わんこ君は寂しい
―――何か嫌われるようなことをしたのだろうか?
一学年上の先輩でありガールフレンド(少なくとも
「そもそも嫌われる以前に既読が付かない」
最初の数日間は新生活で忙しいのだろうと気にしなかったが、一週間たっても返事が来るどころか既読すらつかない。ブロックされたのかと思ったが、通話は呼び出し出来ているのは間違いない。反応こそ無いがブロックはされていないようだ。
「ハァ……先輩、何で? うぉっ?!」
「だ~れだ?」
背後から目が覆われると共に背中へ柔らかな感触。
―――この感触は断じて先輩ではない。
今日子が聞いたら蹴りの一つ二つ三つを喰らいそうな感想だが、確かに今日子は「だ~れだ?」なんてするはずが無ければ柔らかな感触になるほど大きな胸でもない。そもそもいつも令司の前をズンズンと歩き令司の事を『犬』もしくは『わんこ』と呼ぶ。胸が無ければデレもない。ないないの女の子のだ。
「はいはい、胸が大きいイイおんな……とでも言えば嬉しいんやろ?」
「つまんねぇ奴だなぁ、少しは喜んだらどうなん?」
親戚の真希波メイにからかわれた令司は不機嫌極まりない表情で答えた。
「うるさい、こっちはそれどころじゃねぇ」
「私もバイク通学にしたんやけど……ってオイ、こっち向け。人の話を聞けって、おーい、もしもーし」
令司は再びスマホの画面を見つめた。やはりメッセージに既読はついていない。
◆ ◆ ◆
スーパーカブの事なら八割方を解決してしまう大島だが、恋の悩みは専門外。
「保健室……いや、高嶋高校の女神を振り向かせた手腕をご教授いただきたく」
令司に『彼女にかまってもらう方法』を聞かれたのだが、手腕も何も料理下手なリツコが中の作る食事目当てに転がり込んだだけである。この男の魅力は微々たるものだ。女を落とすテクニックなど持っているはずがない。
「餌付けやな、美味しいご飯と柔らかい寝床を用意して待ってると来る」
余りにも適当な返事を聞いた令司は「猫じゃないんですから」と不満顔。そんな令司を諭すように大島は話を続けた。
「たしか今日子ちゃんって下宿生活やったな? 新しい生活に慣れるまでバタバタなんやろう。おっちゃんかてな、一人暮らしを始めた当初は毎日がバタバタやったぞ」
新生活をスタートさせたばかりなら慌ただしい日々を過ごしているだろうとは思う。だが、メールに返事すらないのは不自然ではないか。
「女の子もカブも一緒、順調に動いてるのを下手にかまうと不機嫌になる。かまい過ぎると体も財布ももたん。かまわな過ぎても文句を言うてくる。向こうから何か言って来るまでドンと構えとき。それよりオイル交換の時期やろ?」
言われるままにオイル交換を頼んだ令司は「バイクと女の子が一緒なのかなぁ」と呟いた。
◆ ◆ ◆
一般のご家庭ではどのようになっているのか知らないが、妻は仕事が終わるとほぼ一直線で我が家へ帰ってくる。帰ってきた途端に缶ビールを空け、風呂に入って食事前に瓶ビールを一本。そして寝る前のくつろぎタイムに一日の出来事を話しながらウイスキーや焼酎をロックで一杯。呑みすぎじゃないかと思う。遅くまで起きていると我が家の家計を圧迫するほど呑んでしまう。
「リツコさん、もう寝よっか?」
「お布団まで抱っこしてぇ」
どのみち酔っぱらって運ぶ羽目になるのだから、さっさと抱っこをして布団に運んでしまおう。布団に入ると寝るまでの間はお話タイム。
「オートバイが恋人と一緒? う~ん、どうかな?」
高石君に言った『かまい過ぎるとこちらが持たない、かまわな過ぎるとブー垂れる』の話をリツコさんにしたら返ってきた答えがこれだ。
「私はかまってもらうほど嬉しいけどね、っていうかかまえ。お父さんみたいに抱っこして撫でれ」
先日、中島から受け取ったDVDを見てからのリツコさんは妙に甘えるようになった。ギュッと抱っこして撫でろだとか、いい子いい子しろだとか子供みたいに甘えてくる。甘えてくるリツコさんと赤ん坊のレイ。まるで娘が二人いるみたいだ。
「もうお母さんやのに、困った子やな」
「ニャーン、私は子猫ちゃん♡」
こんな大きな子猫はいない。これで子猫なら猫じゃなくて虎やライオンの類だろう。何とも色っぽい子猫だ。
「高石君は思ってたより寂しがり屋かもな、住吉さんはどうしたんかな? 返事くらいしても良いと思うけどなぁ」
「寂しいから連絡をしないのかもね。連絡をしてしまうと帰りたくなっちゃうかも」
実家が恋しくなるから敢えて連絡をしないのか。
「なるほど」
「私の事はジャンジャン弄って良いのよ、知ってる? 今日はね、すごく赤ちゃんが出来やすい日なの……今度は男の子がイイね」
リツコさんが枕元の電気スタンドを消して覆いかぶさってきた。
「お父さんはこんな事をせんやろ」
「レイちゃんを起こさないようにね」
―――――
かまい過ぎた。
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