空冷シングルな二人⑥そして伝説は始まった……。

 賑やかな話し声がピタリと止まった。こちらは食うものは食べたから女性陣が満足したところで宴は終了となるのだが、何があったのかと不思議に思っていたらリツコさんがヒョコッと戸を開けて「薫ちゃん、チョッチこっちへいらっしゃい♡」とおいでおいでをした。


「何ですかね?」

「晶さんとの新婚生活の話を肴に呑みたいんやろ」


 酔っぱらったリツコさんは非常に危険な存在だ。まだほろ酔いだから大丈夫だと思うが、泥酔すると大トラになったり裸になったりする。


「こっちは俺に任せて行っておいで……気ぃ付けてや」

「にゃふふ……じゃあ借りるね」


 薫君が今に入った途端、「ちょっと待ってください、僕に何をさせるんですかっ?」と聞こえた気がするが……いや、完璧に聞こえたな。少しすると女性陣が再び大騒ぎを始めた。


「トト、だっこ」

「レイ、起きてしもたか」


 女性陣の大騒ぎで目を覚ましたのだろう。寝室から歩いてきたレイをあやしていたら薫君が帰ってきた。薫君っていうよりミニスカメイドさんが出てきた。


「お待たせしました、じゃあ片付けますか」

「いや、何で普通なん?」


 ミニスカメイド姿の薫君が出てきた。可憐で美少女にしか見えない猫耳ミニスカメイドさん(♂)が出てきた。大事なことだからしっかり説明しました。


「リツコさんが貸してくれたんですよ、晶ちゃんが僕のメイドさん姿を霧島さんに見せたいって言ったんですって。大島さんたちもコスプレするんですか?」

「何をするんや?」


 何事も無かったかのようにメイド姿で後片付けをしている薫君はまるで本物のメイドさんみたいだ。


「決まってるじゃないですか? 全部言わせるって何のプレイですか」

「ごめん、俺はその手の趣味は無い」


 どうやら見かけと違って薫君は仲良しの達人らしい。ちょっと想像が出来ないが、なかなか倒錯した仲良しをしている様だ。


「僕が女の子の衣装で晶ちゃんが男装でするって日常ですから」

「そんな日常は知らん」


 なんでも晶さんは薫君に萌えコスプレをさせて夜の営みをすることがあるんだとか。


「晶ちゃんは僕に自分が着たい衣装を着させるんです。自分で着たくてもサイズが合わなかったり似合わなかったりするから僕に着せるんですって」


 知らんがな。


「今夜はシャワーを使えるようにしておいていいですか」


 こいつら、仲良し夜の部をするつもりに違いない。人の家でなにしやがるって気がしないでもないが『人の恋路を邪魔する奴はモンキー新車装着のブロックパターンタイヤで足を踏まれろ』がモットーの俺としては邪魔することはできない。


「うむ、俺もシャワーを使う羽目になるかもしれん……」

「リツコさんは『今日は安全日だからお休み』って言ってました」


 リツコさんは「無駄撃ちしないように」と子供が出来る可能性が高い日に積極的に求めてくる。可能性が少ない日はしない。よそ様と逆なのだ……って、誰が興味あるねん。


「我が家では外や顔に出すのはご法度やからな」

「晶ちゃんは飲んだりしますけどね」


 女性陣はまとめて一部屋で寝てもらおうと思ったが、どうやら別々の部屋で寝てもらうことになりそうだ。つまり、俺は回避できたが薫君は肉を食って養った精力を全部吐き出すことになるだろう。


「霧島さんはどうする? リツコさんの部屋で寝てもらおうか?」

「ですね、じゃないと寝れませんからね」


 お願いだからその格好をして笑顔で言うのは止めて、マジで混乱するから。ついでに言わせてもらうけどボソッと「見せて晶ちゃんを辱めたいんですけどね」って言ったやろ? 達人か?


「今夜は僕が『YES!』です」

「お……おう……」


 とりあえず浅井夫婦が泊まる部屋の布団は一組だけ敷いておこう。


◆        ◆        ◆


 晶ちゃんは自分がして欲しい事を演じる。後ろから抱きしめられたり耳を甘噛みされたり、霧島さんにしたのは全部して欲しい事だ。今日の被害者は霧島さんだろう。男性に免疫のない彼女は今や『ワイルドの君』どころか『恋する乙女』になってしまった。女性なのに女性を虜にするなんて罪深い女だ。そんな晶ちゃんにはペナルティを与えなければいけない。


「晶ちゃん、僕以外を誘惑するなんて……いけない子だな」


 そっと耳もとで囁いただけで彼女の体から力が抜け、しな垂れかかってきた。


「うん、私はいけない子なの。女の子なのに女の子を落しちゃう悪い子なの」

「そうか、夫にこんな恰好までさせて……悪い子だな」


 猫耳ミニスカメイド姿で何をやっているんだって気がしないでもない。幸いなことにこのメイド服は夜のお楽しみ用のメイド服。持ち主も「汚しちゃってもいいわよ♡」と言っていたからお言葉に甘えさせていただこう。


