中島の同僚① 漫才

 高嶋市はバイクが多く走る珍しい街だが、それは今となっては市の南部限定と言っても良いだろう。北部の筆頭である今都いまづ町に住む高嶋高校の生徒たちは禁止されてこそいないがバイク通学は出来ず、通学に使えないとあればケチで有名な今都の住民は金を出してまで子供に免許を取らせようともしない。その結果と言うほどでもないが今都町ではバイク店なんてものは商売が成り立たない。


「なぁ大島ちゃん、チョイと頼まれごとをしてくれんかなぁ」

「……断る」


 傍若無人な今都町民のとばっちりを受けたのが隣町で今都町よりさらに北にある蒔野まきの町だ。今都町の言いなりで『今都の腰ぎんちゃく』『今都の金魚の糞』と呼ばれる蒔野町はバス路線が少なく電車の本数も少ない。今都町と違って高嶋高校に対する偏見が少ないので通う生徒は多いのだが、悲しいかな今都より人口が少ない街でバイク店が成り立つはずも無く、店が無ければ生徒たちの足となるミニバイクも買えず、かと言ってほかの街で買おうにも『高嶋市の北側』のイメージがあるからか単純に遠いからかで断られてしまう。


「そんなこと言わんと、職場の先輩なんや。頼むから話くらい聞いてくれや」

「嫌や! もうジャイロは触りとうない!」


 どうでもよい話だが、しつこく頼み事をしてくるのは客である中島だ。こいつは性根が腐った野郎で、『仕返しは倍で』を某銀行ドラマが放送される十年以上前から信条とする困った奴だ。あの主人公より先にやられたら倍返ししている。おおかた乗ってきたジャイロの調子が悪いとか改造して欲しいとかだろう。もしかするとミニカー登録しろとでも言うのかもしれない。自分のジャイロを触ってお腹一杯になってるところなのに、こいつのジャイロまで触りたくない。ジャイロは整備するのも改造するのも面倒なのだ。


「ジャイロと違うんやから話くらい聞いてぇな」

「仕方がない、じゃあ……用件を聞こう」


 最近はバイクを盗まれた仕返しで犯人を借金漬けにして遠洋漁業の船員にしてしまった恐ろしい輩だが、今都の乗客を運ぶ高嶋市の無料観光バス運転手をしていて体を壊してしまったのだから、本当に恐ろしいのは今都町の住民かもしれない。


「ジャイロと違うんか?」

「うん、蒔野から来てる人に原付で何か良いもんが無いかなって相談されてなぁ」


 職場で『原付が欲しい』と言われた場合、八割方は五〇㏄未満の原付スクーターを指すと思う。在庫は何台か有るが目ぼしい所は売約済み。新型肺炎のワクチンが開発されて出回り始めてから売れ行きが良いからだ。


「ウチはスクーターはそんなに得意やないで」

「いや、職場のお姐さんが言うにはスクーターやないらしい」


 なるほど、スクーターでない原付と言えばカブだろう。スーパーカブはベトナムなどの海外で女性が乗る姿を多く見かける。スカートを履いた女性にも乗りやすいバイクでスクーターでなければカブだろう。


「ほなカブやないか」

「いや、それが解らんのやけどな、どうやら姐さんが言ってるのはカブではないらしい」


 排気量五〇㏄未満でスクーターでなければカブでもない。ちょっと情報が少なすぎやな。


「もっと具体的に何が欲しいか言うてくれんとお勧めできんわ」

「そのバイクはな、メチャクチャ燃費が良いらしい」


 五〇㏄未満のスクーターでない原付で燃費が良いと言えば……。


「スクーターじゃない燃費が良い原付と言えばカブやないか、カブは一時期カタログ値でガソリン一リッターで一八〇キロって出てたからな。ほなカブやろ?」

「いや、姐さんが言うには『峠を攻めてコーナーで膝を擦る』らしい」


 カブなら膝を擦る前にセンタースタンドやステップが地面と接触する。その途端にスッテンコロリンだ。カブは峠を攻めるバイクではない。スーパーカブはバイク初心者からお年寄り、改造したがる小僧からメンテナンスなんて気にしない乗るだけのユーザーまで受け入れてしまう『受け』のバイクだ。


「じゃあ違うか、カブは最も峠と縁が無い原付やからな。カブはご老人や学生の足となったり、郵便を運んだり。趣味で使う場合は景色を眺めながらツーリングしたりキャンプ用品を積んで出かけたりするバイクやからな。カブ『攻め』じゃなくて『受け』のバイクですよ。じゃあカブやないな」

「でも姐さんが言うにはクラッチが無くて楽らしい」


 クラッチが無いとは自動クラッチの事に違いない。クラッチが無いオートバイと言えばカブだろう(※他社にも有りますが大島の脳内には存在しません)


「ほなカブやな、スーパーカブの自動クラッチは他のメーカーが真似する程の逸品や。職場の人が求めてるバイクはカブで違いない」

「でもなぁ、タイヤが小さいから取り回しが楽らしい」


 取り回しと言う面ではスーパーカブはスクーターには勝てない。十七インチタイヤを採用するスーパーカブは車体がどうしても小径タイヤのスクーターより車体が大柄だ。十四インチのリトルカブかな? もしかするとダックスとかモンキーの遠心クラッチ車かもしれない。ジョルカブはスクーターかカブか判断に迷う。


「ほな違うな、もしかしたらダックスとかモンキーにゴリラ、もしかするとモトラかもしれん。どれにせよ値段が高いし、モトラなんか部品が無いで」

「それがわからへんねん、姐さんが言うにはママチャリみたいに跨がんで乗れるらしいねん」


 カブの売りの一つは荷台に荷物を積んでも乗り降りが楽なフレーム形状だ。スカートの女性でも足を振り上げずに乗れるのがスーパーカブの優しさだ。


「ほなスーパーカブで決まりやないか」

「でもなぁ、姐さんが言うには『カブじゃない』らしいんや」


 それを最初っから言えって気がする。


「それを最初に言えよ、お前は俺がスーパーカブが『攻め』か『受け』か熱く語ってたのをどんな気持ちで聞いてたんや」

「いや、それは悪かったと思ってるよ」


 もしかするとヤマハのメイトやスズキのバーディかもしれないし、ホンダが嫌いなのかもしれない。


「じゃあ何が欲しいんやろうな?」

「俺が思うにモトコンポじゃないかと思う」


 絶対に違うと思う。


「それは違うやろ」

「とにかく車体さえ仕上げてくれたら後の面倒は俺が見るし、とりあえず思い当たるバイクがあったら連絡して。姐さんに怒られたらかなんし嫌だから


 結局、中島の職場に居るお姉さんの欲しいバイクはわからず終い。漫才みたいなやり取りだけで終わった。


 あの中島を叱り飛ばすお姉さんがどんな人か気になる(笑)


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