Ⅱ-9 語るに落ちて知る志操

「弾薬は十分?」


「たぶんね、へーきへーき」


「浮かれて崖から足を滑らせないように」


「んもう、わかってるよ。じゃあ行ってくるね」


「ええ」


 わたしはそうしていつもの出入り口からの見送りで家とエルネスティーを後にした。向かう場所はベルトラン町長の邸宅。馬車の手配はいつでもできると言っていたから、朝日が昇って間も無いこの時間でも大丈夫だろう。念のため一度森へ向かうふりをし、陰からエルネスティーが家に戻る姿を見届けてから彼の元へと急ぐつもりだ。


 適当な町角で道を曲がって少しだけそこで待機する。角から頭だけを出してエルネスティーの様子を窺うと、彼女はわたしが見えなくなったことで家の中へ戻ろうとノブへ手を掛けていた。


 安堵して小さく溜め息を吐くと、わたしは踵を返して一直線にベルトラン町長の邸宅へと向かって歩き出した。



━━━━━━━━



「あれ、ギヨームさん。おはよう」


「マルール様。おはようございます」


 邸宅へ着いて門をくぐると、玄関前に馬車を出して馬と客車の手入れをしているギヨームさんの姿があった。


「わたしが来るってわかってたの?」


「いいえ。客人用の馬と客車の手入れはわたくしの日課なのです。ベルトラン・バラデュールが一昨日にあなたに約束事を取り付けたのだとおっしゃったので、マルール様が用を済まされるまでは手入れの時間を早めようかと。その様子を窺うに、どうやら功を奏したようで何よりでございます」


「そうだったんだ。ごめんね、朝早くに起こさせちゃって」


「お気になさらないでください。ベルトラン・バラデュールが心を通わせた仲でありますから。主人に仕える者として、少しばかりの早起きなど苦にもならないということです」


「そっか、ありがとう。ギヨームさん」


「恐れ入ります」


 ギヨームさんはぺこりと軽くお辞儀をする。本題に移った。


「ところで、ベルトランさんに一度顔を合わせておきたいんだけど、もう起きてたりするかな」


「ベルトラン・バラデュールでしたら、わたくしが先ほど起床のためにお部屋を訪問しました際に、既に起きて机に向かい、何事かを熱心にお書きになっていました。ですから二度寝をしていない限りは起きていらっしゃると思います」


 あ、二度寝することあるんだ……とベルトラン町長に対して親近感のようなものを感じたわたしは、「わかった。ギヨームさんはそのまま馬車の手入れをしてて。すぐ戻ってくるから」と告げる。


「ベルトラン・バラデュールのお部屋をご存知でおいででしょうか」


「うん。ギヨームさんに悪いから自分で行くよ」


「さようですか……。では、マルール様のお言葉に甘えるといたしましょう」


 わたしは頷くと玄関扉を開けた。振り向いてギヨームさんに手を振ってから中に入る。扉を閉めた。


 しかしどうしよう。ベルトラン町長の部屋なんて実際知らない。知っているのはせいぜい食堂とシャンタルの部屋ぐらいだ。それでわたしは食堂へと続く廊下で顎に手を当てて立ち止まった。シャンタルに道案内させてやればいいのだ。


 などと本当にしょうもないことを思いついてしまったのだが、先日のシャンタルの賢い行動を振り返ってみれば、それもあながち間違った考えではないはずだ。いろいろな野の香りを頼りに、歩き始めてからほどなくしてわたしはシャンタルの部屋の前に着いた。間も空けずにドアノブを回して中に入る。


「シャンタルー、ちょっと頼みたいことが……」


 そう呼び掛けながらなんの気無しに猛禽類のテリトリーに入ってしまったのが迂闊だった。部屋に一歩足を踏み入れてドアノブから視線を前に戻すやいなや──「ひゃわあっ!」──ばっさばっさと羽ばたきながらもの凄い勢いでわたしに突進してきたシャンタルの鋭い目、きらりと光る嘴。そして、シャンタルは眼前で急に止まると、後ろに派手にすっ転んだわたしの腹の上に鉤爪を食い込ませつつ降り立った。


