2020年 1月 駄バイクを修理

第436話 一人残されたリツコ

「夢か……楽しい夢だった気がする……」


 ボンヤリとしか覚えていないけど、初夢の中で私は誰かとお喋りをしながら美味しい物を食べていたと思う。だけどそんなのは夢物語。独身で友人もいない私はお家ではいつも一人。


「うう……水……」


 台所へ行き蛇口をひねる。カップに水を注ぎ、それを飲み干して周りを見ると、いつもの様に我が家に居るのは私だけ。父は中学生の頃、祖母が高校生の頃に他界。そしてよりによって母と来たら私が社会人になった途端に男を作って再婚してしまった。しかも今は海外在住。滅多に連絡をよこしもしない。


「何の夢だったんだろう、すごく暖かな夢だった気がする」


 大晦日はインスタントの天ぷらそばを食べてカウントダウンを焼酎片手に見ていたと思う。友人は居ないし後輩も「嫌ですよ、誤解されたらどうするんですか?」なんて言って来ない。正月なのにお家で一人。おせち料理もお雑煮も無いお正月。お餅だけはコンビニで買った。


「さて、朝ご飯にするか……あ、ご飯が無いや。お餅を食べようっと」


 三十路手前になっても私は乙女のまま。男を知る事も無く大台に乗りそうだ。バイクに乗っていると男性に「格好良いですね」と声をかけられるけどそれでお終い。恋に発展する事は無かった。私が格好良いのではなくて愛車のゼファー1100が格好良いのだ。格好良いゼファーちゃんに対してお料理が出来ず大酒呑みな私はジャンク訳あり物件だ。


「お餅……お雑煮を食べたいな……」


 お餅を食べたいけれど火を使うのは危ない。お雑煮を食べたいけれど私はお料理が出来ない。お正月なのに大好きなお雑煮を食べられないのが寂しい。


「結婚してたら旦那さんにお料理をしてもらうのに……いや、違うか」


 どう考えても自分で料理する姿が浮かばない。私のお料理は不味いのだ。カレーでさえまともに作れずクラスの男子にドン引きされたくらいだ。もしかすると彼氏が出来てもお料理をした途端に振られるかもしれない。


「つまり、私に必要なのは旦那じゃなくて嫁か……」


 仕方が無いのでオーブントースターでチンして食べる事にした。


「お醤油は有るけどお砂糖が無い……」


 砂糖醤油で食べたいのに砂糖が無い。買いに行きたいけれどバイクに乗ったら酒気帯び……いや、完璧に飲酒運転で捕まる。我が家の近所に歩いていけるようなコンビニは無い、しかたがない。我慢しよう。オーブントースターに餅を入れてダイヤルを捻った。


「……ったく、こんな美人を放っておくとは世の男は何をしているのだ?」


 後輩が言うには「美人を帳消しにするほどのマイナスが有るんです」だってさ。なんて酷い事を言いやがると思ったけど合ってる。合っているだけに何だかムカついて来た。朝からムカムカするのは昨日のお酒だけが原因じゃないと思う。世の中への不満とか経済的な流れとか……いや、やっぱり呑み過ぎだね。


「それにしても空き缶と空き瓶だらけだな、掃除しようっと」


 大掃除をして夕食のコンビニ弁当を食べて、お風呂へ入ってからはひたすらお酒を呑んでいた気がする。独り暮らしの寂しさを紛らわすためのお酒は徐々に増えて行き、日本酒なら一升くらい平気になってしまった。


「えっと、日本酒が一升に缶ビールが……いっぱい」


 確かに後輩が言う通りマイナスポイントかもしれない。飲み会でお持ち帰りをされる事無く気が付けば三十路手前。飲みに行っても「酔っちゃった♡」なんて言う頃には誰も意識が無い。酔い潰れているか逃げているか、それとも救急車で運ばれているかだ。まぁいい。とりあえず空き缶と空き瓶は洗って外のボックスに入れておこう。カランコロンと響く空き缶の音がむなしい。


「ハァ……彼氏が欲しい。でもって小さな可愛いオートバイも欲しい」


 車に乗れない私はバイクで移動している。お買い物も通勤も全部ゼファーちゃんで済ませている。一応だけど普通自動車運転免許は持ってるんだけどさ、とにかく運転が下手。何度運転しても感覚がつかめない。


