2019年 12月

第427話 晶・薫の御両親に会う

 車検を通した途端に赤ちゃんが出来て乗れなくなったゼファーちゃん。調子を崩さないように晶ちゃんが薫ちゃんを連れてデートがてら乗ってくれている。おかげでバッテリー上がりをする事も無く、キャブの調子も良い。お出掛けした二人が『レンタル料の代わり』とお土産をくれるのも良い。あの高級バームクーヘンは美味しかった。お蕎麦も美味しかったし栃餅も美味しかった。ただし東近江名物の『飛びだし坊や』のグッズはあまり嬉しくなかった。だって食べられないんだもん。中さんは喜んでたけどさ。


 まぁそんな二人はお互いの家に行って挨拶をする所まで行ったみたい。だけど晶ちゃんの表情は冴えない。いや、冴えたら冴えたで惚れてしまいそうになるんだけどさ。誰だ? 「一目惚れしたのは誰や?」なんて言うのは。


「晶ちゃんを男の人と間違えて一目惚れしたのは誰だ~い……って、私だよっ!」

「ヤケ酒を呑んで俺をボコボコにしたよなぁ」


 今日はカブのヘッドライト以外をLEDに交換するのに来た晶ちゃん。ココアを啜りながら作業を見ている。う~ん、やっぱりイケメンだ。そう、晶ちゃんの見た目はイケメンなのだ。薫ちゃんに抱かれてからますますイケメンを拗らせているけれど女子なのだ。イケメン女子なのだ。大切な事なのでしっかり何度も言いました。


「いや、その件に関してはスマンかった」

「どんな暴れ方をしたのよ?」

「虎や虎、ベロベロに酔って吐くわ喚くわ殴るわ蹴るわ、鼻に指を突っ込むわプロレス技をかけて来るわ……」


 虎といっても白いマットのジャングルで活躍する虎じゃない。お酒をたくさん飲んで暴れたり絡んだりするのを『虎』と呼ぶのだ。この可愛らしい仔猫になんて事を言いやがるって感じはする。


「ほい、前後左右のウインカー・テールとブレーキの電球交換完了。ウインカーリレーもLED対応品に換えたで」

「ありがと」


 テールライトやブレーキランプは交換だけで大丈夫みたいだけど、ウインカーはリレーって部品を交換しないと点きっ放しになったりハイフラッシャーになったりするんだって。ハイフラッシャーって言うのはすごく早くウインカーを点滅させる違法改造(?)ね。ウインカーが球切れすると早く点滅するアレね。


「白バイ隊員が整備不良で停められたら洒落にならんしな」

「まぁ揉み消すけどね、それより二人とも聞いてよ」


 先日、薫ちゃんのお家に行って御両親に紹介された晶ちゃんはいつも通り男性に間違えられたらしい。でもって「薫は男の子ですよ?」と言われたとか。


「でね、誤解は解けたんだけどね」


 女性であることを説明して薫ちゃんの御両親を何とか納得させたのは良いとして、薫ちゃんの御両親は晶ちゃんが女性であることを解った上で『結婚式では薫にウェディングドレスを着させてほしい』と頼んで来たんだって。で、晶ちゃんが「二人でドレスですか?」って聞いたら「晶さんはタキシードで……」と言われたそうな。ふむ、ちょっと見たいぞ。


「ふむ、じゃあ結婚を前提でって言うか、完全に結婚するって事で認めてるんだ」

「うん、『ふつつかな息子ですが』って完全に認められた」


 薫ちゃんが女の子っぽいのは外見だけ。中身は猛者なのにね。知らぬは親ばかりなり。あとはプロポ-ズのタイミングだね。


「薫ちゃんの御両親ってどんな方だったの?」

「薫さんと同じく小さくて可愛いのっ♡」


 薫ちゃんの可愛さは御両親ゆずりだったそうで、家の中はお母さんの趣味でファンシーだったんだって。


「薫さんの部屋がファンシーなのはお母さんゆずりだね」


 最近の薫ちゃんと晶ちゃんは休みのたびにお互いのアパートへ行ってお泊りしているんだって。薫ちゃんの部屋へ行った事は無いけれど晶ちゃんの部屋へ行った事はある。晶ちゃんに部屋は必要最低限の生活道具とチョットしたお菓子作りの道具しかない。晶ちゃんの女の子っぽい部分は小さい物好きな所とお菓子作りが好きな所くらいだ……なんて言うと晶ちゃんが泣いちゃうな。


「で? ずいぶん大きなお腹だけど、調子はどうなのよ?」

「便秘気味なこと以外は絶好調」


 そう、私のお腹には新しい命以外に……つまっている。赤ちゃんに押されて出なくなるんだって。中さんが「浣腸しようか?」って気を使ってくれたけど恥ずかしいから嫌っ! 例え夫だったとしても見せたくない部分は有るのだ。


「どっこいしょっと、もう一か月を切ったからな。入院セットは用意しておいた」


 作業を終えて手を洗った中さんがマグカップを片手に椅子代わりのビールケースに座った。


「じゃあ来年のお正月明けには家族が増えるんだ、名前は決めてあるの?」


 晶ちゃんが目をキラキラさせて聞いてきた。


「小熊」

「(小熊)以外の方向で」


 私は『大島小熊』は良いと思うんだけど、今都の悪ガキが『暴れ小熊』って呼ばれてるから駄目なんだって。それと、中さんが言うには「あのなぁ、『小熊』って名前はド〇クエで〇トって名前を付けようとするようなもんやで」だってさ。スーパーカブを触る者としては恐れ多くてとんでもないんだって。


「ああ、『小熊』はちょっとね……」

「うん、『小熊』は苦労しそうやからな。カブに乗るなら良いけど」

「にゃうぅぅ……可愛いのに」


 ちなみに中さんは令和にちなんで名前に『れい』を入れたいんだって。『令子』とかかな? 字を変えて『麗子』とかにしても悪くないと思う。多分だけど男の子じゃないと思う。だって、晶ちゃんに反応してたんだもの。とりあえずお腹の赤ちゃんに話しかける時は『レイちゃん』と呼ぶことにした。


◆        ◆        ◆


「にゃふぅ~、レイちゃ~ん。早く出て来てくださ~い」


 お腹を撫でながら話しかけるリツコさん。名前に『れい』を入れたいと伝えたらこれだ。令和にちなんでと思ったが、だからといって『レイ』ではひねりが無い。


「なんとなく『れい』って大きな物を動かしそうな名前やな」


 あの機動戦士のパイロットも汎用人型決戦兵器のパイロットも『レイ』だった。


「良い名前だと思うけどね、男でも女でもOKだもん」


 思い起こせば美少女戦士にも居たし、月の精霊でも居た気がする。義星の男もレイだったし、奇妙な顔のグループにも居た。男でも女でもOKな『レイ』は万能な名前かもしれない。


「外国のアーティストにも多い名前やしな、いいかもしれんな」

「良い名前だと思うよ? これ以上弄るのは良くないと思う。誰だったかな? 『I Love You』を『月がキレイですね』って訳したんだよ。令和にちなんででも良いけど、月にちなんででも良いと思う」


 何ともあっけない話だが、決まる時なんてこんなもんだ。リツコさんのお腹にいる赤ん坊の名前は『レイ』で決定。男でも女でも『レイ』だ。

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