ストーカー② 家柄の良い男

 高嶋市の最も北にある蒔野町、とある集落にある一軒家。


「わたくしは妻を娶って子孫を残して家を再興しなければならないのです!」


 一人の男がインターネットのライブ配信をしていた。頭頂部の髪は無く側頭部の白髪交じりの髪はボサボサに伸びている。頭髪が気になるのか側頭部の毛をかき上げ続け、まるで威嚇をするかのように逆立たせながら熱弁を振るっている。


「わたくしは伴侶にふさわしい女性を見つけました。わたくしはお家にご挨拶代わりのカステラを置いてまいりました。わたくしの恋を止める事など誰にも出来ないのです!」


 この男の名は野崎日出夫のざきひでお。古くから集落に有るに生まれ高嶋高校を卒業後に某国立大学へストレート入学。その後は滋賀県内の大手銀行に就職した立派な経歴を持つ男である。


「わたくしは五十四歳です。わたくしは女性の体内に射○したことがございません! それもこれも高嶋市が野崎家を潰そうと有害物質を野崎家の水道へ流し込み、わたくしの生殖機能を阻害しているからです!」


 少々思い込みが激しいこの男、家柄が良いと思っているが代々集落から出ていないだけで家柄はそれ程ではない。国立大学卒業とはいえそれほどレベルが高い大学だったわけでもない。大手銀行へ就職したは良いものの顧客や取引先を見下し続けたために一年少々で解雇されている。


「わたくしは射○をしたいのです! 〇〇〇〇自主規制では出来るのです! わたくしを絶頂へ至らせるほどの魅力を持った女性がいないからできないのです!」


 銀行退職後は保険会社に入社したものの研修期間中に問題を起こして本採用に至らず、それ以来三十年近く両親に寄生を続けこれといった職に就いていない。最近は世に不満があるのか市役所や税務署、そして市議会議員をネット上で批判して一日の大半を過ごしている。女性市議会議員に付きまとい警察から警告を受けたこともある。


「わたくしの仕事を邪魔しているのは高嶋市なのです。わたくしの恋路は高嶋市に邪魔を許しませんっ! わたくしは家柄が良いのですっ! わたくし能力が高いのですっ! だから結婚して子を成すべきなのですっ! わたくしは野崎家を繁栄させるのですっ! この女性を妊娠させるのですっ!」


 一応は自営業を営んでいることになっているのだが、実際は自分が自分に依頼して自分で動き、自分で自分の報酬を払っている状態。マネーロンダリングや脱税ではないかと言われているが問い詰めると意味不明な事を言いだすので誰も問い詰めたりしない。精神的な疾患を認められて得た障碍者年金を会社の回転資金として運用している。そんな状態では会社としての体を成しておらず、大阪で(一応)登記していた会社は数か月前にたたんでいる。


「わたくしはこの女性と結婚します。そういう事でよろしくお願いしますありがとうございました」


 画面に映ったのはとある女性の写真、大島あたるの妻、そして大島レイの母である大島リツコだった。


◆        ◆        ◆


 呑気な高嶋市とはいえ、危険な思想を持つ人物や周辺地域から苦情が来る人物はいる。だからと言って家に踏み込むことは出来ないが、危険な思想を垂れ流す人物の様子を知るくらいなら茶を飲みながらでも出来る。


「安浦さん、今度のターゲットはこの人ですって」

「ん~? ん?!」


 安浦が二度見をしたのも無理はない。パソコンの画面に映ったのは通勤用のミニカーのメンテナンスを依頼している店の関係者、店主の妻だったからだ。


「お知り合いですか?」

「知り合いも知り合い、世話になってるバイク店の奥さんや」


 少し前に高嶋高校から『卒業名簿で個人情報を調べている不審なOBがいる』と相談された高嶋署は事件解決の為に大麻カルテルを壊滅へ追いやった安浦刑事に白羽の矢を立てた。


 ……もとい、刑事課は面倒事を安浦刑事に押し付けた。大麻カルテル壊滅の時にコンビを組んでいたベテラン刑事は定年退職、代わりの相棒は刑事になって高嶋署へ配属されたばかりの亀山刑事だ。


 ちなみに亀山刑事は紅茶よりコーヒー派である。


「あの前タイヤが二本の奴を買った店ですか、あれは良く出来てますよね」

「小さい店だが面白いものを作る、いい店だぞ」


 幸いなことに大島サイクルは警察官立ち寄り所だ。仕事中に様子を見に行っても不自然ではないだろう。


「そろそろオイル交換の時期だったな」

「あ、フォーストエンジンなんですね」


 仕事帰りにトライクのメンテナンスしてもらいがてら話を寄ってのも良い。丁度オイル交換だから店に寄ってそれとなく話しておくのもよいだろう。


「しっかし、綺麗な人ですねぇ……野崎でなくても魅かれますよ」

「亀山、それは少し不謹慎な発言やぞ」


 安浦は新しい相棒である亀山に注意をしつつ画面の野崎を睨みつけた。不謹慎な発言は良くないが、自分のように余計な発言で周囲から距離を取られて欲しくないからでもある。


「とりあえず周辺を調べよう」

「聞き込みですね、どこへ行きますか」


 安浦は少し考えて「昼の間に高校で話を聞いてしまおう」と答えた。


「そもそも高校の卒業レポートとか卒アルで個人情報を探ってるらしいからな、まずは高嶋高校の図書館に。つぎに被疑者ホシの顔写真をこの女性に確認しよう」


 高嶋署から高嶋高校は近い。覆面パトを走らせると五分ほどで到着した。夏休みなので授業も無く校舎はひっそりとしている。暑すぎるからか体育館やグラウンドで部活動する生徒も見られない。正面入り口で受付をして入館証を受け取り図書室へ。


「この学校はオートバイ通学が出来るんですよね、珍しい」

辺鄙へんぴな土地だからな、街造りをミスったからしいぞ」


 現在のJR湖西線の近江今都駅周辺は寂れた商店街が細々と経営をしている。元々あった『江若鉄道近江今都駅』はもう少し北側にあり旧商店街や高嶋高校に近かった。駅が今の場所へ移転した結果、旧商店街は寂れ、高嶋高校の生徒は通学で不便を強いられた。その結果、高嶋高校はオートバイ通学が認められて新しい商店街はそれほど繁盛せず今に至る。


「旧い校舎ですね、まるで迷路みたいだ」

「高度成長期から建て増し建て増しで団塊の世代を送り出したらしいからな。まずは図書室に行こう」


 図書室に着くと事務所から連絡を受けていた司書が二人を出迎えた。


「早速ですが、こちらの写真を」


 亀山が野崎日出夫の顔写真を見せると司書は「この人です」と答えた。卒業生でも何か身分の照明を見せなければ利用できないと説明しても聞かず、無理やり図書室へ入られ持ち出し不可の書籍を何冊も持ち出そうとしたので怖くなり警察へ相談したと説明する司書の様子は話を聞くのが気の毒なほどだった。


「なるほど、では持ち去られた書籍や卒業アルバム、あとは名簿類は無いわけですね?」


 司書は『持ち去られてはいないが何時間も居座ってメモをしていた』と答えた。


「困った方ですねぇ、とりあえずですが次に来たらこちらへ」

「できれば何か起こる前に連絡をお願いします」


 窃盗事件ではなく脅しているわけでもない。安浦と亀山は司書に名刺を渡し図書室を後にした。


※フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

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