第419話 晶は罪な女②

 仕事を終えた晶は高嶋署の駐車場の片隅に有る駐輪場から愛車のカブを引っ張り出してキックペダルを踏み込んだ。知らないものが見ればただのスーパーカブだが、知っている者が見れば奇妙な仕様のスーパーカブは晶のお気に入り。ノーマルのシリンダーは高精度な修正をされてオーバーサイズピストンを入れた八九㏄。マフラーはノーマルに見えるが抜けが良いJ社の物。フロントサスペンションはカブカスタム五〇用のアンチリフトフォーク。そして何と言ってもキャブレター時代のカブ乗りにとってあこがれの四段ミッション。


(ふむ、やっぱりカブは四段ミッションになるとエンジンが生きるね)


 シートとキャリア、そしてトップケースが変更されただけに見えるチューンドカブ。白バイ乗りを納得させる徹底的に実用とツーリングに特化した改造はもちろん大島の手に依るものだ。おとなしい外見の内に隠されたスポーティさは正に羊の皮を被った狼。見た目に反して中身が乙女な自分にピッタリのバイクだと晶は思っていた。


(さてと、晩御飯は何を作ろうかな? 私は男っぽい料理しか作れないからなぁ)


 仕事柄体力勝負な面があり、晶の作る料理はどちらかと言えば男っぽい料理が多い。食べる事も仕事の内とボリューム・味付け共にスタミナ勝負な男っぽい料理を作る晶に対して彼氏の薫は繊細な料理を作る。


(うん、今日はスパゲッティを作ろうっと。薫さんが好きなケチャップ味にして、ボリュームを出すのにミートボールを入れて……)


 晶は愛しい彼氏の顔を思い浮かべてカブのハンドルをスーパーに向けた。


◆        ◆        ◆


 一目会ったその日から恋の花咲く事もある。白バイ隊員からスピードの出し過ぎを注意された愛奈は何時か再び白バイ隊員に出会った時に恋を実らせるべく素敵な女性になる為に日々努力を重ねていた。素地が良い事も有り、言葉使いや粗野な行動を改めただけの愛奈は学年でも指折りの美少女となっていた。残念ながらそれまでの行いが悪すぎたために男子生徒にモテる事は無かったのだが、少なくとも世間一般の眼で見れば美少女以外の何者でも無かった。


「クックック……晃司、令司。今の私は美少女やろ?」

「あのなぁ、腕を組んで反り繰り返って『美少女やろ?』は無いで」

「確かに……何か足りん気がするな」


 確かに美人ではあるが何かが足りない。その足りないものは今の三人には解らなかった。そんな三人を不機嫌極まりない顔で見る少女が居る。令司に引っ張られて三人のたまり場である角家の秘密基地に連れてこられた今日子だ。


「で? どうして私がアンタらに付き合ってここに居る訳?」

「女性の意見を聞きたいんですよ、先輩から愛奈はどう見えますか?」


 どうもこうも無い。目の前に居る後輩は美少女以外何でもない。


「見た目はキレイだけど萌えが足りない。仏像を彫ったけど魂が入ってないって感じ。守ってあげたい儚さと可愛げ、そして色気が無い。あと、高石。アンタには渋さが無い」

「ぬううう……『萌え』って何やっ!」

「あ~、なるほどな~」

「俺に渋さを求められてもなぁ」


 『萌え』を定義するのは非常に難しい。どのくらい難しいかと言えば琵琶湖よりも深く伊吹山よりも高い難問である。


「それを探すのがモテるための修行……ではさらばっ!」


 実は今日子にもわかっていないのだが、とりあえず難しい事を言っておけば三人が考え込む。その隙に逃げ出そうと訳の分からん台詞を吐いた今日子の思惑通り三人は腕を組んで考え始めた。その様子を見た彼女はこれ幸いと角家の庭から逃げ出した。


「大島先生に萌えの成分は無いよねぇ……」

「アレは完全に大人の女の色気やからなぁ」

「イイよな……大人の女……」


 残された三人はどうすれば愛奈がイケメン白バイ隊員を振り向かせる『萌え』を手に入れられるのかと知恵を捻るのだった。


◆        ◆        ◆


 萌えの要素を全く持たずに生きて来た晶に対して彼氏の浅井薫は萌えを具現化して超越した存在と言って過言ではないだろう。澄んだ瞳に鈴の音の様な美しい声、そしてサラサラな髪に愛らしい顔立ち。エプロンと三角巾が似合う少女の如く華奢な容姿なのに戦えば狂戦士の如き強さ。そして夜になると、時には逞しく、時には繊細な技で晶を夢のような世界へ誘う。まぁそんな萌えを超越した存在は晶の目の前で旧いアニメ映画に出てきたみたいなミートボール入りのスパゲッティ食べている訳だが。


「ねぇ薫さん、私って男っぽく見える?」


 何とも返答に困る質問だが、薫はサラリと「僕には女の子にしか見えないよ」と世の女性にとって信じられないセリフを口にした。


「また何か言われたんでしょ? 気にしない気にしない。僕だって毎回毎回女の子に間違えられてさ、野郎から告られたり夜にコンビニとか行こうとすると襲われそうになったりするんだよ?」


 晶と薫はイケメン乙女と美少女系男子の凸凹カップル。普通に二人で歩いているとお互いの足りない所を補い合う丁度良いコンビ。特に見た目は完全に男女逆転状態なカップルである。喫茶店でパフェとコーヒーを注文するとコーヒーは晶に、パフェが薫に来るほどの見た目である。


「うん、何だか私が冗談で王子様っぽい事を言うと皆が気絶する」


 薫に抱かれて以来、晶は女性らしくなるのではなくてますますイケメンと化していた。抱かれれば抱かれる程、肌を合わせれば合わせるほど晶の美貌(?)に磨きがかかり、薫の愛らしさと相まって一緒に歩くと誰もが振り向くほどになっている。


「気絶させときなよ、死ぬわけじゃないし」

「そうね、でもどうして薫さんは平気なのかしら?」


 世の男性の中で唯一と言ってよいだろう。薫だけは晶を女の子として扱い、女として扱う。晶の間違ったベクトルの色気にも心乱されない天然男の娘。


「こんな見た目だけど男だからね、晶ちゃんのスキルは女の子限定みたいだね」

「やっぱり……」


 ◆        ◆        ◆


 翌朝、妙にツヤツヤになった晶はお疲れ気味な薫を連れてデートがてら買い物に出かけた。遠出をしたいところだが、昨夜のお楽しみのおかげで彼氏が眠そうだ。無理をさせるのも可哀そうと安曇河町内の甘味処を巡ったり大判焼きを買いに行ったり。一見イケメンと美少女のカップル一緒に歩いているだけで目立つ。


「あっ! あ……やっぱり……彼女が居るんや……」


 そんな仲睦まじい二人を見て、少女がまた一人失恋した。鈴カステラを買いに来た結城愛奈である。 

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