二〇二三年 二月某日

 晶さんが出産・育児で休んでいる間、ピンチヒッター(でいいのかな?)として高嶋署に来ている天美友希あまみゆうき隊員。近頃はファンも増えて『高嶋署の蒼き狼』として管内でお馴染みとなりつつある。


「に~に♡」

「レイちゃん、こんにちは」


 この高嶋署に来た第三の『男装の麗人』は非番になるとウチへ来てコツコツと小さなオートバイを組み立て続けている。本人曰く男装している意識は無いらしいのだが、細身でウルフカット、やや長身で凛々しい中性的な顔つきなせいかラフな格好をしているとキレイな男の子に見えない事もない。


「いらっしゃい、レイは邪魔したらアカンよ」


 レイは高嶋署の女性白バイ隊員さんが店に来るとすっ飛んでくる。晶さんや純さん、そして天海さんを見るその目は恋する乙女の目だ。将来が少し心配でもある。


「レイちゃん、こんにちは」

「に~に、あそんで♡」


 天海さんの組み立てているミニバイクはホンダモンキー五〇、今となっては旧型のホンダモンキーだ。白バイ隊員だけあってオートバイにいろいろとこだわりのある彼女は自分の使い方を考えて部品を集めて組み立てている。


「ごめんねレイちゃん、お姉ちゃんご用があるから」


 うら若き女性が貴重な休日をオートバイに費やしてよいのだろうか? 少し心配になる。


「さぁレイ、ばあばのところへ行っておいで」

「うん、にーにバイバイ」


 部品をコツコツと集めながら組んだ車体は完成までもう少し。ハンドルはモンキーの折り畳み式ではなくてゴリラのトップブリッジを使った固定式、メーターは社外品のタコメーター一体式。スイングアームはアルミ製の少し長いもの、そして配線はセキュリティシステム対応の強化ハーネス。


「社外部品のほうが純正より安い時代になったんやな」


 メーカー純正品こそ最も品質が良く安価だと思っていた俺だが、最近は純正品の品質に疑問符が付くときもある。純正品にこだわるのは間違いはないが政界でもない、そんな時代が来たのかもしれない。


「選択肢が多いのは良いことです」


 王子様な晶さん、スポーツマン然とした純さんに比べると天美さんは物静かでミステリアスだ。どうしてこんなおとなしい人が白バイ隊員をしているのかと不思議に思う。


「ところでおじさん、エンジンとミッションの仕様なんですけど」

「今やったら大概の希望通りに組めるで」


 車体は自分で組む天美さんだがエンジンは俺に任せてくれるらしい。なんでも晶さんが「エンジンはおじさんに任せれば?」と言ったそうだ。


「今なら?」

「そうや、もう残り時間は少ない」


 このところ疫病や少し物騒なことがあったからか、純正部品の値上げや供給停止が相次いでいる。例えばビジネスバイクのCD系なんかはモンキーをロータリーシフトへ変更するのにシフトドラムやドラムストッパーを流用していたのだが、いつの間にか『ゴソウダン』という名の生産終了もしくは一定のオーダー数が貯まるまで再生産しない状況になってしまっている。


「最近はCD・CLの部品にゴソウダンが増えてきた、中古部品の出物もかなり減ってる」


 カブ系と呼ばれる本田横型空冷単気筒エンジンは車種によって細かな違いがある。メーカーの考えはわからないが、車種によって微妙な違いがある。微妙に違う部品を新車時に無い組み合わせをしてユーザーの好みにカスタムできるのは面白い。


「例えばですけど、もう出来ない仕様ってどんなのですか?」


 例えばだがCD五〇の四段ミッションはミッション自体はモンキー系だが軸受けがカブと同じだ。よってCD五〇のミッションはカブ五〇のクランクケースへ移植できる。さらにモンキーのシフトドラムを組み合わせれば一般的なオートバイと同じくリターンシフトの四速ミッションを組んだエンジンが出来上がる。


「二次クラッチのタイカブとCD九〇は純正部品が出んようになって久しいな」

「あ、CD九〇ですか」


 タイカブは遠心クラッチの、CD九〇は手動クラッチのカブ系エンジン上位クラスだ。完品ならエンジンだけで十万円近い値段になるはずだ。


「最近になってCD五〇のシフトドラム周辺に欠品が出てるからけど、部品はウチに在庫があるから今なら組める」


 あくまでも純正部品にこだわった場合の話で、海外製の部品を使えば手ごろなお値段で組めると思う。初期オーバーホールをする前提でエンジン丸ごとを買ってもよいかもしれない。


「何かの掲示板でモンキーのクランクケースの金型が壊れて、今後は金型修理代がプラスになるとか書き込まれてましたけど」

「それは聞いたことがあるな」


 クランクケースの件は俺の見ている横型エンジン系オートバイの掲示板でも話題になっていた。金型を修理するか新造してまで生産継続してくれるのは嬉しいが、手が出ない値段になっては買えない。


「ま、似たものならカブのクランクケースで作れるし安い。ところで、天美さんの『時間が無い』のは何で?」


 天海さんが返事をしようとしたとき、携帯が鳴った。


「ん?」

「あれ? 私?」


 しかも俺と天美さんの携帯が同時にだ。


「メールや」

「浅井先輩からですね」


 メールの文章は『行ってきます』とだけ。そして、自撮りであろう少しひきつった表情の晶さんの画像が添付されていた。 

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