イケメンなお姉さんは好きですか?

 男装の麗人なんて呼ばれていても葛城美紀こと轟美紀は女性であり、女優である以前に独りの人間である……みたいな説明をした後、美紀様は急にヘニャッと表情を崩した。


「言っておくけど恋愛対象は男の人だからね」

「はぁ、まぁ今の時代はあまり問題になりませんけどね」


 美紀様といえばスキャンダルや恋愛報道が全く無い女優。スキャンダルどころ私生活を探ろうとした芸能記者が諦めるほどの謎に包まれた女優として有名だったりする。公にされているのは出身県と生年月日、あとはこの前のテレビで放送された所有免許と愛車くらいだ。


「そんな私の心を盗んだのは、えっと、楓君だっけ? 君のお母さんよ」

「そうなんですよねーうちのはははどこかのさんせい三世みたいにこころぬすみ盗みますからねー」


 四十歳あたりのおば様の間どころか新高嶋市に引っ越してきた楓ちゃんが聞き飽きるほどありふれた話。楓ちゃんが棒読みで答えてるのはそのせい。晶おば様は『高嶋署の白き鷹』と呼ばれるイケメン女性白バイ隊員で、本田のおばちゃんにウチのお母さん。でもってお父さんの店の常連さんに限らず高嶋高校に通っていた女子は晶おば様に心を奪われては同性と知って失恋していたそうだ。


「私は恋するって言うより晶様になりたかったの……そう、男装の麗人に恋するどころか自分が晶様になりたかったの。私だって女、男装の麗人が嫌いな女なんてこの世に存在するだろうか? いや……いない」

「いや、母の事を『晶様』なんて呼ばれると息子としては返答に困るって言うか……そもそも母は男装なんかしていませんよ?」


 熱く『男装の麗人』について語る美紀様に異論などあろうはずがない。


「ふっ……男装していなくても男にしか見えないのが真の男装の麗人」

「母には言わないでくださいね、本田のおじさんとおばさんもですよ。マジで泣きますから」


 うん、美紀様が言う通り無自覚男装イケメン女子こそ真の『男装の麗人』に違いない。でもって楓ちゃんの言う通り、男扱いされると晶おばさまは泣く(笑)


「私も楓君のお母さんを男の人やと思ったもんなー」

「でもって告ってねぇ」


 高嶋市内の女性なら誰しも晶おば様に恋をしたと母から聞いたことが有る。そう言えば美紀様の仕草や髪形は若い頃の晶おば様に似てる気がする。話し方って言うか雰囲気とでも言えば良いのか。そう、楓ちゃんに足りないのは雰囲気なのだ。


「だから芸名は『葛城』にしたわけ、いいでしょ?」

「僕は知りませんけどね、良いんじゃないですかねぇ。レイちゃんはどう思う?」


 どう思うの何も良いに決まってる。「良いと思う」と返事をしたら美紀様が「ありがとう」って微笑んでくださった。偉大なる男装の麗人こと葛城美紀様が微笑んでくださった。自分は東洋一の幸せ者だ。


「じゃあスーパーカブに乗ってるのも母を見てですか?」


 楓ちゃんが聞くと美紀様は首を横に振った。楓の愚か者、先日の愛車遍歴でお祖母様が乗っていたカブを物置から出したと言っておられたのを忘れたか。あとで成敗してくれる。


「カブは物置にあったのを(大島の)おじさんに直してもらってね、お小遣いが少なかったから最低限の修理をしてもらって乗ってたのよ」

「でもって店を教えたのが私」


 本田のおばちゃんが美紀様に父の店を教えて、でもって美紀様は店で会った晶おば様を手本に男装の麗人を演じて演劇部のエースになったんやって。


「最初は適当に乗ってたよね、理恵に洗車と艶出しを教えてもらったんだっけ? 高校の頃から乗って、五年ほど前に(大島の)おじさんに預けたけどさ……」


 美紀様の表情が暗くなった。父が亡くなったのは三年と少し前。五年前と言えば体調を崩し始めた頃だと思う。我慢強かった父は何も言わず働き続け、いよいよ体調がおかしくなり病院へ行った時には手遅れになっていた。


「カブのおっちゃん、大島中おおしまあたる最後の仕事Last・jobだね」

「でもって本田サイクルの最初の仕事、(大島の)おっちゃんから引き継いで組み立てたんだっけ。速人も私も緊張したなぁ、何回もチェックしたっけ」


 昔を懐かしむ本田夫妻と美紀様。そう言えば美紀様は休業するけど何故だろう。


「でも、依頼主はチェックしてなかったよね? まぁ芸名だったし連絡先は携帯だったけど。こっちもいきなり理恵の声で『バイクが完成しました』って言われて驚いたよ」


 懐かしむ美紀様におじさんは「僕たちも一杯一杯だったからね」と答えた。父から店を引き継いだころの混乱具合はなかなかなもので、最初の一年は損こそ無かったものの利益がほとんど出ず、経営に慣れて軌道に乗った二年目には理生ちゃんが生まれた本田サイクル。美紀様のエピソードは混乱期の象徴みたいな話だ。


「ところで美紀様はどうして休業されるんですか?」


 直球な質問を「ストレートな聞き方は嫌いじゃないね」(すっごくイケメンだ惚れてしまうやろ!)と答えながら美紀様が見せてくれたのは書類が入った封筒。


「両親が老人ホームへ入所することになってね、家を処分するのにいろいろ手続きをするから帰ってきたの。もうあちこちガタが来てるし、区画整理の対象にもなっちゃったからね。家や土地の処理が終わったら活動は再開するよ」


 芸能界が嫌になったとか、体調不良でなくて良かった。


「で、家を整理してたらアルバムが出てきたから理恵たちと昔話をしようかなって。そこへリツコ先生と晶様にそっくりな二人が来てびっくりしちゃった」


 クールビューティーな男装の麗人も地元に戻れば一人の女性。リラックスモードの美紀様は舞台やテレビで見る美紀様と大違い。ごくごく普通の……ごめんなさい、やっぱり美紀様は男装の麗人……いや、王子様です。


「で? 二人は恋人同士に見えるんだけど、どこまで行ってるの? チューくらいした?」


 私たちの関係は今も進んでいない。チューどころか手をつないだだけだと答えたら、美紀様は「若いのにスローペースねぇ、速人君でももっと早かったのに」とケラケラと笑った。

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