第23話


 わたしが通院しているところは、個人の精神科、ハート安心クリニックだ。


 わたしの母親が、ハート安心クリニックは評判が良いという理由だけで、そこに決めてしまった。


 わたしの精神の異常を感じたのは、母親だった。


「優子、あんた絶対におかしいわよ!友達から良い病院を教えてもらったから、そこに行ってみましょう」


 そうしてわたしは母親に付き添われて、ハート安心クリニックを受診した。


 主治医に会う前に、まず問診票を看護師から渡された。その後に医者の問診。わたしは自分が、どんな風におかしいのかわからないので、付き添いの母親が医者と話した。


「とにかく変なんです。時々、人が変わったようになります。普段はおとなしくて穏やかな子なんですけど、突然怒り出したり暴れたり、泣き出したり。かと思うととても機嫌が良かったり、よく喋るなと思ったら男の人みたいな喋り方だったり、まぁ子供の頃から、そういうところはありましたけど、こんなに、人格が変わる程のことはありませんでした。離婚して、家に戻ってきてから特に激しくなったみたいで。怖いくらいコロコロと態度が変わるんです。部屋からはほとんど出てきません。食事もロクにしないので心配になり、ここに連れてきました。先生、娘を助けてください!お願いします!このままでは死んでしまいます……」


 そういうと母親は泣き崩れた。本当に泣いているのか演技なのか、たぶん演技なのだと思った。わたしのことより、心配なのは世間体で、わたしが部屋の中で餓死でもしていたら、自分が困るからだ。


「たぶん、うつ病ですね。薬を出しておきますから。それと、カウンセリングを受けた方がいいと思いますので、予約して帰ってください」


 医者はうつ病と診断した。わたしのことを多重人格者ではないかと判断したのは、カウンセラーだった。主治医は多重人格者のことには詳しくない感じなのだ。


 医者は、わたしの身体や気分のことだけを聞いて薬を出すだけの人。後はカウンセラー任せだ。


 診察の予約時間が9時半で、カウンセリングが10時だ。


 だけど、カウンセリングは10時きっかりに始まり10時50分ピッタリに終わることに決まっているが、診察は予約時間通りにいかない。


 主治医は、他の人の話は詳しく聞いているようだが、わたしの言葉には耳を貸さないという態度だ。


 何か言おうとすると「それはカウンセラーに話してくださいね」と言われてしまうので、今は体調のことだけを話して終わるようにしている。


 今日も、前の人の診察が長引いていて「有坂さん、先にカウンセリング室の方へ行ってください」と看護師に言われた。


 さて、昨日のことと今朝のことを、医者に話すつもりは更々ないが、カウンセラーには話した方がいいのかどうか、直前までわたしは迷っていた。


「有坂優子さん、どうぞ」


 カウンセリング室の前にあるソファーに腰掛けて待っていると、カウンセラーの宇野真由美がドアを開け、わたしの名前を呼んだ。


 カウンセラー室には、看護師はいない。完全に、1対1の面談だ。そして、カウンセリングの内容は、カウンセラーは絶対に他の人には話さないのだということを、初日に聞いている。


 もちろん、カウンセリングで病気が判明したときには、医者に伝えるのだけれど。


「どうですか?体調の方は」


「はい。眠れないので、やはり睡眠薬に頼ってしまいます」


「睡眠薬でグッスリ眠れていますか?夢は見ますか?」


 夢……。


「眠れています。夢と言えば、変な夢を見ました」


 カウンセラーの宇野と話していると、不思議といつの間にかいろんなことを話してしまっている。宇野自身が誘導するわけでもなく、ごく自然と話しているという感じだ。


 今日も、迷っていた6人のことを、今から話すつもりになってきている。ただ、夢だと言ったのは、幻覚だと自分から言ってしまうと、主治医に話され、入院などということになることを避ける為だ。


 幻覚だと判断するのは、患者ではないのだから。





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