「悪い子には……お仕置きだ」

「やぁん……お仕置きされちゃう……」


 すでに晶ちゃんは準備万端。彼女の滑らかな肌に指を添わせ、敏感な部分を刺激すると甘い声で鳴き始めた。


「ほら、もうこんなになってるよ」


 濡れた指を晶の唇に当てると、彼女はいやらしい音を立てて舐めた。


「どんな味がするのかな? 言ってごらん」


 味に対する返答は無かった。


「薫さん……欲しい……」

「何が欲しいのかな? 言ってごらん……」


 僕はスカートをまくり上げて晶ちゃんの(以下検閲)


――――― 合     体     !濃厚接触 ―――――


◆        ◆        ◆


 SR五〇〇のチューニングの一つにSR四〇〇のピストンを使った高圧縮化がある。SR四〇〇はSR五〇〇のエンジンのクランクシャフトを交換してショートストロークにした物。ショートストロークにして排気量を小さくしたのはよいものの、燃焼室は五〇〇㏄と共通となれば圧縮比が下がってしまったのだろう、頭部が盛り上がったピストンで帳尻を合わせている……と、ヤマハに詳しい奴が言ってた。


「昨夜は寝られた? その様子やと寝不足みたいやな」

「ええ、声はそれ程じゃなかったんですけど……振動が」


 SR五〇〇にSR四〇〇のピストンを使うと圧縮比が上がってパワーっていうかパンチが出るらしい。ところが発熱が激しいとか、圧縮比が上がり過ぎてノッキングを起こしてしまうとかの副作用もあるとか。逆にSR四〇〇へSR五〇〇のクランクシャフトを流用しても同じことになるんだとか。


「振動は想定外やったな、木造家屋やからなぁ」

「微妙に声が聞こえるから余計に眼が冴えて……」


 何故SR五〇〇のハイコンプ化を思い出したかと言うと、昨晩の長期振動が原因だ。夜中から空が白々と明けるまで微妙な振動が途切れ途切れ続いていたのだ。


「昨夜は激しかったもんなぁ、二人はまだ起きひんで」

「何ていうか、先輩って凄いです」


 お肉とお酒で満ち足りた上に本来お寝坊さんなリツコさんと、滅多なことでは起きないレイはぐっすり寝てまだ目覚める気配がない。浅井夫妻は昨晩のお楽しみ後に熟睡しているのだろう、起こすのは野暮ってものだ。そっとしておこう。


 俺はいつもの様に目覚めたものの寝不足気味。霧島さんは時折聞こえる喘ぎ声と振動のせいで寝られなかったみたいだ。目の下に隈が出来ている。


「新婚さんで仲良しやもんな、わかるわかる」

「私も先輩みたいになりたいです」


 晶さんみたいになったら、高嶋署は宝○歌劇団状態に近づくなぁ。婦警さんが全部男装の麗人になったら面白いかも。


「晶さんはともかく、霧島さんは霧島さんらしくやっていけばよいと思うで」

「そうですか? もっと女の子にならないとダメな気がします」


 そもそも晶さんを目標にする時点で男装の麗人一直線やからね、彼氏どころか彼女だらけのハーレムを作りかねない。


「なぁ霧島さん、女らしくするって何かな?」


 萌えとか愛らしさなら晶さんより薫君を見習う方が良いと思う。


「霧島さん、『SR』って『シングル・ロードスポーツ』の略なんやって、だからチューニングしたり走りに振った改造をしても全然OKらしいで」


 ヤマハに詳しい奴から聞いたことをそのまま言ったんやけど、どうやら知らなかったらしい。


「SRってお洒落バイクだと思ってました」

「まだ若いんやから自由な発想で成長していけば彼氏もできるって、自分をカスタムするのは自分自身、SRと一緒で何にでもなれる。元気が有れば何でもできる」


 お洒落になるか走りに目覚めるかは自分次第。今じゃお洒落バイクなSRもハンドリングマシンとしての一面があるのだ。SRシリーズでサーキット走行するライダーが居る様に霧島さんにだってイケメンと乙女な二面性があっても良い。


「でも彼氏を作る前に朝食の準備やな、手伝ってくれるかな?」

「はい、じゃあ私は卵を―――」


 霧島さんと晶さん、違うようで似ている空冷シングルな二人。多分だけど二人とも明るい未来が待っているに違いない。


◆        ◆        ◆


 この後、霧島純は色々な意味で開き直り、浅井晶とならぶ男装の麗人として高嶋署名物になった。浅井・霧島コンビの人気は滋賀県警内にとどまらず、全国の男装の麗人マニアの知るところとなった。


「しけた顔しているな、この浅井晶様が慰めてやろうか?」

「おっと先輩、慰めるのはこっちだぜ」


 二人は時折BLごっこをしては女性職員を「ォモホ~ッ!」と悶えさせる始末。


「先輩、可愛いよ」

「ああっ純……私には愛する人が……」


 だがその反面、白バイ隊員を目指す警察官は増える傾向が見られた。男性よりも美しい男装の麗人の白バイ隊員による先導は引っ張りだことなり、滋賀県警はイメージアップの一環として男装の麗人を集めた白バイ隊結成の検討を始めた。


「浅井はともかく、霧島まで男装の麗人を究めるとはなぁ」


 二人は新しく結成される『滋賀県警女性白バイ隊員・星組』の一員として伝説級の活躍するのだが、それはもう少し先のお話。

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