第429話 天ぷらナンバー①
放置されたバイクを積んで警察署に出向いた三木はバイクを降ろして拾得物として届け出して店に帰って来た。
「『店に置いていかれた』って言ったら、『拾った事にしてください』ですって」
これで半年経てばミニバイクは法的に六城の物になる。そうなれば廃車するなり名義変更するなりで乗る事が出来るだろう。だが半年間放置されたバイクを走行可能な状態に持って行くのは一苦労だ。そもそも『故障した』ミニバイクだから何らかの修理は必要だろう。部品は大島サイクルに頼めば取り寄せてくれるかもしれないが、車輪の会メンバーでもないのに部品を頼むのは迷惑かもしれない。部品は大津市にある部品商へ電話をして仕入れることになるだろう。
「半年経ったら更にボロくなってるやろうな」
「多分だけど持ち主は現れませんよ、金融屋の看板が出てましたから」
億田金融と言えば良い噂を聞く一方で悪い噂も聞く。返済に困った店を立て直したらしいとも、夜逃げすれば地獄の果てまで追いかけるらしいとも聞いた事が在る。家屋の管理が億田金融不動産部とあるので、恐らく家主は借金を返済できなかったのだろう。収入が減ったにもかかわらず生活レベルを落とせず借金をするのは今都町でよく有るパターンだ。
「どっちにしろ持ち主は無事じゃないやろうな」
今都町は自衛隊からの施設周辺環境補助金で建てられた箱モノのおかげで一見豊かに見える。しかし実際は特産物も産業も無く、観光地も無い。全く価値が無い街には不景気風が吹き荒れていた。もっともそれに気がついているのはまっとうな商売をしている六城石油くらいなものであろう。
「でしょうね、借金のかたに家を差し出すんですから」
先日、今都にあった市役所別館のお別れセレモニーが盛大に執り行われた。だが、そんな派手なセレモニーが行われるのは氷山の一角。高嶋市では旧今都町時代に建てられた箱モノの整理・廃止が進んでいた。県の施設も施設の老朽化や交通の便、そして治安の問題で移転の噂がある。官公庁メインの今都町は変わり始めていた。
◆ ◆ ◆
数日後、予想外に早く事態が動いた。警察署からの連絡でバイクは盗難車であったことがわかった。元の持ち主に連絡をしたところ、十年近く前に盗まれたバイクだったらしい。
「天ぷらナンバーやね。盗まれた方は『もう高齢で乗れないから処分してください』と言われていますし、高嶋市まで引取りにも来れないそうです。こちらも処分なり引取りなりしてくれれば助かりますけど……どうします?」
天ぷらナンバーとは登録済みのバイクや車のナンバープレートを別の車に取り付ける違法行為である。外見(ナンバープレート)と中身(車両)が違う。衣があるおかげで外見から中身がわからない『天ぷら』が呼び方の由来だと言われている。
「処分しろってなら金を貰わんとね、仕事として受けるなら貰うけど」
警察から連絡を受けた六城は担当者からとっくの昔にバイク自体は廃車されていたことを知らされた。所有者は盗難届を出したが見つからず、諦めて廃車手続きをしてしまったそうだ。
「盗難車に今まで乗っていた原付のナンバーを付けて乗るって奴か、ようそんな事して乗るわ」
盗んだ原付を平気な顔で乗り続け、更に壊れたからと置いてきぼりにした者に呆れる六城だった。そんな六城に滋賀県警高嶋警察署の署員は薄ら笑いを浮かべて声をかけた。
「フレームナンバーが残っていたから照会できました。盗難届も取り下げられていますし持ち主も要らないって言ってます。登録は出来ますよ。動きませんけど」
盗難車に自分が乗っていたバイクのナンバーを取り付けて乗る。ナンバーが付いているのだから警察が盗難車ではないかと疑ったり照会をしたりは無く、ナンバーを使いまわしているのだから書類上は同じバイクに乗り続けている事になる。幸いな事に盗難車両でよくある車体番号を削ったりはされていない。
「ん~っと、取りあえず法的問題無いなら車体は無料で引き取ります。原付みたいやし書類や登録は何とでもなるでしょう」
「助かります。解体屋に持って行くのが面倒くさいんでね」
大らかな高嶋市役所において今都支所は特に大らかだと言われる。いや、大らかを通り越して『ザル』とも言われている。フレームナンバーさえあればハーレーだろうがリッターバイクだろうが平気で原付登録をしてしまい、賄賂をもらえば盗難車であろうが平気で登録をしているのは今都以外の住民でも知っている。実際に少し前までは懐中電灯を取り付けたレーサーが街中を走っていたり原付登録の大型バイクが走っていた。
「変なナンバーを付けて我等が署の『白き鷹』に狩られないように」
「きちんと書類は出しますよ。顛末書でしたっけ?」
書類を無くした場合、顛末書を書けば自己責任で登録出来る。顛末書と車体番号の石摺りを提出するのだ。自治体によるが、高嶋市の場合、原付一種・二種は書類の無いバイクでもこれで公道走行可能になる。
「それとフレームナンバーの石刷りが居るかもですね、じゃあ持って行ってください。こちらの書類にサインを」
六城は書類にサインをして軽トラックにミニバイクを積み込んだ。
◆ ◆ ◆
引き取ったバイクが再登録出来るか念のため市役所の今都支所で確認した六城は登録可能と知って安心する反面、今都支所の適当さに呆れつつ店に戻った。
「という事で直そうと思うけど、灯油のシーズンやから外注に出す」
暖冬とは言え高嶋市北部は寒い。オール電化にしていない家が多いの今都町では十二月に入ると灯油の消費量がグンと増す。仕事が終わればタフな六城でもさっさと風呂に入って眠りたい忙しさだ。
「そうですねー、でも直してどうするんですか?」
「まぁ置いとけば自転車代わりに使うやろう」
スクーターは小回りが効く。店の備品を買いに行くのに便利かもしれないし、従業員が昼食を買いに行くのに使っても良いだろう。残念ながら軽トラックに積まれたスクーターにメットインのスペースは無い。トップケースを買ってもよいがホームセンターでRVボックスを買って適当な金具で取り付ければ問題無いだろう。
「ところで六城さん、このスクーターって何て名前なんですか?」
「さぁ?」
メットインでないスクーターは今どき珍しい。しかもタイヤが八インチのチューブ入りだ。スーパーカブや実用車のスポークホイールかモンキー等の合わせホイールなら構造的にチューブタイヤにせざるを得ないのだが、この二十年ほどのスクーターはほとんどがパンクに強いチューブレスタイヤになっている。珍しいタイプだ。
「でも可愛いですね」
「格好からしてスズキじゃないですよ」
見た目は可愛らしくスタイリッシュ。少し調べると『使用油脂はヤマハ純正の』と印刷されたシールが見つかった。
「三木の言う通りやね。ヤマハやってさ」
「ヤマハか……大島さんの所で直してもらえるかな?」
六城はスクーターに明るくない。そして修理を頼もうと思った大島サイクルはヤマハを扱っていないはずだ。そして、六城に大島サイクル以外のバイクを修理出来そうな知り合いはいない。もしかして詰んだのだろうかと心配をしつつ六城はスマホを取り出した。
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