変わるもの・変わらないもの
我が社が今都市から移転して十数年が経った。最初の数年間は大した黒字を出せず、本社を今都町から真旭へ移して大丈夫かと心配したものだ。経営状態が好転したのは今都町に在った官公庁が徐々に高嶋市役所本所の在る真旭町に移転しはじめた頃からだ。
「駅前での乱闘事件から二十年以上か……」
歳をとった私は若い頃のように店頭へ出ることが少なくなった。今は若い者が最前線で活躍してくれている。私に出来るのは彼らが気持ちよく働く環境を作る事だ。いつだったか今都町に住む教育関係者が従業員に向かって『お前らなんぞ低学歴でも就ける仕事』と暴言を吐いたことが有る。もちろんそんな輩は客ではない。客でないから出入り禁止にしたと同時に
「どう考えても今都の住民は異常だよな」
その後、その教育関係者は家の修理や自家用車の点検・整備。その他諸々で大層生活に困ったと噂で聞いた。最後は精神的に追い込まれて薬物におぼれて中毒死したとも聞く。
「変わった事もあるし変わらない事もある。今都がおかしいのは相変わらず、真旭や安曇河、そして高嶋はずいぶん賑やかな町になった」
街の風景や道行く人々の様子は刻一刻と変化している。もちろん我がエネルギーステーション六城も変化する状況に対応している。石油は電気や水素にシェアを奪われ、高嶋高校の生徒たちが通学に使うオートバイも電気式が増えた。充電設備の利用率はかなり高い。それでも昔と変わらず燃費の良いスーパーカブは通学や外周りに使うお手軽なオートバイとして耐える事無く動いているし、機械式(※石油およびガスを燃料として動くもの)のオートバイを愛用するお客様も多く訪れる。
「そろそろ下校時間か……変わらないなぁ」
今日もまた夕暮れ、高嶋高校が今都市から新高嶋市真旭町へ一転しても下校時間の光景は変わらない。小さなオートバイたちがわらわらと校門から公道へ躍り出る風景は私が若い頃と同じだ。そして、少し時間をおいて一部の教員が乗るオートバイも校門から現れる。
「おっと、我らのマドンナがピットインだ」
正門から出てきたのは一台の古めかしい大型自動二輪。新高嶋市では少数派なカワサキ製の大型オートバイ・ゼファー一一〇〇を駆るのは我らのマドンナこと大島リツコ教諭だ。
「あの人は一体いつになったら年をとるんだろう?」
その日の気分によって数台のオートバイを乗り分ける彼女は高嶋高校の生徒たちにとって保健体育の教師なだけでなく、オートバイの師匠でもある。昔のようにタイトスカートで太腿を露わにしてゼファーで通勤することは無くなったが、美しさと艶めかしさは健在と言ったところ。
「さて、お出迎えしないと」
私は躍る気持ちを押さえて事務所を後にした。
◆ ◆ ◆
「にゃうぅう……お菓子が売り切れてるぅ……」
ガソリンを入れるついでに小腹を満たそうと自販機コーナーに立ったリツコは『売り切れ』の表示を見てガッカリしていた。エネルギーステーション六城にはちょっとした喫茶スペースが有り、高嶋高校の生徒が帰宅前に水分補給をしたり小腹を満たすためにお菓子の自販機が有るのだが、今日はポイント三倍のサービスデーという事もあって来客が多く、全て買いつくされてしまっていた。
「仕方がない、帰るまで我慢しようっと」
「あ、リツコさん。もうお帰りですか?」
諦めて帰ろうとするリツコに声をかけたのは店長の六城だった。自販機のお菓子が売り切れているからかリツコは不機嫌。
「あ、六城君。この自販機って売り切れが多いよ、何とかなんない?」
「何とかしたいんですけどね、諸事情が有りまして……」
ガソリンスタンド時代は十分事足りていたお菓子やパンの自動販売機も時代が進むにつれて性能不足に陥っていた。内部に保管できる菓子・パン類は人口が増えた新高嶋市では少々足りない感はある。
「バイパスに乗ると新高嶋町までノンストップだし、乗らないと買い物は便利だけど信号待ちとかで止まらなきゃだし……重いんだよね……」
若い頃から乗っているゼファー一一〇〇は少々持て余し気味になって主にレイが乗る様になっていた。そもそもリツコが三〇代の時点で重く感じていたからリトルカブに乗り始めたのだ。五〇代半ばになった今は週に一度乗るのが精一杯と言ったところ。
「ま、お買いものに行くときはリトルちゃんで来るけどね」
「このバイクは大きいですものねぇ」
それでも乗り続けるのは惚れた弱みか、それとも大型自動二輪免許保持者の意地か。
「ゼファーちゃんはいつも元気、私はもう歳をとっていくばかり。寂しいわ」
寂しげにするリツコに「いえいえ、先生は変わらずお美しい」と半分お世辞を言う六城だったが、そんな六城にリツコは言うのだった。
「人は変わり続ける。うちの娘だって恋人が出来てから女らしくなってさ。私なんかもうあちこち垂れちゃって、下着で固めなきゃおばちゃん体形よ?」
少々自称気味なセリフを吐いたリツコの表情が少し曇った。
「変わらないのは記憶の中に生きる者だけ……」
ここは滋賀県新高嶋市、大島家に大きな変化が訪れるのはもう少し先のお話。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170119/episodes/16816700427317488168
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