青空整備隊?
晴れた空、そよぐ風。暖かくなってバイクシーズン真っ盛り。高校生たちは教習所へ通い始め、免許を取った高校生たちがボチボチ店を覗きに来る今日この頃……なはずなのだが、今年は新型肺炎ウイルスの影響で教習所が開いていない。当然だが学生たちは免許を取れず、ウチにバイクを買いに来る事も無い。
「で、中ちゃんは何をしてるんや?」
「見ての通りバイクの修理や、青空の下でのんびりとお仕事や」
作業場で籠って一言もしゃべらず作業していると気が滅入る。そこで晴れた日限定だが、店の前にある駐車スペースで作業する事にした。運動会で使う様なテントの下で作業をしていると風が心地よい。作業は進み、バンバン九〇みたいなバイクは部品の到着遅延に悩みながらも完成した。
「えらいタイヤが太いバイクやなぁ、山でも走るんけ?」
「山でも海でも、どこでも走れるで」
このバイクには空気入れを備え付けてある。砂地へ入る前に空気圧を落として、舗装路へ出る前に空気圧を戻して走るなんて場合に対応するためだ。問題は走り回ると『新型肺炎ポリス』とか『自粛警察』と呼ばれる連中にナンバーを撮られたりしてSNSで拡散される事だ。
「そやかて、今は外へ出られへんやん。中ちゃんのお店は大丈夫け?」
「このくらいで潰れてたまるかいな、今都の何ちゃら支援団体に騙された時よりマシやで。でも、これが半年とか続くと厳しいなぁ」
非常事態宣言が延長されて、今も教習所が開所していない。リツコさんは「私のお給料でリカバーするねっ♡」と言ってくれたが、頼るのも申し訳ない気がする。
「まぁ、自分で制御できんもんをクヨクヨ悩んでもしゃーないやん。そのうち何とかなるって、明けん夜は無いんやで」
「まぁそやけんどな、ほなおばちゃんは買いもんへ行くわ。お茶おおきに」
お客さんに出すお茶やコーヒーも感染予防の為に使い捨ての紙コップだ。味気ないが仕方がない。
「また来てな」
おばちゃんを送り出してからはオークションで仕入れたエンジンを整理する。
「天気が良いことやし、エンジンを洗おうかいなっと」
どっこいしょと取り出したのは三台のエンジン。一台はジャンク異音有りで社外シリンダーが付いている。もう一台はドロドロに汚れたプレスカブらしきもの。そしてこれまた異音有りで出品されていたカスタム五〇のエンジンだ。
「音がする言うても三台と在庫部品で一台くらい組めるやろ、さぁ洗うでっ!」
洗う前に吸気口や排気口、さらにブローバイガス吹き出し口も塞いでおく。そもそも雨や風の日に剥き出しで動くエンジンだ。ドボンと水へ沈めるなんてのは論外だが、内部に通ずる場所さえ塞いでおけば水洗いしても問題は無い。
「灯油や無しに洗剤で洗おう。てれれれってれ~『台所用油落とし洗剤』」
台所用品は馬鹿に出来ない洗浄力だ。しかも手に優しい。臭いも少なく引火の恐れも無い。洗い油に比べれば洗浄力は落ちる。値段だって割高ではある。だが、一般家庭や住宅街で使う分にはメリットが多い。洗剤で汚れを浮かせて歯ブラシやタワシで擦るを繰り返すと、三台のエンジンからみるみるうちに汚れが落ちた。
「よし、乾燥中は家事をしよう。暖かくなったからコタツを片付けよう」
レイの世話を志麻さんに頼んでいるおかげで家事が出来る。志麻さんも家の事をしてくれるが、大物を運んだりするのは俺の仕事だ。幸か不幸か来客が少ない。高価な工具やバイクは片付けて、志麻さんに日向ぼっこ代わりに店番をしてもらう。
「コタツ布団とホットカーペットを片付けるんで、店番をお願いします」
「レイちゃん、ばあばと日向ぼっこしましょうね~」
「きゃ~い♪」
リツコさんが仕事に行ってる今こそコタツを片付けるチャンス、大事な大事なアタックチャ~ンスだ。帰って来たら拗ねるかもしれないが、プレミアムビールの一本と高級なチクワでも渡しておけば大丈夫だろう。
◆ ◆ ◆
帰ってきたリツコさんはコタツが無いのを見つけて「にゃっ! 私のコタツが無いっ!」と驚いていたが、ビールとチクワを渡すと「そうそう、もう暖かいもんね」と納得して呑み始めた。
「レイちゃ~ん、お利口さんにしてたかな?」
「うきゃ!」
生後四か月を過ぎたレイは表情豊かだ。よく笑いよく泣き、よく飲んでよく出す。まるで小さなリツコさんだ。
「志麻さんが『元気過ぎるくらい元気』って言うてたなぁ」
「そうそう、元気が一番。元気が有れば何でも出来る」
世の中はそこまで単純ではないと思うが、元気が有れば大概の困難は乗り越えて行ける。そう、元気にはスーパーカブの一七インチタイヤくらいの悪路走破性があるのだ。
「でも、学校の閉鎖は何とも出来ないなぁ」
「まだ続くん?」
「そりゃ県の方針だからねぇ」
今回の騒動は国家レベルの一大事だ。しかも今都・蒔野の高嶋市北部地域ではクラスターが発生している。
「そうそう、中さん。コレお知らせ」
「また点検やろ? ん? 『高嶋市北部出入制限のお知らせ』やて?」
プリントによれば、高嶋市北部でクラスターが発生した事を重く受け止めて、県がゲートの設置を予定しているらしい。
「今都町が『新型肺炎ウイルスは南部の蛮人が栄光の街・今都に送り込んだ』って県に抗議したんだって。だから私達(高嶋高校の教員)も今都に入るには許可証を出さなきゃいけないの」
「せっかく復帰した所やのに、で? テレワークでもするん?」
リツコさんはグラスのビールをグイと空けて「うん、私もテレワークだってさ」と答えた。まだ我が家は各々の部屋があるし、空き部屋も有るから良い。子供が居る家やアパートではテレワークするにもいろいろ大変で、居間を占拠した事により奥様と仲たがいをしたご家庭も多いと聞く。
「私は自分の部屋で(テレワークを)するけど、実家住まいの子は困ってるわね」
「そうか、まぁリツコさんの部屋やったら大丈夫やろ?」
料理はダメダメダメダメなリツコさんだが、部屋はキレイに片付いている。着替えと持ち帰りの仕事以外は居間か俺の部屋へ来るからだ。自室で眠ったとしても寝ぼけて俺の布団へ入って来るくらいだ。
「あ、そうだ。竹ちゃんがジャイロで来る様になって、彼女と一緒に通ってたんだ。テレワークになってガッカリしてたんだっけ」
「ふ~ん、じゃあ彼女さんも原付通勤やったんか。どんなお嬢さん?」
リツコさんが言うには同僚の『ミトちゃん』らしい。悪いが知らん。
「そのうち点検で会うんじゃないかな?」
新型肺炎ウイルスの騒動が終わるまで高校は再開されない。是非とも早いところ高校が再開されて、バイク点検が出来る様になってほしいものだ。でないとウチも商売があがったり。このままだと洒落にならない。
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