空冷シングルな二人②ワイルドの君
喰うか喰われるか、それは野生の王国だけではない。今や滋賀県警高嶋署内の腐った女性署員の頭の中では『高嶋署の白き鷹』と『ワイルドの君』のどちらが食べるのか、それとも食べられるのかの妄想が超大型台風並みに渦巻いていた。
晶と純の愛車は共に空冷
「新婚さんの邪魔をするのは悪いっす」
リア充どころか夜の夫婦生活まで充実している晶が夫の薫を裏切ることは無い。
「そんなこと気にしなくっていいよ、それとも大人数の食事は嫌?」
「嫌じゃないっすよ、ただ、悪いかなって」
晶から夕食の誘いを受けた純だったが、新婚さんの夕食にお邪魔するのはいかがなものかと断ろうとした。
「霧島、人の縁はどこで繋がるかわからないぞ? うちの人や大島のおじさんがすっごく可愛い彼氏が紹介してくれる可能性があるかも」
浅井晶にまつわる都市伝説的な噂は数多く有る。女性限定だが目が合っただけで恋に落ちたとか、彼氏に投げキッスをしたら流れ弾で周囲の女性が倒れたとか。中にはお婆さんの腰が伸びたとか微笑み一つで十数人の女性を操ったなどの人外としか思えないような噂まである。
「う~ん、先輩の旦那さんが可愛いってのは噂で聞いていますけど」
「何だったら、この浅井晶様が可愛がってあげようか?」
霧島が聞いている噂には『旦那が美少女過ぎて萌え』なんてのもある。旦那様が美少女とはこれ如何に? 訳が分からないので他の先輩に聞いたが「萌えすぎて萌えすぎて言葉にならない」とか「晶様のイケメンぶりが映える美少女ぶり」としか返事が来ない。要するに浅井夫妻は男らしい妻と可愛らしい夫の組み合わせなのだろう。純は納得してしまう事にした。
「だからぁ、アタイは人妻とイチャイチャする趣味は無ぇっての!」
噂が本当だとすれば、実は浅井晶は男装の麗人でなくて男という事になる。だとすれば晶のイケメンぶりも納得できる等と失礼なことを考える純だった。
「アタイは女の子じゃなくって男の子としての可愛らしさのある彼氏が欲しいんだよなぁ……」
「そんな事を言ってるうちに三十路になってたりしてね」
二人が腐ったお姉さま方に視姦されながら話していると、晶のスマホから着信音が鳴った。メッセージを読んだ晶は「お? ……ちょうどいいや」と呟いてから純に「お肉は好き?」と尋ねた。
「肉は好きですけど、いったい何が丁度良いんすか?」
晶はニヤリとして「晩御飯はバーベキューだ」と答えた。
◆ ◆ ◆
新型肺炎騒動で出来なかった事の一つに大勢で飲食(酒類を含む)がある。野外で肉を焼いて酒を飲んで賑やかにしていればご近所からひんしゅくを買う日々が続いていたのだが、無事に肺炎騒動がおさまったのでもう問題は無い。
「お肉っ♪ お肉っ♪ ビールっ♪ ご飯っ♪」
「にゃん♪ おにく?」
夏だ元気だビールが美味い。梅雨が明けて肺炎騒動が収まったとなればリツコさんがバーベキューをしたがるのも無理はない。喜んでいるのはリツコさんだけではない。リツコさんの遺伝子が強烈に受け継がれたのだと思うが、レイもお肉は大好きだ。まだホルモンや内臓系は固いので食べられないが、薄切りのお肉や鶏肉は周りが驚くほどバクバク食べる。レイの食に対する好奇心というか探究心は凄まじいもので、リツコさんのチー鱈をつまみ食いするのはほぼ毎回、この前は麻婆豆腐をハヒハヒと辛さに耐えて食べていた。
「中さ~ん、レイちゃんにやわらかいお肉用意してくれたよね~?」
今のところ食べられないのは辛子やワサビなどの刺激物。ツーンとする系はダメなようだ。もちろん噛む力が弱いからホルモンなどのグニャグニャしたお肉も厳禁。のどに詰めでもしたら大騒動だ。
「用意したで~! 薫君、リツコさんの我儘に付き合わせて悪いな」
「いいんですよ、僕もお肉っていうか精を付けたいと思ってましたから」
ピンクのエプロンが良く似合う浅井夫人……じゃなかった、薫君は少しやつれ気味に見える。恐らく新婚さんだからだろう。新婚さんといえば言うまでもなく夜も一生懸命である。俺も結婚当初はリツコさんにねだられて週に数日、一晩あたり数回頑張ったものだ。一回だけだと「一回?! 一回だけなんて信じられないっ!」と叱られたものだ。
「新婚さんやもんなぁ……俺は痩せたで」
「男に拒否権は有りませんからねぇ……僕も痩せましたよ……裏返したら『YES!』なんて……」
浅井卓の寝室には『YES/YES!枕』があるそうだ。関西の某番組で新婚さんにプレゼントされる枕に似ているが、裏返しても『NO』は出てこない。リツコさんお手製の男性側の拒否権発動が不可になる女性専用アイテムだ。『YES』を裏返すと『YES!』となる。これは非常に厳しい一手だ。
「リツコさんが嬉々として枕カバーを縫ってたなぁ……」
「器用なのに料理はダメなんですねぇ……」
リツコさんは料理の腕が壊滅的だからレイの面倒を見てもらっている。男二人で準備をしながら話していたら薫君の携帯が鳴った。
「あ、大島さん」
「どうした?」
画面を見た薫君は何かメッセージを返信して少し困った顔でこちらに向いた。
「晶ちゃんが一名追加でよろしくですって」
「イイやないか、バーベキューは人数が多いと楽しい」
幸いな事に買い置きの肉や野菜があるから二人や三人くらい人数が増えても大丈夫。足りなければ買いに走ればよい。
「何か食べたいものが有ったら来る途中で買ってきてもらって」
「ですね、泊まりなら着替えも用意してもらわないと」
浅井夫人は誰を連れてくるのだろう? バーナーで炭を熾していると歯切れの良い排気音が聞こえた。一台は浅井夫人のスーパーカブ改、もう一台は少し大きい
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