2021年 6月

キャブ信仰?

 スーパーカブの中で人気があるのは鉄カブと呼ばれているプレスフレームの丸いライトのモデル。まぁ少し前までそこら中を走っていた普通のスーパーカブだ。安くで買えるバイクの代名詞だったのに、最近は小説やアニメのおかげか急激に価格が上昇している。価値が認められたのは嬉しいが、商売をする身としては少し困った事だ。仕入れ値が上がっても販売価格に反映しにくいからだ。


 特に丸いヘッドライトでキャブレターのカブは人気急上昇。ネットオークションではレストア前提な程度の悪い車体でも強気な価格設定な出品が多くみられる。


「あれ? このエンジンってインジェクションのやなぁ?」

「うん、そうやで」


 こだわるユーザーは「やっぱりカブはキャブじゃなきゃ」なんて言うけれど、こだわらないなら似た形で出た新型に乗るほうがよいだろう。最初からギヤは四速で普通のオートバイと同じ二次クラッチだからシフトチェンジのショックも小さい。セルも付いていて丸いヘッドライトのクラシックなスタイル、しかもライトはLEDと来たもんだ。電子燃料噴射装置のおかげで排気ガスはクリーン。気圧の変化でもぐずらない。新車で買えばメーカーの保証も付く。


「おっちゃんってキャブ車専門と違うん?」


 俺は高校生にキャブレター車専門と思われているらしい。確かにキャブ車ばかり仕入れては直して売っているが、キャブ車専門って訳ではない。スクーターは何台かインジェクション車を売っている。スーパーカブのインジェクション車は金一郎の会社に納めた。モンキーのインジェクション車は扱ったことが無い。


「いや、予算さえ合えばナンボでも仕入れるぞ」

「ふ~ん、でも(値段が)高いんと違うん?」


 ウチのお客さんが求めているのは自転車代わりの安価なミニバイク。でもってガソリンを食わなくて静かで頑丈とくればカブ系になる。さすがに『一万円、ただし三人殺している』なんて訳あり物件は無いが、出来るだけ安くで販売しているつもりだ。


「物にもよるな、まぁ登場して間無しで新しいから、安心っちゃあ安心やけどな」


 女の子に人気があるのはスクーター。荷物は積めるし乗り降りもしやすい。何と言ってもギヤチェンジしなくても良い。アクセルを捻るだけで走り、自転車と同じ両手ブレーキとなれば『ペダルをこがなくても走る自転車』だ。


「で、このエンジンは何をするん? 何か怪しげな部品が付いてるけど」

「ん~、キャブレターで動かせんかなぁって」


 インジェクションモデルといえば、中国生産で新しい形になったモデルが思い浮かぶ。ところが過渡期のモデルと言えばよいのか、古い車体でインジェクション制御になったカブもある。前者は現在のモデル寄りの構造で、後者はキャブ時代のカブをインジェクションシステムにしたものと思えば八割方合ってると思う。


「ふぅん、何でそんなことすんの? キャブの方がパワーが出るから?」

「理屈の上ではインジェクションの方が(パワーは)出ると思うぞ」


 少し前なら数千円で中古エンジン買えたスーパーカブだが、鉄カブ時代のエンジンはオークションで一万円を超える落札価格の物が多い。そもそも俺はキャブレターを信仰しているわけでは無い。電子燃料噴射式の良さは認めている。


「じゃあ何ででそんな面倒な事をするん?」

「ベースのエンジンが値上がりしてるからや」


 カブのエンジンは耐久性に優れているが、キャブ時代のエンジンとくればそれなりの年月を経過している。たとえ実動だったとしても多かれ少なかれ消耗している。そのまま使うのは不安だから分解修理が前提になる。となれば修理に金がかかる割に販売価格は上げられない。整備に手間と金をかけても高値で売れないなら儲けが減る。


「……という訳で少しでも新しいインジェクション車のエンジンAA〇二Eエンジンを古い車体に積めるようにしてるんや」

「ふ~ん、なんか無理やりみたいやけど動くん?」


 そもそもエンジンなんて物は混合気をシリンダに入れて圧縮して点火すれば動くはずだ。キャブレターであろうがインジェクションであろうがガソリンを空気と混ぜるのは一緒。細かな制御はインジェクションに勝てないが、キャブレターだって長所は有る。構造が簡単なことだ。スロットルワイヤーと燃料ホースが繋がっていれば混合気を作り出せる。


「キャブは混合気を作るだけ。今回は暫定的にキャブレター車の発電機ジェネレーター周りを使ってるから配線は問題が無いはず。無理やりと言えば無理やりかもな」


 キャブとエンジンを繋ぐインマニは高村ボデーで溶接加工をしてもらった。ジェネレーターベースとフライホイルが付くとは思わなかったが付いた。メーカーはリスクを避けたのだろう。開発費を節約したからか、それとも生産ラインの都合か。構造を大きく変化させなかったのが幸いした。


「付くんや」

「付いたけど、やっぱり元からついてる物を使いたいなぁ」


 AA〇二Eエンジン用のジェネレーターは容量が大きくて収まりが良い。配線を分析して使えば今後値上がりするであろうキャブ車の発電機ジェネレーターを使わなくて済む。


「でもマフラーが来るまでエンジンの火入れはお預け」

「なんで?」


「小さいバイクでもマフラーが無いと大きい音が出るんや」


 ご近所迷惑になるからだと説明したら納得してくれた。


「エンジンはインジェクションや、インジェクションカブのマフラーが付くはずなんやけど、その辺りは届いてからのお楽しみ」


 マフラーといっても最近のミニバイクには排気ガス浄化の為に触媒が装備されている。カブだって例外ではない。細かな制御が出来ないキャブレターと化学反応で排気ガスを浄化させる触媒を組み合すとどうなるだろう。キャブレター制御のエンジンはどうしても有害ガスが多く出る。多く出た有害成分に反応して触媒が過熱するのではないかと心配している。


「チャッチャと組めばよいのに、おっちゃんは呑気やなぁ」

「でも、上手くいったら面白いやろ? おっちゃんは実験が好きなんや」


 まだまだ作業は山積みだが、AA〇二エンジンのキャブレター化は確実に完成へ近づいている。

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