個人売買で買ったバイク
個人売買で買ったオートバイの修理を断る店は多い。整備歴が全くわからないオートバイがどんなトラブルを抱えているかわからないからだ。修理をしたバイクが次から次に故障して『あの店に出しても調子が良くならない』みたいなデマを流されたりしたら商売あがったりになってしまう。
「ふぅん、散々ひっかき回されて会社を追われるか……可哀想な話やな」
「一人で商売してるぶんには縁のない話ですよ……ふむ……」
どこぞのプライベーターが旅に出て以来、若干忙しい日々が続いている。作業する俺を気遣ってかミズホオートの会長は自分でコーヒーを淹れて椅子に腰かけた。
「指導は難しいところや、ベテランがいつまでも続けられるわけやない。若い子を上手く育てられん会社は行き詰まる」
「それは同感です。う~んそこそこ手は入ってるな、ボロやけど致命的な故障は無いか」
このところプレミアがつかず、古くて部品が出ないなんて事もない年式のミニバイクの修理依頼が多い。ほぼ全部が中島の友人や知人、そして元勤め先で仲の良かった人たちの車両だ。
「大島君、ここのところ忙しそうやな」
「そうっすね、忙しいと言えば忙しいですね」
それもこれも「もしも僕が居なくなったらここの店を訪ねて」とか何とか言ってウチの連絡先を渡した
「見かけんバイクが来てるな、新規さんか?」
「新規さんっていうか、知り合いの紹介です」
仲間のオートバイを趣味がてら直していたプライベーターは仕事を辞めて失業保険やらの手続きをブッ千切って旅の空。当然だが奴に修理を頼んでいた仲間は自分で修理が出来ない。それで困ってウチへ修理を依頼するのだ。
「余所で買ったバイクか、断りたいところやけど知り合いの紹介やったら仕方がないか」
「まだ手入れが行き届いてるからマシやけど、余所で売ったバイクを直すのは気を使います」
それでも癖が強い中島なりに付き合うものを選らんでいたのだろう、どの客も工賃に文句を言うことが無いのが幸いだ。聞いたところ「店に出したら工賃でプラス〇〇円くらいかかるんやで」と説明をされていたらしい。
「まぁ、
中島の事だ、タダで修理させようなんて不埒な考えで近づいて来たものは追い払ったに違いない。基本的に金は無いが常識のある者だけ相手にしていたのだろう、どのバイクもメカの事を知らないなりにキレイに乗られている。
「そんなお客さんを引っ張ってきてくれるんならウチで雇いたい……と言いたいところやが、ウチはウチで上手く(店を)回してるからなぁ」
高嶋市のオートバイショップは今のところ求人募集をしていない。基本的に大儲けが出来ない商売だからか、家族で経営していたり一人で経営している店がほとんどだからだろう。
「結局は体力勝負、最後まで残った店が総取りな気がしますねぇ」
ウチは何時までやっていけるだろうか? そもそも儲かる仕事ではない。レイが就職するまでは頑張りたいが、その後はどうしよう。
◆ ◆ ◆
大島がミズホオートの会長と話をしていた頃、安曇河町から遠く離れた
「中島さんは会社を辞めてどっかに行ってしまうし、ご近所にバイク屋さんは無いし。そもそも三人でバラバラに教えて自分のやり方以外で作業したら責めるってどうなんやろ?」
どうしたものかと昔の仲間に連絡を取ろうにも手段がない。三十年前なら愛車のスロットルを煽り、コールすれば十分以内に一個連隊を招集できた元滋賀狂走連合総長も今となってはただの主婦。
「コールしても誰も来うへんし、そもそも私が現役やったころは携帯が無かったからなぁ……あ、そうや。困ったときの連絡先を貰ってたんやった」
お弁当を入れるカバンを漁った深雪は一枚のメモ用紙を取り出した。
「ん~っと、大島サイクル? 自転車屋さんやん!」
小さいとはいえどう考えても自転車店でオートバイを直せるわけがない。「あの野郎め、いい加減な事をしやがる」と少しイラッとしながら深雪はスマートフォンを取り出した。幸いな事にすぐに電話はつながり翌日夕方の引き取りを依頼するとあっさり引き受けてもらえた。店は店主一人で商っているらしく、引取りは運送業者が来るらしい。
「取りに来てくれて直してくれたらそれでいいけど……不便やな」
深雪が不便を感じるのは仕方がない。愛車の黄色いシャリィは速度こそ出せないが燃料消費が少なく、某国の軍事侵攻による石油価格の高騰から岡部家の家計を守る強力な相棒なのだ。乗り始めた当初はご近所の買い物に使う程度だったが、今は
「なんでこんな不便な所で暮らしてるんやろう」
深雪は少しだけ草津市に有った実家が懐かしくなった。
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