第25話


 わたしは、カウンセラーの言葉に、とてもショックを受けていた。はじめて聞かされた別人格の5人のことに。


 現れた6人は、別人格ではなく、やはり過去の自分ということになるのだろうか。多重人格者であるわたしの別人格が、今の段階で5人いて、更に過去の自分が現れた。過去から現在にワープしてくるなどというのは、SF小説の中だけの話のはずだ。ありえない。


 わからないのは、過去の自分なのに、何故ひとりひとり名前が違うのか。過去の自分なら、全員、有坂優子という名前のはずだ。


 不可解過ぎる……。


 ボーッとした頭のまま、わたしは会計の窓口の前にある長椅子に座っていた。


「有坂さん。診察は終わりました?」


 5分くらい経った頃、会計の窓口から声をかけられた。


「あっ!まだでした!」


 わたしは、慌てて診察室へと向かった。はははやっぱりね〜と言いたげな薄笑いの会計の女の人の顔が横目に入り、とても恥ずかしかった。


 ショックのあまり、何も考えずに会計の窓口に来てしまったのだ。


「あぁ、有坂さん。いたいた。次、診察ですよ。入ってください」


 看護師から促されて、診察室に入る。


「変わりはありませんか?」


「はい」


 変わったことは、たくさんありすぎる程あるけれど、主治医の聞きたい変わったことではないので、はいと応えるしかない。


「では、同じ薬でいいですね。次の診察は4週間後です」


 3分診療ならぬ、30秒で診察は終わりだ。


 さて、いつもなら、カウンセリングだけで疲れてしまうので、コンビニかスーパーで、帰ってすぐに食べられるお昼ご飯を買い、家に戻るだけなのだけれど、今日は夕飯の材料と、明日の朝食の食パンを買わなければならないのだ。


 もう11時半になっている。食材を買う力を出す為に、自分の分のお昼ご飯を買おうと思い、コンビニへ向かった。車はコンビニの駐車場の一番遠くに停め、入口に置いてあるオレンジのカゴを手に取った。


 まず、カゴの横にある新聞をカゴに入れた。読む為ではない。ザッと目を通すが、その後は生ゴミを包むことなどに使うのだ。新聞を取っていないので、週に一度はコンビニで買うようにしている。


 その後、レジの近くの陳列棚へ行き、ホットコーヒーをひとつカゴに入れる。今ではコンビニでも、ドリップコーヒーを安く買えるようになっているし、コンビニの自動ドアが開くと、そのコーヒーの香りを嗅ぐ度に、一度買ってみたいと思うのだけど、どんな風に店員に言えばいいのか未だにわからず、まだ買ったことはない。それにめんどくさい。おでんも何と言えばいいのかわからないので、一度も買ったことがないのだ。


 新聞とコーヒーの入ったカゴをレジに置き、店員がレジを打ち出す前に焦りながら「ピザまんをひとつ」と言う。タイミングを逃すと言えなくなってしまうのだ。ピザまんとアメリカンドッグくらいなら、なんとか店員に言えるのである。


「ポイントカードはありますか?」と毎回毎回聞かれることがうるさいので、最近になってやっと作ったポイントカードを差し出す。


 クレジットカードを持たないわたしでも、なんだか知らないうちに、電器店やスーパーやコンビニの電子マネーなどのカードが、財布に入りきれないくらい溜まっている。


 車に戻り、コーヒーを飲みながらピザまんを食べる。一番遠い場所に駐車したのは、食べているところをなるべく人に見られたくないからだ。


 食べ終わると、次は病院の近くのスーパーへと向かう。毎日、大量の食材を買う羽目になるのだとすれば、なるべく毎日違うスーパーで買い物をしなくてはならないと思うの。


 何も悪いことはしていないし、たくさん買ってくれる客なのだから、店側としては、ありがたい客なのかもしれないが、今まで週一回だけ来ていた客が、急に毎日大量の買い物をしていたら、不審者とは思わないにしても、何があったのかと、変に思うのではないかと思うのだ。


 警備員も見ているのだから。何十台ものモニターで、ずっと客の行動を見ている。スーパーの裏を知っているわたしは、普段の買い物のときも、見られていることを意識しながら、買い物をしているのだから。


 今日、夕飯は何にしようかと考える。お腹がいっぱいになって、栄養が取れて、安く済むもの。それを考えなければならない。


 食パンは、パン屋さんのがいいとサリーが言っていたけれど、そんなことはできない。オリジナルブランドの食パンは安いが、やはりバサバサ感が否めないので、有名メーカーの半額や割引になっているものを探して、なんとか5個買えた。


 後は、卵のパックを手に取って、わたしは固まった。産直の産みたて卵は高すぎる。10個入り158円の特売品にしなければならないのだ。





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