「びびび、びっくりした……っ」


 ちょっとやそっとで死にはしない体だが、殺されるかと思った。


 わたしの悲鳴と尻もちつく音で気付いたのか、誰かが走る音。慌てて駆け寄って来てくれたのは不幸中の幸いか、ベルトランさんだった。


「どうしたんだねこれはいったい!」


「ベ、ベルトランさん……」


 ベルトランさんがおとなしくなったシャンタルを抱えて腕に乗せると、わたしのことも立ち上がらせてくれる。しかし、上手く立てない。


「あ、はは……。腰、笑ってるや……」


「まったく何をしとるのかね」


「それは、えっと」


 ライフルを杖にして体を支えながら先程の出来事をかくかくしかじか語ると、ベルトランさんは片手で目を覆い隠して空を仰ぎ見ながら大きな溜め息を吐いた。


「それはそうだろう。安易に猛禽のテリトリーに入るなど。わざわざ彼女のために一部屋用意している理由もそれなのだからな」


「あ、そうだったんだ……。ごめんねシャンタル」


「ピー」と返事のようなものをする。女の子。


「しかし、こんな朝早くに訪問してくるということは、さっそく今日バジーリオの元へ行こうというのかな。エルネスティー殿への方便はなんとかなったようだな」


「うん、大丈夫。行くつもりでばっちり準備してきた」


「なるほど。私は書簡を書いてくるから、先に馬車で待っていてくれ。では後ほど」


「はーい」


 わたしたちはそこで一旦別れた。シャンタルには申し訳無いことしちゃったな。朝早いしお休みタイムだったのかも。


 それからわたしはギヨームさんの所へ戻った。ギヨームさんは馬車の手入れを終えていたようで、馬の傍らに立ちながら行儀よく直立不動で構えていた。


「ベルトラン・バラデュールへはお会いになれましたか」


「うん。書簡を書いてくるから待っててだって」


「さようでございますか」


 ギヨームさんはお年寄りの人特有のにこやかさで朗らかに笑んだ。


 それがなんとなく気になってしまった。


「ね。ギヨームさん」


「はい」


 わたしは馬車の踏み台に腰掛けながら訊ねてみた。「ギヨームさんってずっとベルトランさんの執事をやっているの」


 ギヨームさんを見ると、顎に手を当てて考え込んだ。目を瞑って悩んでいるように見える。


 目を開くと、言う。


「何故そのようなことをお聞きに」


「だってすっごく優しいんだもん。見ず知らずのわたしなんかに……」


 ギヨームさんはその言葉を聞き、ほんの少し首を傾げた。


「お聞きになりたいですか」


「うん。すごく」


「では……」


 こほん、と軽く咳払いをして彼は改めてわたしに向き直った後、口を僅かに開いて──。


「マルール殿、待たせてすまなかった!」


「あ、ベルトランさん」


 あれ、と思ってギヨームさんを見ると、そちらを向いて深々とお辞儀をしていた。


 もしかしてベルトランさんには聞かれたくない話をしようとしていたのだろうか。というのも、わたしの視線に気づいた彼はお辞儀をしたままちらりとこちらを見、また今度の機会にという意図を含めたアイコンタクトをしてきたからだ。大切な人への隠し事はきっと誰にでもあるものなのかもしれない。


「いや、すまないすまない。書き間違いをしてしまってな」


 ベルトラン町長はわたしに書簡を入れた革製の筒を差し出した。


「その書簡には、一にマルール殿に迂闊な手出しはしないこと、二にマルール殿に迂闊な手出しはしないこと、三にマルール殿に迂闊な手出しはしないこと、四に突然の申し出の謝罪、五にできれば寛大な精神で我々の請願に応えてほしいとの旨が書かれてある。マルール殿には必ずこの書簡をバジーリオに渡してほしい。さもなければ貴殿より強くバジーリオに訴えてほしい」


「ええ……、うん……」


 決してふざけている訳ではなく、真剣な形相で差し出してそんな事を言うものだから、妙に気圧されて微妙な反応しかできない。それほどバジーリオ・ストゥッキという医師は危険な人物なのだろうか。


