蒼柳区のバート・マンロー④

 職人が心を込めて作った物に魂が宿ると言われるが、そんなことは何かの錯覚だと思う。でも魂があるとしか思えないこともある……って言うか、何か意思でもあるんじゃないかってバイクは店を始めてから何台か見たことがある。理恵のゴリラは面白かった。何をどうしてもホーンが『ピッ』ではなくて『ぺふ』と鳴るのだ。あれこそバイクが表した明確な意思に違いない。


「そもそもオートバイに魂を入れられたら盗難防止になるやん。上手いこと使えば自動運転とか倒れんバイクとか作れる」


 今日も細かな部品を注文しに来た中島だが、幸いなことに在庫していたのですぐに渡せた。病気が悪化したのかジャイロを盗まれてショックだったのか、おかしなことを言っているが右から左へ受け流す。


「オートバイは機械や。魂が有ってみぃ、店が騒がして仕方がないで」

「ホンマにむかつく……盗んだ奴、田んぼに突っ込んで泥まみれになれ……」


 こいつがここまで言うのは珍しい。


「ジャイロが欲しいんやったら探したろか? 予算は? どんな程度の車体が欲しい? 条件を聞こうか?」


 商売のチャンスかもしれないが、こいつに予算がないのはわかっている。欲しいのは数千円から二万円までのジャンクもしくはレストアベースだろう。程度は欠品が無いに越したことはないが、多少の欠品ならネットや解体屋で探してくるだろう。『何でもエエよ』と返事が返ってくると思ったら、返ってきたのは予想外の答えだった。


「ジャイロやったらツーサイクルの排気ガス規制が緩い頃のがいい。程度は良い奴でが欲しい。買うんやったら十五万円だしてもすぐ乗れるのがいい。でも金が無いから要らん。ジャイロは何をするんも面道や、もう修理は疲れた」


 こいつみたいな修理ヲタクのメカフェチが『修理は疲れた』なんて、よほどショックだったらしい。


「それにな、ジャイロは怖いわ。まるで狂おしく身を捩る様に走る」


 同じ三輪でもジャイロはトライクと違ってスイング機構がある。スイング機構のおかげで普通のバイクと同様(癖はあるが)のコーナリングが出来ると言えば出来るのだが、普通に走っていると路面の凸凹を左右の後輪が拾ってウネウネと捩れるような感じがする。


「はいはい、お前の直した『悪魔のジャイロX』な。どこの湾岸道路やねん」

「アレは乗り慣れんままスピードを出すと酷い目にあうぞ」


 個人的にジャイロはスピードを出すスクーターではないと思う。太くて小さな後輪は路面の影響を受けるし、パワーの割に重い車重だからノーマルの最高速度はたかが知れている。ボアアップしてプーリーを交換すれば別物かもしれんが。


「盗んだ奴は今頃痛い目にあってたりしてな、田んぼにドッボ~ン! とか」

「バラバラにしてネットオークションで売ってるかも」


 せっかく直していたオートバイが盗まれただけでも悲しいのに、更にバラバラになって売られていればショックは大きい。せめて完全な形で見つかればよいのだが。


◆        ◆        ◆


 安曇河町と真旭町の境目の某集落で、高嶋署の白き鷹こと葛城晶は泥まみれの青年に説教をしていた。


「あ~あ、可愛いバイクなのに泥だらけ。ジャイロって高いんだよ? あんな乱暴な運転して……人を巻き込まなかったから良かったものの―――」


 葛城の白バイに追走された三輪バイクはコーナリングの最中に後輪が外れて転倒、そのまま水田に突っ込んで泥だらけになった。


「あのねぇ、白バイから逃げられると思ってたの? こっちはプロなんだよ? ナンバーは付いてないし、自賠責保険はどうなってるの? 女だからって逃げ切れると思った? とりあえず免許を見せてくれるかな?」

「ううっ……嫌がるみたいに身を捩ったぁ……」


 古いからか酷使されていたからかわからないが、若者が中島の倉庫から盗んだジャイロはスイング機構に癖があり、復元力が微妙になっていた。更に整備した中島がウッカリしてホイールのボルトを増し締めを忘れていたものだから後輪が外れてしまった。


「だから、きちんと手入れしないからこういうことになるの。整備不良に速度超過、ナンバーはどうしたの? 保険は?」

「登録はしてないです……」


 白バイから必死に逃げていたから気付かなかったのだろうが、もしも修理した本人中島が注意して試運転していればこんな事にはならなかっただろう。白バイから逃げようとしたらタイヤが外れて転倒して田んぼへダイブ。結果として中島の祈りが通じた。


「あ~あ、未登録で自賠責未加入まで……点数はえっと、免許はどうなるのかな?ん? ジャイロ……ジャイロ? 車体番号を確認しますね~」


 葛城の表情が曇るとともに、目つきが鷹のように鋭くなった。

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