソ真面目。優しくて、だけど言葉が足りなくて恋と仕事をうまく両立できない不器用者。
あたしは笑っちゃって、まだ客を気にするケインをファランのとこに行かせた。で、代わりにその間、射撃練習中の客を相手にハンター・インストラクターの真似事をしたのだけれど――。
「昔はそれなりだったんだけど、久々に銃を持ってみたら全然的を得られなくなっててねえ。年取ったせいなのかねえ」
マギアから入り込んで成長した、俗に言う界来種である巨大生物に田畑を荒らされて悩んでいるというオジサンはそう言ってしょんぼりしてた。
そいつはイノシシを超巨大にして真っ黒にしたような生物で、威嚇射撃にも動じない上、デカいくせに俊敏で困ったやつなのだとか。
「それ多分、ブラックモギュだな。ほっとくと、とんでもなくデカくなる個体だからますます手がつけられなくなるぞ。役場に申請して、公式クラスハンターに依頼した方が良いんじゃない?」
「やだよ、ハンターに依頼すると高いじゃないか! 今ですら兼業で仕事していっぱいいっぱいなのに」
確かに、公式ハンター依頼料は年々上がってる。ブラックモギュを仕留めるなら最低でもBクラス以上のハンターの手を借りることになるし、非公式ハンターはぼったくりが多い。それなら、ジムに通う方が格段に安上がりだ。
とそこで、あたしは閃いた。
「オジサン、兼業っつった? もしや普段はデスクワークとかやってんの?」
「オジサンとは何だ、客に向かって失礼な! 大体お前は何なんだ? ただの受付だろうが! プロのインストラクターに教わりに来たってのに、いきなり交代するわ、言葉遣いは悪いわ……」
名前知らないんだから仕方ないだろ。受付やってるからって、にわか新規の名前までいちいち覚えてられっか。
憤慨するオジサンに足払いをかけて黙らせると、あたしはその背中に乗っかった。そして利き腕を中心に、肩から背中にかけてマッサージをする。
「あでだだ! 何す……おぁだだだ! ちょ、待っ……だだだだだ!!」
オジサンが悲鳴を上げる。構わずゴリゴリ揉む……というより抓り掴み倒し、あたしはある程度ほぐれたところでオジサンの背中から降りた。
「…………よし、いいぞ。もう一回撃ってみろ」
オジサンはもう逆らう気力も失せたのか、涙目で立ち上がり、言われた通りライフルを的に向けた。
バスン、という音とともに、腹に小気味良い衝撃が響く。
「あ、当たった。フォーム直しても全然駄目だったのに、何で……」
ギリギリとはいえ、弾丸は静止標的板の中に収まっていた。さっきまでは壁どころか二つ隣の的にまでバカスカ穴開けてたんだから、感動するのも無理はない。
「フォーム正したとこで、撃つ時にライフルの重みに負けて銃口ぶれるんじゃ意味ないじゃん。オジサン、射撃の腕前より胸郭出口に問題ありだよ。デスクワークで脛骨腕えらく酷使してるみたいから、ジム通うより整体行った方がいいんじゃね? 昔はそれなりだったって言うだけあって、筋は悪くないし」
「そ、そうなのか……年のせいじゃなくて、仕事のせいだったのか…………」
あ、やべ。あたし、もしかしなくても余計なことしちゃった?
金を落としてくれる客に、ここ来る意味ないって言ったも同然じゃね?
何と言い訳して繋ぎ止めようかと悩んでいたら、背後から軽い拍手の音が聞こえた。
振り向いた途端、あたしは凍りついた。
射撃場のドアにもたれていたのは、会いたくない奴リスト上位にいる人物だったからだ。
「へえ、ハンター・インストラクターもなかなか様になってるじゃない。皆様にご迷惑かけてないかと心配してたけれど、思ったよりは器用に仕事こなしてるのね」
奴が身に纏っているのは、ブラックレザーのタイトなライダースーツ。出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ羨まけしからんナイスバディラインを、裸よりエロエロしく際立たせている。
どうよどうよと見せつけやがってるんだ。そうに違いない。じゃなきゃ、このクソ暑い中にこんなもん着てくるかっての。
そいつは嫌味ったらしく拍手していた手で黄金のロングヘアをかき上げ、翠の目を向けて微笑んだ。
「ディアラ……さん、お久しぶりです」
あたしは思わず隊長、と呼びかけ、けれど何とか押し留めることに成功した。
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