少し未来のお話 カブ・カブ・カブ
我が家のガレージには三台のカブがある。一台は母が独身の頃から乗っているリトルカブ。二台目は私が高校生の時から乗っているジョルカブ。そして新しく加わったのが楓ちゃんのスーパーカブ一一〇だ。
「楓ちゃんのカブはノーマルやんなぁ?」
「足代わりだからね、ノーマルで充分。レイちゃんのジョルカブはおじさんがチューンしたんだっけ」
私のジョルカブは社外のシリンダーキットでボアアップしてある。排気量は七二㏄。元々は四九㏄だったけど、遅くてムカついたからお父さんに頼んでボアアップ&二種登録してもらった。一次何チャラも弄ったとか言ってたけど、興味が無いから「ふ~ん」くらいにしか思わなかったと思う。今思うと「女の子が手を油まみれにせんでもエエ」なんて時代錯誤な事を言っていた父に逆らってでも教えてもらえば良かったと思う。
「うん、お父さんに頼んで速くしてもらった」
「で、リツコさんのリトルカブはカブ九〇のエンジンに換装か。スゴイね」
母のリトルカブはカブ九〇のセル付きをベースにシリンダー修正と純正オーバーサイズピストンでボアアップしてある。オイルポンプは父お得意の純正流用チューンで強化、クラッチも強化してあるみたい。絶版の社外マフラーが迫力ある排気音を響かせる通勤快速だ。当時はどうだったか知らないけれど、今じゃプレミア物なカブマニア垂涎の一品らしい。
「しかも四速ミッションを組み込んでイージーライディング仕様と来たもんや、オカンが言うには『
「僕の母さんが言ってたんだけど、最初は別のマフラーが付いてたんだってさ」
その話は私も聞いた事が有る。音が静かすぎると思った母は、父に頼んで追加料金を払って社外マフラーにしてもらったとか。
「最初に付いてたマフラーをおば様のカブに付けたんだっけ?」
「らしいね、今は別のマフラーになってるみたいだけどね」
浅井のおば様のカブはカブ七〇の車体にカブ九〇のエンジンを積んだ改造車。白バイ隊員が改造車なんて乗っても良いのかと思ったけれど、カブだからOKだったみたい。浅井のおば様も「カブ&ピースだからOK」って言ってた。何か違うと思う。
「で、楓ちゃんはカブ一一〇か。燃料噴射式だっけ?」
「うん、インジェクションで触媒付き。クルマ感覚だね」
私とお母さんのカブは寒い日はチョークを引かなければエンジンがかかりにくい。チュークレバーを戻し忘れるとプラグがカブる。新しいインジェクション車はキックすれば何もしなくてもエンジンがすぐかかる。チョ-クレバーを操作する必要はない。そもそもチョークレバーその物が無いのだから操作しようがない。チョークレバーの役目をコンピューターが全部やってくれるからだ。
「平成と令和の違いやな、そもそも古いカブは昭和の乗り物なんやけどな」
「レトロな感じがいいよね」
そう、父が得意としていたのはキャブレター時代の古いスーパーカブ。インジェクションになってからのカブは「そんなん最初っから一一〇を買えばええんや」と言って排気量アップやミッションの組み替えは行っていなかった。
「クリーンでスムース、扱い易くて最初から必要なものは全部ついてる。何でお父さんはこっちをメインにせんかったんやろうなぁ」
私のジョルカブとお母さんのリトルカブはガチャンガチャンとシフトチェンジするたびに衝撃がある。お母さんは「これがカブの味」なんて言うけれど、私にはデリカシーが無いというかガサツで荒っぽく思える。振動も大きい。つまりウチの両親と一緒だ。あいつ等ときたら、いい年になってからも
「楓ちゃんのカブにチョットだけ乗らせてくれへん?」
「いいよ、じゃあ僕はレイちゃんのジョルカブを借りるね」
どうせ乗るなら何処かへ行こうと楓ちゃんに誘われ、道の駅あどがわへ。観光客だけじゃなくて地元の若者も来るデートスポットだったりする。もしかすると私達もカップルに見えるのだろうか。
「私はアドベリーだけので」
「僕はミックスで」
名物のアドベリーソフトを食べていると、何だか視線が気になった。
「何か言われてるみたいやな」
「放っておきなよ」
少し離れたところで女性たちが「モデルさんかしら」とか「撮影かしら?」とか言ってる。私は見慣れているけれど、楓ちゃんはとんでもない男前だと思う。おばさまに似て背が高くてイケメンな楓ちゃんと真っ赤なジョルカブの組み合わせは、ちょっと面白い。
「私は新しいカブの方が好きかなぁ」
楓ちゃんのカブはギヤチェンジがスムーズだし、エンジンのフィーリングも滑らかで静か。車体だってガッシリしているし、形だってレトロなデザインで上手くまとまっていると思う。
「レイちゃんのジョルカブもなかなかイイよ、パワーは一一〇㏄と比べると無いけど、排気量の割に元気な気がする。これが排気ガス規制前の『パンチがある走り』って奴かな?」
言われてみると新しいスーパーカブは排気量が大きい割に迫力が無い。車体の完成度が上だからか、それとも楓ちゃんが言う通り、ジョルカブが排気ガス規制以前のバイクだからだろうか。
「レイちゃんと同じでじゃじゃ馬だね」
「なぬ? 罰金だ」
ちょっとムカついたから、罰金代わりに楓ちゃんのソフトクリームを一口食べたった(笑) アドベリーの甘酸っぱさと牛乳の甘味が絶妙な組み合わせだった。今度はこっちを注文しよう。
◆ ◆ ◆
ソフトクリームを食べ終えた僕たちは再びバイクに乗ってスーパーやドラッグストアで買い物をして家に帰った。レイちゃんのジョルカブは可愛らしいけれど元気に走る。幼い頃のレイちゃんに似てお転婆な感じだ。スクーターなのに足でギヤチェンジするのが面白い。ギヤを変える時にガチャガチャと衝撃があるのは母のスーパーカブと同じだ。
「可愛いけれど元気で活発。一生懸命に動くところがレイちゃんに似てるね」
「はいはい、じゃあ一生懸命にこいつも動かしますか」
ジョルカブはレイちゃんに似ている。だとすればリトルカブはリツコさんに似ているのだろうか?
「放っとくとすぐにお酒を飲むんやから、あ! チーカマが食われてる!」
もしかするとリツコさんのリトルカブはアルコール燃料で動くのかもしれない。今度アルコール度数九八パーセントのお酒を買ってきて入れてみよう……そんな事を考えながら酔ってスピョスピョと眠るリツコさんを居間に運ぶのだった。
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