わんこ君大喜び

 高石君ほどではないが、俺も住吉今日子さんのその後が気になっていた。寄せ集めで作ったスクーターのその後はもちろん、卒業後の彼女は友人たちと違う地域へ進学したので情報が少ない。もしかしてスクーターが壊れて難儀していないだろうか、修理を頼む店が見つからなくて困っているのではないか。同型車AF六一を見るたびに思い出しては心配している。


「お? やっと返事が来たか、何やって?」

「スマホを修理に出してたんですって、ほらっ!」


 久しぶりに返事をもらった高石君は大はしゃぎ。まるでご主人からご褒美をもらった犬みたいだ。犬扱いされていたのも納得。


「ふ~ん、『メットインスペースに野菜を入れたらしなびた』に『カブの大きな荷台が懐かしい』か」

「そうなんです。しかも『わんこ君が居ないと不便で困る』ですって。僕は『犬』から『わんこ君』になりました。先輩の中で僕は野良犬からペットへ昇格です。僕は東洋一の幸せ者です」


 いや、どっちにしても犬扱いだ。だが引っ掛かる事がある。高石君のカブは外見をC一〇〇に近づけようと小型のキャリアに交換してある。だから『カブの大きな荷台』ではない。しかも今日子ちゃんのトゥディには前カゴも付けてあったはず。野菜は前カゴに入れればよいことくらい解っているはず。


「東洋一の幸せ者って、君は将軍様に褒められた人民か?」

「先輩は僕にとって閣下です!」


 もはや洗脳レベルだ。恋って暴走すると怖い。


「高石君、よかったな。今日はお赤飯を炊いてもらい」

「ところで、僕のカブの荷台って大きいですか? 他のカブより小さい気がします」


 む? 何か感じたな。


「スクーターよりは大きいけど、カブに限れば小さい方やな」

「そうですか、何だか気になります」


 今日子ちゃんは寂しさを隠して必死で強がっているぞ。不便で困るとか、カブの大きな荷台云々は「君が居なくて寂しい」と言ってるようなものだと思うぞ。他人に弱みを見せないように必死で寂しさに耐えている、多分そうだ。


「向こうから連絡するって事は生活に余裕が出てきた証拠、一回電話してみたらどうや?」


 高石君は「はい、あとで電話します」と、来た時より少し落ち着いた感じで帰った。


「青春だねぇ、浮かれて事故るなよっと」


 高石君が帰ってからは来客の相手をしながらインジェクションカブのエンジンがキャブ化できないかチャレンジを続ける。


「インジェクションのカブを売ればいいのに、我ながら商売が下手やね」


 俺はキャブレター車ばかり弄っているが、キャブレターを信仰しているわけでは無い。霧吹きと同じ理論でガソリンを霧化して混合気を作るキャブレターは気圧や高度の影響を受けやすい。寒い冬は手動でチョークレバーを引いて始動しなければいけないし、突き詰めたセッティングをすれば季節ごとに調子を崩す。細かな制御が出来ない故に排気ガス規制も突破できなかった。


「億田金融のカブくらいしか(新車で)出てないもんな」


 そんな欠点だらけのキャブレター制御に対して、インジェクション制御はセンサーをからの情報をコンピューターで判断して必要な燃料を噴射する。無駄なガソリンを使わないだけでなく触媒で排気ガスを浄化して有害成分の放出を押さえる。理屈の上でキャブレターがインジェクションに勝る部分は無い。


「レイの為に稼がんとな、大学へ行かせてやりたい……」


 そもそもウチで販売するミニバイクがキャブ車ばかりな理由はただ一つ。中古価格が安いからだ。単純な構造ゆえに故障しても修理しやすい。修理しやすいから整備代も安くできる。問題は手間賃を取りにくいって事か。


「俺らの時代は高卒でも全然普通やったけど、今は大卒が当たり前やもんな」


 三十年ほど前は俺を含めて高校卒業後に就職する者が多かった。先輩や上司の中には様々な事情で中学卒業後の十五歳から職に就いた者も居た。


―――低学歴のくせに偉そうに物申すな!


 いつだったか、客に言われて時代が変わったのだと思った。


「英才教育をするつもりはないけど、大学には行って欲しい。学歴を馬鹿にされることが無いように、誰かのためではなくレイ自身の為に行ってもらいたい」


 平成から令和と時代が流れ、スクーターは四サイクルエンジンになり、カブはインジェクション化され複雑で高価になった。高価になってしまった新車は高校生が親にねだって買ってもらうには厳しい価格帯。高校生がお小遣いでバイクに乗りたいと思ったのなら中古車一択。となればウチみたいに中古バイクを扱う店の出番となる。


 住吉今日子さんがうちに来たとき『二万円台で』と言った。何とか二万円台で納めたホンダトゥディ。下宿先まで持って行ったらしいが、今頃どうしているのだろう。大学生活に馴染んだだろうか? 高石君に見せてもらったメッセージから彼女が孤独と闘っているように感じた。


「高石君、彼女の寂しさを癒すのが君の使命やぞ……っと、この配線はニュートラルランプの配線か? 改良されてるんやな」


 俺に使命があるとすれば、疲れ切ったカブを癒すことだろう。直ったカブが持ち主に新しい出会いを与える。人と人とをつなげるオートバイ・スーパーカブ。俺はその手助けをするために今日も手を動かす。


 

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