2019年9月 厳しい残暑

第407話 給油

 レジャーシーズンが一段落した六城石油。灯油のシーズンまではゆったり静かな日々が過ぎて行くところだが、今年は少しだけ様子が違った。


「遠藤ちゃん、何か変な感じがせん?」

「ん~っと、売り上げは良い感じですけど単価が低いですねぇ……」


 遠藤の言う通り売り上げは悪くない。だが一人当たりの給油量が少ない。売り上げ自体は悪くないが、来客数の割にイマイチと言ったところ。フルサービスの六城石油では来客数は対応する店員の忙しさに通じる。忙しい割に売り上げが低い。少し寂しい所である。


「だいたいが千円とか十リッターまでの給油が多い様に思うんやけど、どう」

「そーですねー、六城さんの言う通りだと思いますよ~」


 少量・少額の客には特徴がある。誰もかれもが自分を査定でもしているかのような目で見る。嫌な顔をしないように精一杯愛想よく対応していた六城だったが、疑うような値踏みするような眼で見られるのは決して心地よいものではなかった。


「何か変な目で見られてる気がする」

「もしかして六城さんに『ほ』の字とか?」


「男のお客さんばっかりやで……」


 六城の背に冷たいものが走った。


◆        ◆        ◆


 このところ軽バンの走行距離が伸びている。理由はリツコさんの送り迎えだ。毎日往復二〇km×二回。毎週二四〇㎞走っている。月当たり約千キロってところか。距離を走れば燃料も使う。帰りに入れて帰ろかと思っていたら燃料系を覗きこんだリツコさんが「六城君の所で入れよう」と言ったのだ。断る理由は特に無く、久しぶりに六城君の顔を見るかといつもと違うルートで帰る事にした。


「いらっしゃいっ! あっ!」

「やあ、ご無沙汰」

「やっほ~、ひっさしぶり~」


 ヤンチャだった卒業生が元気に働いでいる姿を見て、リツコさんは満足そうだ。


「おおっと、リツコ先生……竹原先生から聞いてましたけど大きくなりましたねぇ」

「赤ちゃん以外も育ってるけどね~」


 六城君はリツコさんのお腹を見て驚いている。そんな六城君を見たリツコさんは微笑んでいる。


「大きくなったでしょ~、もう少しで産休かな?」

「予定日はいつですか?」


 どうやら大きくなったお腹を見せたかったらしい。


「ん~っと、一月の初めごろだって。暑くて重くて困っちゃう」

「幸せそうですね……よかった」


 少し手を止めてリツコさんのお腹を見る六城君。優しい表情だ。大昔にうちの店へ来た時は悪ガキだった。すっかり更生して社会人になって立派な大人……いや、男だ。


「六城君、君もいつか幸せになりなさい」

「はいっ!」


 お腹に手を添えてビシッと決め顔をしているが、この前放送していたアニメ映画の真似をしているだけだ。心の中では「にゃふふふ……決まった♡」とでも思っているに違いない。


「六城君、車輪の会なぁ……やっぱり入会はすんなり行かんわ、無理とは言わんけどしばらく掛かりそうや。慌てんと待っといてな」


 六城君は「大丈夫ですよ」とは言っていたが、ポツリと「やっぱり今都やからなぁ……」と少し暗い表情で呟いていた。


◆        ◆        ◆


「ねー中さん、六城君が車輪の会へ入れないのは今都のお店だから?」


 ガソリンを入れに行った時、六城君の呟きが聞こえたのだろう。食後に甘い物をと言われて渡した冷凍無花果を食べながらリツコさんが聞いて来た。


「そうやなぁ、六城君は悪くないと思うけど今都町の印象は良くないわな」


 今都町の住民は息をする様に嘘をつく。これは信用第一の集団である車輪の会からすると大きなマイナスポイントだ。


「そうだけど、六城君はいい子よ?」

「六城君はいい子や、でも今都町のイメージが悪すぎる」


 そして過大な被害者妄想と自尊心の塊だ。町村合併で市名が『今都市』にならなかったり、今都の沼地跡に建てられるはずだった市役所新庁舎の建設が中止されたりしたことを恨んで今も他の町に謝罪と賠償を求めて来る始末だ。合併した他の町が旧今都町が作った借金の一部を負担する事で手打ちになったはずなのに、何年も経った最近になって改めて謝罪と賠償を求め始めた。


「高嶋高校もね、築六十年以上になるから改修じゃなくて建て替える方向で話が進んでるんだけど、『工事の音がうるさいから駄目』って話が進まないみたい。今都は治安が悪いから、もしかすると移転になっちゃうかも」

「築六十年か、俺の親父の頃には建ってたらしいからなぁ」


 建て替えと移転の話は初めて聞いた。高嶋高校は県立の高校。他に在る県の施設も老朽化しているから一斉に移転するかもしれない。


「私が定年になるまでに決まるか決まらないかって感じだけど……冷凍無花果はまだある? おかわりっ!」

「有るけど、もう四個も食べたやろ? ジャムにするからダ~メ」


 高嶋高校が移転となれば今都町より交通が不便な蒔野町は無いだろう。安曇河町には安曇河高校がある。小さな町で二つも高校は要らないから除外。残るは真旭町と高嶋町か。高嶋町は土地の確保が問題で、真旭はただでさえ市役所庁舎問題で今都から攻撃を受けているのにこれ以上充実するとなれば厳しいだろう。


「もうちょっと食べたいですってお腹の子が言ってる」

「何でもかんでもお腹の子に言わせない……もう一つだけやで」


「わ~い、無花果~♪」

「リツコさんが食べたいだけやん」


 高校が移転すればどうなるのだろう。バイク通学は続くのか、バイク通学禁止になるのだろうか、嬉々として冷凍イチジクに齧り付くリツコさんを見ながら思うのだった。

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