「というか、そろそろ行かないと着くのが遅くなっちゃう」


「ああ、確かに。ではギヨームよ。マルール殿をよろしく頼んだぞ」


「かしこまりました」


 わたしは書簡をしっかり手に持ち馬車に乗り込んだ。どうやらギヨームさんが目的地であるカナーレという街まで運んでくれるらしく、これなら道程安心とも言えそう。馬車に乗り込んでから窓の外で心配そうに手を振るベルトランさんに、わたしからもしばしの別れの手を振った。そして手綱を引くギヨームさんがちょうどよいタイミングで馬車を発進させる。


 そうしてわたしは少しの間、アンルーヴの町を離れたのだった。



━━━━━━━━



 アンルーヴ周辺の森を抜け、少し開けた平野のような場所へ着くと、不意に馬車が止まった。なんだろう、と思って窓の外を見ると、ギヨームさんがにこにこした顔で立っている。手には大きな籠。


「どうしたの?」扉を開けて訊いてみると、「ランチに致しましょう」と答えるギヨームさん。ひょいと顔だけ出して太陽の位置を確かめてみると、なるほどたしかにそれはすでに空高く昇って、頂点を少し過ぎたくらいの位置で輝いていた。それに気付いたためか、今までまったく鳴っていなかったお腹の虫も、思い出したように鳴き始める。


「あ、ありがとう」


「いいえ。これがわたくしの務めです」


 折り畳みの小さな木製椅子とテーブルに二人仲良く座って籠を開けると、そこにはおいしそうなサンドイッチがたくさん並んでいた。もうひとつの籠にはお魚とポテトのフライ。


「すごい! これぜんぶギヨームさんが作ったの?」


「ええ」


「食べてもいい?」


「ええ。どうぞ」


 にっこりとほほえんでくれて、わたしはとりあえずサンドイッチを手にした。ウサギ肉のローストとトマトと葉もの野菜が挟んである。では一口。


「んー……」


「どうですか」


「……おいしいっ!」


 もぐもぐ噛んで飲み込めば次の一口でサンドイッチは消えてなくなる。わたしは次々とサンドイッチに手を伸ばし、半分残しつつ、注いでもらったお茶を飲んでようやく落ち着いた。


「ギヨームさんの分まで食べちゃうところだったね。危なかった」


「わたくしには自分用の昼食を用意しているので、平らげていただいて構いませんよ」


「自分用?」


 ええ、はい、と妙に恥ずかしげに言うと、ギヨームさんは懐から小さな三角の包みを二個取り出した。手の平サイズだ。


「それ、なに?」


「これはおむすびというものでございます」


「おむすび?」


 わたしが小首を傾げると、ギヨームさんは慣れた手つきでその包みを解いてみせた。白い粒々を固めたようなおむすびなるもの。


「それがもしかしてお昼ご飯なの?」


「はい」


「少ないよ」


「はい?」


 そのあまりに貧相かつ質素なおむすびを見て叫んだ。


「そんなちっちゃな食べ物じゃすぐお腹空いちゃうよ。見た感じ栄養も無さそうだし……。食べるものにはもっと気を遣わないと」


「いえいえ、ご心配には及びません」


 そこまで言ってギヨームさんは包みを開くと、大きく口を開けて、おむすびに半分ほど食らいついた。上半分を食べられたおむすびからは、赤いものがひょっこり顔を覗かせている。


 ギヨームさんはよく噛んでから飲み込むと、軽く咳払いをして説明してくれた。


「この赤いものは梅干しと呼ばれるものです。梅というのはプラムの一種で、これを塩漬けしてシソと呼ばれるハーブで風味付けしたものが梅干しです。梅干しには高い栄養価と殺菌効果、また保存食として有効な側面があり、クエン酸という疲労回復効果を持つ成分を豊富に含有していることから、東方では古来より携行食として用いられていました。また、この白い粒々はお米と呼ばれ、パン以上に腹持ちの良い食材なのです」


