2022年 10月
週刊原付を作る・こだわる所
「あ~ん、出して~! 出してほしいの~!」
「そんなに出してほしいの?」
リツコさんの声を聴いたご近所は「まぁ、涼しくなったのに熱いわね♡」なんて思う事だろう。
「あったかいの、あったかいのを出してほしいの~♡」
「出すだけでいいんか?」
ご要望とあればいくらでも出す。
「にゃ~ん♡ かけて欲しいの~」
「ちょっと早い気がするけどなぁ」
ついこの前まで暑くてたまらなかったのに、台風が来た頃から一雨ごとに涼しくなった。この何日かは涼しいを通り越して寒いくらいだ。寒くなれば温もりが欲しくなる。
「じゃあリツコさん、出すで」
「うん、出して♡ ああん、
俺はホットカーペットを敷いた。もちろんコタツ布団もかけた。寒くなるとコタツとホットカーペット、そして熱燗とおでんを欲するリツコさんである。
「中に入る……コタツって最っ高♡」
「レイちゃんもっ!」
ホットカーペットの電源を入れるのは少し早いがコタツ布団さえかけておけば足元の寒さは和らぐ。それに何と言ってもリツコさんは暖かくて暗く狭い場所が大好きなのだ。
「にゃ~ん♡」
「にゃー」
レイと一緒にコタツでくつろぐ姿はまるで猫の親子。喜ぶべきか憂うべきか、我が愛娘は母親そっくりである……性癖も含めて。
◆ ◆ ◆
どこぞの小説投稿サイトの作品で『男装の麗人が嫌いな女子は居るだろうか? いや、居ない』と書かれていた。某歌劇団やアニメ作品に出てくる中性的な見た目の女性キャラが魅力的なのは何となくわかる。だからといってご近所の奥様の大半がウチのお客さんを見に来るのはいかがなものだろうか。
「らしいで」
「ならばオーディエンスに答えなくては……キラッ☆」
「にーにかっこいい!」
天美さんがギャラリーに視線を送ると気温が数度上がった気がする。二酸化炭素を排出しない環境に配慮した暖房とも思える。
「うんうん、このサービス精神が純に足りないところだね」
頷く晶さんは大きくなったお腹を覆うマタニティウェアを着用中。未だにレイは「なんでにーにのおなかにあかちゃんがいるの?」と不思議がり、晶さんが女性だと伝えると「チョット何言ってるかわからない」と混乱している。
「でも甘い……
「はうあっ!」
「にゃ~!」
妊娠して少し切れ味が鈍った感はあれど晶さんのスキルは現役稼働中。奥様達は少し静かになり、レイも晶さんから離れない。おかげで天美さんの『週刊原付を作る』が順調に進む。
「モンキーって本当に必要最小限なオートバイなんですね」
「そうやな、だからこそ模型感覚で組み立てられる」
本当はノーマルを味わって物足りない部分をグレードアップして育ててほしいところだが、今回は天美さんが買ってきた社外部品を織り交ぜて一台造ることになった。
「モンキー用のダンパー入りハブか、なかなか渋い部品を選んだな」
「プライベート用のバイクですから、乗り心地重視で」
所々アルミ製の煌びやかなパーツが使われる車体だが、基本的にノーマルルックで組む方針だ。中古の純正部品ならある程度の在庫があるからってのも理由だが、当の本人曰く「取り締まる側なのに取り締まられてはたまらないから」らしい。
「ところでおじさん、エンジンとミッションはどうしよう?」
「エンジンは要の部品やな、何か希望はある?」
モンキーやゴリラのエンジンはスーパーカブと同系列だが違いがある。モンキーやゴリラの『Z五〇』や『AB二七』とスーパーカブの『C五〇』はミッションのシャフトを支持するベアリングが違う。当然だがシャフト自体も違うからそのままでは流用できない。
「海外製のエンジンを買おうかなって思ったけど、先輩がおじさんから買う方がイイって」
海外製のエンジンは品質が徐々に良くなりつつある。ホンダ純正のエンジンより排気量が大きい事もあってそれなりにパワーにゆとりがあるとも聞く。
「好きな部品を組めばいいと思うけど」
「けど?」
噂だが海外製のエンジンは品質にばらつきがあるらしい。大丈夫な物はあるが大丈夫でない物もある。一種のギャンブルともいえる。
「フレームとエンジンは純正をお勧めしたいなぁ」
「でも高いし」
モンキーのクランクケースは良いお値段で取引されている。パーツメーカーの出しているクロスやら五速やらのミッションはモンキーに使われていたニードルベアリングのクランクケースに対応だからだ。
「ミッションにこだわりが無いならカブのクランクケースにCD五〇のミッション、でもってモンキーのシフトドラムでリターンシフトにしたのがあるで」
リターンシフトの四速になればよいならCD五〇やマグナ五〇のトランスミッションをカブのクランクケースへ組むって手段もある。
「それって『純正流用』ってやつですか?」
「そうやね、やっぱり純正部品は安心やから」
CD五〇とマグナ五〇はトランスミッションのシャフトがカブと同じくボールベアリング支持だ。ところがミッション自体はモンキー系統と言えばよいのだろうか、カブの四速ミッションと少し違う。
「ギヤ比に少し違いはあるけど比較的安くでリターン四速を組めた」
「『組める』じゃなくて『組めた』ですか?」
CD五〇ならシフトドラムを、マグナ五〇ならスプロケットが付くカウンターシャフトを交換すれば『リターンシフト・四速・マニュアルクラッチ』を『比較的安く』で作れた。
「そや、もう『ゴソウダン』が増えたのと中古部品相場の値上がりで『比較的安く』は無理やけどね」
「そうですか」
残念だがモンキーやゴリラ、そしてカブなどを弄って遊べる時代は終わったのかもしれない。まだ部品が流通している今が最後のチャンスかもしれない。
天美さんの『週刊原付を作る』は部品さえ揃えば今年中に完成できるだろう。しばらくご近所の奥様方が見物に来る日々が続きそうだ。
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