ストーカー⑥ 一晩経って

 昨晩は状況を把握したところで御開き。本当は今後の対策を詰めたかったのだが、竹原君の彼女の体調が回復せず、送り届けるために解散となった。


「さてと、リツコさんは俺が送り迎えやね」

「うん、色々ごめんね」


 妊娠中でも「バイクで行きたい!」と駄々をこねたリツコさんも今回ばかりは素直にケージ……いや、軽バンに乗り込んでくれた。レイは連れて行かない。ストーカーは蒔野町に住んでいる。目と鼻の先ある今都町へ連れてゆくのは危険だ。


「レイちゃん、ママ行ってくるね」

「政さん、志麻さん。レイを頼みます」


 普段は志麻さん一人でレイのお守りとお留守番をしてくれているが、今回は政さんにも助っ人も頼んだ。志麻さんは(料理に使うアレ)を使った護身術をマスターしているが、女性の細腕では狂人から身を守る事ができないかもしれない。そこで(プラスチックの奴ではダメらしい)を使った拳法を使いこなす政さんの登場となったのだ。


「私と政にっ!」

「任せてくれっ!」


 熟年夫婦はビシッと決めポーズをして答えてくれた。決めポーズと言っても木の衣紋掛けを持ったお爺さんとお玉を持った割烹着姿のお婆ちゃんなのだが。


◆        ◆        ◆


「志麻さんたち、息がぴったりだったね」

「そうやな、俺らもあんな感じになりたいな」


 車内は俺とリツコさんの二人だけ。夜はともかく、本当の二人きりになるのはレイが産まれて以来かもしれない。今日のリツコさんはいつものブラウスとタイトスカートではなくてポロシャツと綿パンの組み合わせ。足元はスニーカーの機動性が高い服装だ。万が一の時に逃げやすい格好でもある。


「中さん、私はあなた以外の男に抱かれる気は無いの」

「あんな奴にリツコさんを取られてなるもんか」


 冷房の利きがイマイチだ。ホンダの軽バンは冷房が弱いので有名だが、これは明らかに冷えていない。エアコンのガスが抜けているのだろうか。クルマ屋曰くエアコンのガス漏れはモグラ叩き状態になるらしい。修理を済ませると弱ったところからガスが漏れ出して再度修理に出す羽目になる。何度も修理に出すうちに配管のほとんどを交換してしまいかねない。終いに修理を諦めて車を買い替える事になる。


「冷えんな、窓を開けるで」

「うん」


 ストーカーは何を考えているのかわからないが住所・氏名・電話番号をfaceboxで公開している。自宅の画像には自身が乗る軽トラックのナンバーも写っていた。監視してくれとでも思っているのだろうか。ルームミラーを見たがストーカーらしき軽トラックは写っていない。


「この車もそろそろ買い替えかな?」

「冷房が効かないのは辛いわね」


 今朝早くに金一郎から連絡があった。以前リツコさんがストーカー被害に遭っていた時に来てくれた探偵さんは他の依頼を受けているので来れないらしい。金一郎自身も「儂は色々と忙しくて」と言っていた。明日香さんが言うには今日の午後から出張に出るそうだ。


「学校では竹ちゃんが護衛してくれるって」

「心配やな……相手が」


 元ボクサーの竹原君は眼さえ無事だったら世界を狙えたと言われた人物。現役引退後もトレーニングを欠かさない彼のパンチは常人が受ければ骨折くらいでは済まない。家に引きこもってまともな運動もしていない五十代が彼の拳に打たれれば……考えるだけで恐ろしい。


「竹ちゃんがね、薫ちゃんにも協力してもらうってさ」

「可憐な薫君に惚れてストーキングしそうやな」


 浅井薫君は妻の晶さんと正反対な少女のように可憐で美しい男性で、俗にいう『男の』だ。


「何かが無いと警察は動いてくれないけど、何かあった時に私はどうなるの?」

「何もないから大丈夫」


 大丈夫と言ったものの金一郎は不在、学校側は竹原君を護衛に付けてくれたもののそれ以上の事は出来ない。竹原君だって仕事が有るのだからリツコさんだけを見ているわけにはいかないだろう。


「俺が通ってた頃とほとんど変わらんなぁ」

「本当にねぇ」


 ツーリングのメッカ琵琶湖を眺めつつ車を走らせ高校へ。高嶋高校に限らず学校は開放部分が多い建物だ、ストーカーが正門以外から侵入すれば気が付かない可能性はある。


「じゃあリツコさん、いってらっしゃい」

「その前に……大丈夫ね」


 部活動の生徒が来る時間ではないがストーカーが見ている恐れはある。いってらっしゃいのキスは軽く済ませ、リツコさんを職員昇降口まで送り届けた。


◆        ◆        ◆

 

 大島夫妻が行ってらっしゃいのチューをしていた頃、野崎日出夫は目を覚ました。目覚めるなりパソコンに電源を入れ『街の噂サイト』をチェックする。レベルの低い一般人をあざ笑う為だ。


 最も底辺の集まるスレッドが『高嶋市の狂人』だ。faceboxに投稿した自身の高貴な文章がコピペされているのが気になって仕方がない。


「わたくしの考えがおかしいですと! わたくしは世界を牛耳る人材なのです!」


 某国立大学を卒業後に仕方なく就職した地方銀行はレベルが低すぎた。やはり自分は人に使われるのではなく人を使う仕事が相応しい。何ならわたくしが起業を提案してやってもよい……そう考えて『アントプレナー』を名乗って約三十年、いまだに誰からも依頼は来ない。


「わたくしが『無職』で『ニート』ですと?! わたくしはアントプレナーなのですっ!」


 大阪在住時に『アントプレナー』を名乗り『野崎日出夫アントプレナー事務所』を開設したが誰も依頼に来ずそれなりの借金を作ってしまった。借金取りから逃げるように事務所を畳み滋賀に戻ってからも借金は見る見るうちに膨れ上がり、とうとう八ケタの大台に乗った。執拗に訪れる借金取りに耐えきれなかった両親が田畑や山林を売り払い何とか借金の返した。


 残り大部分は『返済義務が無効』になるまで放置したのだが。


 その後も日出夫は『人の上に立ちたい』『人に教えを請われたい』と定職に就かず『アントプレナー』を名乗り毎日パソコンに向かい世間への不満や自分の優秀さをfaceboxへ投稿し続ける日々を過ごしている。


「わたくしが独身だから融資を受けられないのですっ! わたくしの様なハイスペックな男は美しい妻を娶らねばなりませんっ! もうジッとしておられないのですっ!」


 どうしようもない焦燥感に襲われ、日出夫は愛車の軽トラックに乗り込んだのだった。

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