空冷シングルな二人①高嶋署の白き鷹

 オートバイは乗り手の扱い次第で姿を変える。車両の値段が安い原動機付き自転車や小型自動二輪は車検が無い事も有ってカスタムされたりチューニングされたり、車両によっては荒い扱いをされてボロボロだったり。大島サイクルに出入りするオートバイは基本的に見た目はノーマルかトップケースなどの部品を追加する程度だが、世の中にはフレーム加工や大幅な外見変更などをする猛者もいる。多かれ少なかれ乗り手の個性は必ず出るものだ。大島サイクルの顧客の中で特徴があるオートバイの一台言えば浅井晶のスーパーカブだろう。


「晶様ってぇ、どうしてスーパーカブなんかに乗っているんですかぁ?」


 琵琶湖北西部にある長閑な滋賀県高嶋市、ごくごく普通の田舎町だが北部の今都町は犯罪渦巻く危険地域。そんな危険地域にある滋賀県警高嶋署、今日も浅井晶は周囲を魅了しながら勤務に励んでいる。「スーパーカブなんか」と言われて少しムッとしたが、そこは大人の対応をすることにした。


「可愛いから……かな?」


 『高嶋署の白き鷹』こと浅井晶の愛車はホンダスーパーカブ。愛しい夫のお尻を痛めないようにロングシートに交換され、その状態でもトップケースを装着できるようにロングシート対応のキャリアを追加した外観は見るものが見れば一目で晶のカブだとわかる。


「スーパーカブみたいに、君も僕の色に染めてあげようか?」


 笑顔で答えると同僚の婦警は「晶様の笑顔が尊いぃぃぃぃ……」と失神した。恐ろしくイケメンな晶だが、実は女性。女性だが男性よりも男らしく親しみやすい、俗にいう男装の麗人である。男装の麗人が嫌いな女子が居るだろうか? いや、居ない。


―――乗り始めた頃はお手軽だったんだけどねぇ。


 晶がスーパーカブに乗り始めた理由はオートバイ好きな兄から「バイク乗りはスーパーカブに始まりスーパーカブに終わる」と教えられたからだ。その頃は今ほどスーパーカブの中古価格は高騰しておらず数万円で程度の良い車体を買えたのも大きかった。最初のスーパーカブを事故で失い、現在の愛車に乗り換えて数年が経つ。


―――カブは変わったけれど、私も変わったなぁ。


 この数年で晶のスーパーカブはフロントフォークがアンチリフトになったり、シートがロングシートに変わったり、キャリアがロングシート対応になったりと徐々に姿を変えて今に至る。愛車の変化と共に晶の身にも多少の変化が起こった。最も大きいのは彼氏が出来てゴールインしたことだろう。


「晶様ってイケメン……本当に女性ですか?」

「言っとくけど、私は人妻だからね」


 結婚をしてからは周りに男扱いされても「夫がお姫様扱いしてくれるから」と気にしないどころか男役を演じる心の余裕が出来た。最近の晶はどうやって女性署員を混乱させようかと企む毎日を過ごしている。姓が葛城から浅井に変わった晶は今や人妻、新婚ホヤホヤの新妻である。


「私が男性だったら、まずあなたに愛の言葉を囁いているところです」


 今日は失礼なことを言う鑑識の女ゴリラに近づき、耳元でイケメン以外が使えば射殺されても文句を言えないセリフを囁く晶。予想以上の攻撃力だったらしく……。


「ォモホッ!」


 象が踏んでも壊れなさそうな女ゴリラは晶の囁きであっけなくオーガズムに達して果ててしまった。


―――思った以上に破壊力満点、まさに言葉のミサイル。


 新婚旅行から職場へ復帰して以降、晶のイケメンぶりはスピード上げてギヤを上げて加速していた。


 ちなみに晶のスーパーカブは四速ミッションに換装された大島サイクルスペシャル。どちらかといえばスピードを上げる時は四速から三速にギヤを下げて加速する方である。


「先輩、この蒸し暑い時期に何やってるんですか」


 そんな男装の麗人浅井晶に後輩が出来た。


「霧島、何かイライラしてるみたいだな」


 定年退職した隊員に代わって配属された霧島純きりしまじゅんは……いや、霧島純晶と少しタイプは違う男装の麗人で『ワイルドの君』と呼ばれていた。


「この浅井晶様が慰めてやろうか?」

「暑いんだからやめてください……って、先輩は旦那が居るじゃないですかっ!」


 王子様タイプの晶に対して、霧島はスポーツマンタイプ。見た目は対照的だがこの二人は似たところがある。二人ともスリムでシンプルなオートバイが好きなのだ。霧島の愛車ヤマハSR四〇〇は空冷単気筒でロングセラーモデル。普段乗っている満艦飾なCB一三〇〇P白バイと正反対なオートバイである。


「まぁっ! みんなっ! 目の保養よっ!」

「きゃぁぁあっ! 晶様ぁっ!」

「私はワイルドの君っ!」


 じゃれあう様子はまるで男性同士の恋愛を描いた同人誌の如し。署内の腐り気味な女性職員は興奮してスマホで画像を撮りまくり、どちらが『受け』なのか『攻め』なのか、右か左か上か下かを熱く論議するのであった。


「純ちゃん、女の子同士だから浮気にはならないよ?」

「アタイは男の子がイイの!」


 まぁ実際は女性同士なのだから『百合』であり、どちらも『受け』で、特に晶は夫と夜を共にする時は『受け』なのだが、仕事もせずこんなやり取りがされるのは世の中が平和な証拠である。


「先輩じゃなくて可愛い男の人に慰められたいよ、彼氏欲しい……」


 晶の甘い言葉に反応しない純を見た女性職員一同は「お……恐ろしい!」と少女漫画の如く白目をむいた。可愛い男の子に慰められたいと言われた晶は「ふむ……」と少し考えて「暑い事だし、スタミナをつけるのにご飯を食べに行こうか」と霧島を誘った。無論、腐り気味の女子たちは「ご飯のあとに『どちらがどちらを食べるのか』が気になって仕方がないのだった。

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