「へええ、物知りだね。おむすびかあ」


 わたしはギヨームさんの説明を聞いて、そのおむすびに深い興味を抱いた。それに見た目はシンプルなのに、何だかとってもおいしそう。


「わたしも一口もらっていい?」


「一口と言わずに、一個差し上げましょう。おむすびのおもしろさがわかります」


「わかった。じゃあ、ギヨームさんはこのサンドイッチを食べていいからね」


「ええ。わかりました」


 わたしはギヨームさんからもう一個のおむすびをもらった。包みを解いてみると、ギヨームさんの持っているおむすびと特に変わった点は見られない。


 これのどこがおもしろいんだろう、そう思いながらわたしもギヨームさんと同じく、大口を開けておむすびに食らいついた。


「どうでしょうか」


 一粒一粒味わうようにもぐもぐ噛んでみると、お米という食べ物のふくよかな甘さの中にほんのり香る魚の風味……。


「焼き鮭が入ってる! こっちはウメボシじゃないんだね」


「そうです。おむすびというのは中の具材を変えることができるのです」


「へえ……。それに、ちょっと塩っ気があってすごく食べやすいよ。とってもおいしい。ありがとう、ギヨームさん」


「ええ。お口に合って良かったです」


 にこやかな笑顔を向けてきて、そう言うギヨームさん。わたしはすっかりおむすびに感心してしまった。エルネスティーの手料理の次くらいにおいしい。


「でも、どうして東方の食べ物なんて知ってるの?」


 はた、と気づいた疑問を口にし、次いで「それにこのお米っていう食べ物もウメって食べ物も、たぶん東方から来たものなんでしょ」と言う。すると、ギヨームさんはあらたまったような表情をして、口にしようとしていたサンドイッチを元に戻すと、姿勢を正して向き直った。


「それを話すには、わたくしの過去に関することに触れなければなりません」


 わたしはごく小さく俯いた。ギヨームさんの過去と言えば、ベルトラン町長の邸宅を出発する時にタイミング悪くお流れになった話題。


 ギヨームさんの不思議な人となりはどうも気になるし、私はこの際だから聞いてみた。


「ギヨームさん、すごく気になるよ。聞いてみたい」


「では話しましょう」


 そして、ギヨームさんは水筒の水を一口飲んでから、ゆったりした声で語り始めた。


「わたくしは以前アンルーヴではなく、もっと遠い場所で、とある義勇軍の一員として生きておりました」


「義勇軍? って、つまり別の組織を救うために結成された軍隊みたいなものか。そこで何か戦争があったの?」


 そうです、とギヨームさん。


「その場所こそが東方なのですが、当時わたくしはその義勇軍の中で下位の兵士でしたから、度重なる戦闘と雑務で体は疲れ果て、今にも倒れそうになっていました」


 うん、とわたしはうなずく。


「そんな折に現れたのが、前代のアンルーヴ町長でした。前代の主人は義勇軍に多額の融資と援助を申し出てくれた方でした。彼は早くに父をお亡くなりにおいででしたので、なにか父親の面影見ゆる男性をお探しだったのでしょう。義勇軍のテントの中で雑務をこなしていたわたくしに、彼はお声を掛けてくださいました」


「そのころのギヨームさんて、何歳だったの」


「現在は六十も半ばを過ぎていますので、当時は三十を少し過ぎていた頃です。──それで、それが前代との初めての出会いでした。それからわたくしと彼は、度々会っては父子のように語らうという事をしておりました」


 わたしは言葉の続きを待った。


「ところが、義勇軍の行動は不規則で山や森に身を潜めることがあれば、都市の廃墟と化したビル群に身を潜めることもあります。次第に戦況も激化してまいりましたので、彼と会う機会はだんだんと減っていったのです」


 しかし、とギヨームさんは続けて言う。


「戦況の悪化、テントの不規則な移動があったにも関わらず、相変わらず彼はわたくしを気に掛けては会いに来てくださったのです。わたくしはまるで、本当に前代の主人を我が子のように思ってしまいました。──そんなある日のことでした。わたくしの所属していた義勇軍のテントが襲撃されました。体制側につく非正規の軍隊。彼らもまた義勇軍でした。運悪くその時わたくしは伝染病に体を冒されていましたので、立ち上がることすらできませんでした。しかし、同じくそのような運の悪い時に共にいた彼は、わたくしの体を支え、危機に乗じてわたくしを戦場から引っ張り出してくれたのです。そのままわたくしはこの町に辿り着き、彼による懸命な処置のおかげで一命を取り止めたのでございます。それからわたくしは一生をバラデュール家に仕える事でその恩に報いようと決心いたしたのです」


