修理の季節②

 バイクに乗れたもんじゃない寒い時期は中古車の商品化と次のシーズンに向けての修理や整備をする時期でもある。大島サイクルの常連であり、バイク趣味人の中島大五郎にとっても冬は乗るより弄る時期だ。ただ、弄るのはバイクに限ったことではない。


「姐さん、季節外れの夏ミカンをマーマレードにしてみました」

「うむ、苦しゅうない」


 人は見かけによらぬもの、手先が器用なこの男はバイク弄りから仕事で使う小道具の製作から料理やお菓子作りまでこなしてしまう。


「この瓶が『わかってる感』のある絶妙なサイズなんやなぁ……」


 マーマレードを受け取った『姐さん』こと岡部深雪も見た目と大違いな女性だったりする。一見、デニムが似合うスリムなおばは……え? ちょっと! 何でこっちに来るの! 話せばわかる! ぐわぁっ!


「星に代わって折檻やっ!」


 ベキボコバキッ! ドスッ! ズドンッ!


「姐さん、何かありました?」

「気のせい気のせい♪」


 一見、デニムが似合うな深雪だが、若かりし頃は秋田犬からパトカーまでいろいろなものに追いかけられては戦うを繰り返していた。最近はそれほどでもない。せいぜいご近所を走り回る騒がしいオートバイの集団に軽くをする程度である。


「中島さん、お休みはバイクの修理?」

「ええ、古いカブを直してるんで。黄色い奴シャリーの調子はどうですか?」


 笑顔で『バリバリで仏恥義理ぶっちぎり♪』と答えた深雪に「この時期によくバイクなんて乗りますねぇ……」と、呆れる中島だった。


◆        ◆        ◆


 安曇河町内にあるオートバイ取扱店の中でホンダ横型エンジンに詳しい店と言えば大島サイクルだ。他の店でも部品の取り寄せは可能だが、取り寄せなくても多少の消耗品やカスタム部品が揃うので助かる。趣味人にとってありがたい存在だ、ただ欠点もある。大きなオートバイやホンダ以外のバイクの整備は引き受けてくれないのだ。店主の大島ちゃんは「こんな小さい店に大きいオートバイで来られると困る」と言っているが本音は違う。あいつはキャブレターやピストンが二個以上あるエンジンは整備できないのだ、多分。


「うっす、また小さいもんを触ってんなぁ。今度はどんな仕様よ?」


 近頃「本物(の価格)が高騰して困る」と嘆く店主は「んー?」と少し考えて「娘が乗る乗用玩具おもちゃを作ろうかなって」と答えた。


「この大きさやと電動か?」

「RC用のスピードコントローラーとブラシレスモーターを組み合そうかと思う」


 ボロのミニバイクを直しては店頭へ並べて売っていた大島ちゃんは結婚して子供が産まれてから妙に丸くなった気がする。


「お嬢ちゃんにか、マメやねぇ」

「このサイズやとどんなモーターが良いかな? 中島はRCカーをやってたよな?」


 小さな三輪車は小さいながらも鋼管で作ったフレームに空気入りゴムタイヤの本格的な造りをしている。歳を取ってから出来た子供が可愛らしくて堪らないのだろう。親バカ全開で玩具を作っているのが微笑ましい。


「俺はブラシレスが普及する前にRC趣味は止めたからなぁ」

「そうか、まあエエわ。部品が届いてるで、確認よろしく」


 性格は少し丸くなったけれど、やっていることは全く変わらない。相変わらずボロバイクを仕入れて、直して店頭に並べて売るを繰り返している。そうそう、大島ちゃんの奥さんは知り合いの娘さんだっけ。まさかあのお嬢ちゃんが大島ちゃんに嫁ぐとはなぁ。


「ん? 品番が違うぞ?」


 キャブレター時代のスーパーカブは生産終了して二十年ほどになる。俺は四輪の整備士をしていたことがあるのだが、車の場合は部品の供給が怪しくなり始める時期だ。


「統合や統合、海外生産の部品に切り替わったらしいわ」

「海外生産か、少し雰囲気が違うな」


 統合や代換えになるならまだマシ、マイナーな車種だと社外部品も出ない場合がある。肝心要の部品が供給停止となれば共食い整備でしのぐ羽目になる。共食い整備は別の車体から部品を剥がして修理することだ。当然だが部品を外された車体が公道へ復帰することは滅多に無い。部品を剥がされた車体は最後に溶鉱炉で溶かされてリサイクルされる。

 

「海外で走ってるバイクは強いよな」

「作りも作ったり一億台、日本だけで走るバイクやとこうはいかん」


 スーパーカブは『地獄の底から蘇る』と言われているらしい。それは大量生産された故に中古部品が豊富だったり長期間に渡って生産され続けた故に部品を共有せざるを得なかったからだろう。


「しぶといよな、スーパーカブも大島ちゃんも」

「中島、お前もや」


 しぶといとはいえ歳を取れば体は弱り力が出なくなる。スーパーカブも俺もこの先無理が利かなくなるだろうし修理不可能になる時が来る。


「とはいえ、グリップヒータが無いと辛い歳になりましたっと」


 大島ちゃんより年下な俺だけど、病に侵されてから頑丈さに陰りが見え、特にこの数年は無理が利かなくなったのが自分でもわかる。何の映画だったか『どんな優れた戦士ファイターでも年を取ると共に徐々に普通の人になる』ってセリフが有った。若い頃は解らなかったが近頃は実感している。


「さて、部品を持って帰りますかね」

「じゃあ伝票を」


 伝票を見た俺がカッと目を見開いたのを見て、大島ちゃんは「ぼったくってないぞ」と言った。


「マジかよ、今月(大人の)お風呂に行けへんやん」


 どうやら年をとって医療費修理代に金がかかるのは、人もカブも同じらしい。

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