第425話 面白い社外品
本田速人という少年が居る。外れの中古モンキーを買い、同級生の白藤理恵に連れられてウチに来た。購入した店でぼったくられて手持ちの予算はスズメの涙。だったら自分で手を動かして自分で直せとホンダモンキーをバラバラにさせて一から組み立てさせた。そんな速人はすっかり4mini沼にはまり、純正部品を組み合わせて改造するだけではなく、社外品にも手を出す様になった。そんな速人が見つけたのが六ボルトモンキーに使えるキックギヤだ。
カブのキックギヤは二種類ある。キックすることによりギヤが飛びこむ通称『Aキック』はフリクションが少ない反面、乱暴な始動をするとギヤを痛めやすい。後のキック時のみラチェットが噛み合う常時噛み合いタイプ『Bキック』は多少フリクションロスはあるがギヤの損傷は少ない。
十二ボルトになってからのスーパーカブの場合、キックギヤは五〇㏄が二十一枚、九〇㏄は二十二枚のギヤでBキック。六ボルトモンキーのギヤは二十四枚でAキック。純正でBキック二十四枚のギヤは在ったらしいが、とうの昔に生産・供給終了。
そんな純正クロスミッションに組み合わせるBキック二十四枚ギヤ。社外品を速人はインターネットで見つけて自分のモンキーに組み込んだ。そして紆余曲折の末に理恵と付き合う事になった。
「―――ということで、純正部品の流用メインでやって来たけど、少し視野を広げて社外品で面白いもんが無いか調べてる。まぁ八割方ハズレやけどな」
「ふ~ん」
バイクメーカーの純正部品と違って社外品は当たり外れが多い。純正部品と同等なら大当たり、使えるが耐久性が無いなんて物ならまだマシ。どうやって取り付けるのか悩む製品が多い事多い事。使えると思って改めて注文しようとしたら一ロットで生産終了してしまう一期一会な物もある。
「で、そんな中にあるのが『あんな事イイな出来たらイイな』を実現した部品」
「未来の世界の猫型ロボットじゃあるまいし、晩御飯は何?」
リツコさんめ、人が丁寧な解説をしているのに何て態度だ。
「おでん。でな、二ストジャイロXの後タイヤをチューブレスの八インチにするホイールが出てるんや」
「タイヤはともかく、今夜はおでんか……牛筋は入ってる?」
リツコさんはお肉が好きなので牛筋はもちろん入っている。お肉につられて野菜と一緒に食べる様にロールキャベツなんかも入っている。
「入ってる。でな、古いジャイロでもパンクに強いチューブレスタイヤが使えるようになる訳や。世の中色々考えて作り出す人が居るもんやで」
「そうそう、おでんにソーセージを入れても美味しいのよね」
リツコさんの頭の中はおでんでいっぱいだ。
「う~ん、ソーセージは入れてなかったな……入れるわ」
「皮がパリッとした奴でよろしく」
妊婦が肉ばかり食べて大丈夫か心配になる。でもリツコさんの理論では『お腹の赤ちゃんに吸収されて私に入る分はゼロ』らしい。
◆ ◆ ◆
一日の家事を終えて寝る前のひと時。コタツに入ってノートパソコンでカブに使えそうな良質の社外品をネット検索。以前速人がモンキー六ボルト用ミッション対応のキックギヤを買ったサイトを覗くと面白いものが出ていた。
「ふ~ん、カブのクランクケースに対応した純正クロスと同じ一速ギヤ丸々のセットか。新品を買えるとはありがたい話やな」
スーパーカブの一速は日本にあるどの坂でも荷物を積んで走る事が出来るギヤ比と噂されている。それは素晴らしい事だが普段使うには少々ローギヤードすぎるのだ。軽トラックで一速発進をするとすぐにギヤチェンジをしなければいけない様に、カブの一速は平坦な道ではローギヤードすぎる。
「私のリトルちゃんも『もう少し一速が伸びたらな~』って思う事が在るよ」
ミカンを食べながらテレビを見て居るリツコさんがパソコンの画面を覗きこもうとして来た。動くのが億劫そうなのでパソコンごと隣に移動したらミカンの皮だらけ……おい、何個ミカン食うとるねん。