 ふっと軽く息を吐きながら微笑むと、ギヨームさんはまた水筒の水を汲んで飲み下した。きっと、いつもはこんなに話さないから、喉が疲れたんだろう。


「そっかあ……。じゃあギヨームさんもわたしとおんなじなんだ」


「おんなじ、とは?」


「わたしもエルネスティーのおかげで二回も命を救ってもらったんだ。本当に感謝してる。エルネスティーはいつも寂しそうだし、わたしでいいなら一生一緒にいたいなって」


 小さく体を畳んで三角座りになると、ギヨームさんはにっこり笑顔になった。


「そうだったのですか……。エルネスティー様は確かに寂しそうでした。マルール様、あなたが一生を彼女と共に過ごせば、その寂しさもいずれ払拭されることと思います。前代の主人もわたくしとお話を重ねる毎に元気になっていましたから」


「……うん、ありがとう」


 それからランチを終えると、少し遅れた時間を取り戻すよう、急いでカナーレの町へと向かった。



━━━━━━━━



 カナーレは、花の街と呼ばれています。


 もう一度の休憩を挟んだ時、ギヨームさんがそう言っていた。元は大都市だったけれど、昔にあった戦争が原因で今は中小都市ぐらいの規模まで縮小してしまったらしい。けれども花の街としての名声は衰えていないようで、そこかしこで色とりどりの花を揃えた花売りの貨車が見受けられた。


 カナーレに着いたわたしはベルトランさんの別荘でギヨームさんが淹れてくれたコーヒーに舌鼓を打っている。カナーレは「夏」という季節で、昼間はアンルーヴとは比べられないほど気温が高かったのだが、夜はコーヒーの温かさが身に染みるほど寒い。


「バジーリオさんてどんな人なの?」


 客人用の寝間着と毛布にくるまり、コーヒーをもう一口飲んだわたしは、暖炉の世話をするギヨームさんに訊ねてみた。


「バジーリオ様ですか」ギヨームさんは暖炉の世話をしたまま言う。随分気さくになってくれた。


「バジーリオ様はお医者様でいらっしゃるのですが、なかなか灰汁の強いお方と言えるでしょう」


「それはまたどんなエピソードがあっての評価?」


 わたしが訊くと、ギヨームさんは暖炉の世話を終え、向きなおった。


「印象的なものがひとつあります。お聞きになりますか」


「もちろんだよ」


 ギヨームさんもコーヒーをカップに入れ、わたしの対面のソファに腰掛けると、また穏やかな様子で話した。


 ギヨームさんのお話をかいつまむと、こうだ。


 それはベルトランさんとバジーリオさんがまだ学生の頃、別の町で勉学に励んでいた二人に運よく会える機会が出来たというので、二人は会うことになった。その頃この地方一帯は人間にも罹るという強い感染性を持つ鳥の伝染病が流行っていて、町中の至る所にスズメやカラスやハト、悪い時は人間の死体までが転がっていた。


 念のためギヨームさんが付き添いでベルトランさんに付いていたのだが、町角のカフェで落ち合おうという時に、運悪く人間の死体を見かけてしまったらしい。ベルトランさんとギヨームさんは動揺を隠してバジーリオさんに会ったが、死体から移った僅かな臭いで勘づかれてしまったようで、あまつさえバジーリオさんはその死体の在り処をベルトランさんに問い質した。バジーリオさんは医学生で人体に興味はあったけれど、まだそれはできない時だったから、彼はそれをすごく解剖したくてたまらなくなったんだって……。


 仕方無く死体を町から離れた森まで運んでいざ解剖してみると、何が楽しいのかバジーリオさんはそりゃもうザクザク切り刻んで、その詳細なスケッチを描き続けた。ギヨームさんによると、その時の彼の様子はまるで悪魔かなんかがとり憑いたみたいだったらしい。


「なんか本当にヤバそうな人だね。怖くなってきた……」


 気付けばコーヒーカップを持つ手が小刻みに震えていた。暖炉の前にいるのに心なしか少し肌寒い気もする。


 そんなわたしの様子を見て、ギヨームさんは言う。


「バジーリオ様と会う時はわたくしも立ち会います。ご安心ください」


「あう、うん。ありがとう」


 ギヨームさんに優しく声をかけられ安心したのか、しばらくして手の震えが止まってくれる。そうしてわたしたちは明日のために早めに寝ることにした。

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