「今こそミントちゃんが有れば便利なのに」


 ミントちゃんは私が小型自動二輪の免許を取ってから大学生のころまで乗っていた小さなスクーターだ。原付の中でも小柄で可愛らしいスクーターだった。決して速くは無かったけどアクセルを捻ると時速……結構出たと思う。メットインが無くて不便だったけど小回りが利いて良かった。


「みんな行ってしまう……みんなみんな行ってしまう……」


 家族は居なくなり、私はお家に一人ぼっち。お風呂に入ってもお酒を呑んでも、暖房を入れても冬は寒い。体ではなくて心が寒い。


「寒い……寒い寒い寒い寒いっ! 寒いっ!」


 寂しくて狂いそう。叫んでも誰も抱きしめてくれない。


「温もりが欲しい……お父さん……」


 温かいお料理を作ってくれた祖母はもう居ない。寒い時に抱きしめてくれた父はもう居ない。母は嫁いでもう居ない。ブンブンと白煙を上げて走り回ったミントちゃんは廃車になってしまった。私と一緒に居るのはゼファーちゃんだけ。でもゼファーちゃんはお話してくれない。


「寂しい……寒い……誰か……誰か私を抱っこして……抱っこして……」


 ゴロリと寝転ぶと何かにお腹を押さえ付けられた。


「うう……何これ……重い……重い……誰か助けて……」


◆        ◆        ◆


 リツコさんが上向きになってウンウン唸っている。臨月なのに大の字になって寝るからだ。子供じゃあるまいし、布団を蹴飛ばして……ワンパク小僧か。苦しそうだから向きを変えて布団をかけておこう。


「はい、コロ~ン」

「うう……お父さん?」


 大きなお腹の下敷きになってウンウン唸っているリツコさんを横に向けた。動かし方が少し乱暴だったかな? 起こしてしまった。 


「誰がお父さんや」

「にゃふ? あ、中さんだ……よかった~」


 冬なのに汗びっしょりなのは怖い夢を見たからか、それともお腹に押しつぶされそうになったからか。


「ねぇ中さん」

「はい?」


 安心したのか俺の顔を見て微笑むリツコさん。リツコさんは時々無邪気な良い笑顔をするのだ。


「抱っこして、ギュッとして撫でて」

「はいはい、怖い夢を見たんやな、よしよし」


 抱っこして撫でていたらリツコさんのお腹が鳴った。昨夜はお笑い芸人がお尻を叩かれまくる番組を大笑いして見ながら年越しそばを二杯も食べたのに、しかも天ぷら・お揚げ・卵・コロッケ・ワカメと大盛りのトッピングをして食べたのにもうお腹が空いたらしい。


「さて、お雑煮にしようか。お餅は何個入れようねぇ……」

「ラッキーセブンの七個!」


 寝起き早々で七個の餅を食べたいとは何たる強靭な胃袋。最近のリツコさんはお酒を呑めない代わりによく食べる。


「栗きんとんは? 栗食べたい!」

「きんとんも食べてな?」


 食欲が有るのは良い事だ。しっかり食べて元気な子供を産んでもらおう。元気が有れば何でも出来る。元気な子供を産む事も出来る。


◆        ◆        ◆


 何の夢を見ていたのか忘れたけれど寂しくて寒い夢だったと思う。とんでもない初夢を見てしまった。コタツからお台所に立つ夫の背中を見ているとホッとする。暖かいだけにする。


「そっちにお雑煮を持って行くで~」

「はぁい」

 

 温かなお家に温かい御飯。そして優しい旦那様。


「ねぇ中さん、今年も仲良くしよーね」

「うん、そりゃ仲良くも仲良しもするで」


 そしてもうすぐ生まれる我が子。どんな子供が生まれるだろう。出来ればお料理上手になりますように。そして、落ち着いたら二人目に挑戦だ。


「ミントも修理してね♡」

「ヤマハは専門外やからなぁ……」


 この幸せが長く長く、お雑煮のお餅みたいに長く伸びるように願いつつ元日は過ぎて行く。


「リツコさんっ! 栗ばっかり取らないっ!」

「にゃう~!!」


 

 

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