「これと俗に言う『純正クロス』で余った六ボルトモンキーの三・四速ギヤを組み合わせるとツーリング向きなギヤ比なミッションが出来そうやな」
実は速人が置いていった六ボルトモンキーの余りギヤとマグナ五〇のギヤを組み合わせて純正クロスの真反対な純正ワイドミッションを作ろうかと一瞬思ったのだがやめた。想像でしかないが発進が頭打ち、二速以降が離れすぎかなと思っていたのだ。
「でもカブならロータリーシフトじゃ無きゃ、靴が傷んじゃう」
「そうやなぁ。リツコさん、ミカン何個目?」
「五個目」
「もう止めとこうな、赤ちゃんが真っ黄色になるで」
注意したら「ぶー」と言いながら不満げに六個目のミカンを俺に渡してきた。
「まぁカブに使うにゃ手間がかかるけどな、遠心クラッチでリターンシフトは乗りにくいからCD五〇のシフトドラムを買ったりせんならん」
「カブのシーソーペダルだと踵でシフトアップだね」
通勤で使うなら爪先でかき上げてシフトチェンジするリターンシフトは避けたい。革靴を傷つけたりしたら親から拳骨の一つを喰らいかねない。ロータリーシフトとシーソーペダルなら踏むだけなので靴は傷まない。個人的にはカブのシーソーペダルとリターンシフトは相性が良くないと思う。
「問題は安全装置が無い事や、『幻の五速』やったら四速に戻せばいいけど『地獄の六速』に入れたらエンジンがオーバーレブやな」
ちなみに『幻の五速』はニュートラルの事である。カブ系のミッションはほとんどが三速もしくは四速ミッション。社外品で五速もあるが通勤・通学で使う様な耐久性があるかどうかは疑問だ。カブは一部を除いて安全の為に走行中はトップギヤからニュートラルギヤに入らない様に安全装置が付いている。当然『幻の五速』には入らない。ニュートラルにいかないのだから間違えて一速にシフトしてしまう事も無い。
「そうそう、リターンシフトだと大丈夫なんだけどね」
「リツコさんのリトルカブをマニュアルクラッチのリターンシフトに変えてしまおうか?」
カブにモンキーやCD五〇のエンジンを丸ごと流用してマニュアルクラッチにする事は出来る。問題はクラッチレバーの配置だが、まぁ何とかなるだろう。
「う~ん、カブは自動クラッチのロータリーシフトだから良いのよね。サンダルって言うかツッカケみたいに気軽に乗っていけるのがイイの」
とにかくお手軽なカブの自動クラッチ。考えた人は天才だと思う。
「なるほどな、でもサンダルにこの値段は厳しいかな?」
問題は値段だ。削り出す場合や型を作って製品を作る場合、少量生産品だと製品一つ当たりに上乗せされる金型代やNC旋盤で削り出すのにプログラミング代が大量生産品より多く上乗せされる。
「う~ん、学生たちが気軽に注文できる金額じゃないね。沼にはまったジャンキーならホイホイ買いそうだけど、私にはチョッチ高価かな?」
少量生産故に割高。そうなると売れずに気が付けば廃盤なんて事になっているかもしれない。念の為に買っておこう。
◆ ◆ ◆
ウチのお客さんでリターンシフトでマニュアルクラッチのお客さんは少数派だ。リターンシフトでマニュアルクラッチの四mini乗りと言えば今津麗ちゃん、今日はオフ車ベースの何だかわからないオートバイに乗る真野澄香ちゃんとご来店。
「ふ~ん、私は教習車と一緒だから不満は無いけど」
「私はロータリーの方が良いかな? 爪先か踵で踏むだけやから靴が傷まへんし」
マグナ五〇に乗る麗ちゃんとツキギホッパー改に乗る澄香ちゃんで意見が違うのが面白い所だ。全く違う乗り手に合わせて変幻自在に組み合わせの出来るカブ系エンジンはこれだから面白い。粗悪な部品も無いでもないホンダ横型エンジン。これからは純正部品にとらわれずお客さんの好みに合わせる為、社外部品についても勉強していこう。
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