第392話 令司・電車通学をする。
公共交通手段に乏しい高嶋市で電車通学をするのは面倒で不便だったりする。
「ロックん、災難やったなぁ」
「まあな、ラリッった今都の
「途中で事故らんかっただけマシか、最近高齢ドライバーの事故が多いもんなぁ」
ミズホオートで暴れた老人は薬物中毒だったそうで、軽トラックから禁止薬物が出て来たみたいな事をミズホオートは言っていた。
「おかげで俺の愛車がパーよ」
「災難やったなぁ」
そんな事はどうでも良い。問題は通学と教習所通いだ。電車はラッシュ時でも三〇分に一本の過疎ダイヤ、しかも通勤・通学時間以外は一時間に一本しかない。
「
ほんの数分ホームルームが長引けば帰宅は一時間遅れる。一時間あれば学科か実技教習を一時間受けられる。時は金なりとはよく言ったものだ。少しでも早く免許を取ってバイク通学に切り替えたいところだがままならず、俺はため息をつき続ける日々を過ごしていた。
「僕のCD九〇は二人乗りやけど、二人乗りは一年経たんとアカンし……」
「私のゴリラは一人乗り。悪いけど乗せて帰る事は出来んわ」
試しにママチャリで通学したが、変速ギヤの無い自転車は坂道で辛く、平地での巡航も辛い。そして疲れる。
「いつもの先輩に乗せてもらったら?」
「先輩のバイクは一人乗りやっちゅうねん」
住吉先輩のトゥディは一人乗り。先輩と一緒に居る女子には二人乗れるバイクに乗っている者は居ない。二人乗りできるからって乗せてもらおうなんて厚かましい事は思わない。
「ま、夏休みに追い込むわ、幸いバイトも追試も無いしな」
こんな事になるなら免許だけでも取っておけばよかったと後悔していた。
◆ ◆ ◆
「で、今度は何を漁りに来たんですか?」
「ウインカーとか細々した物……旧そうなデザインのは無いか?」
今日も瑞穂社長がやって来た。カブに付けるのに良さ気なウインカーが無いかと探しに来たのだ。勝手に探してくれるならまだしも、視界が狭くなっているのか注意力が散漫なのか分からないが、目の前にある部品なのに『〇〇は何処や?』と呼びつけるので仕事が進まない。ジョルカブのカウルが返って来たから組み付けようと思っていたのに全く作業が進まない。
「大島君、何か良さ気なメーターは無いか?」
「メーターなんかワイヤー式やったら付くでしょ?
メーターは規格品だ。ワイヤーさえ接続できれば正常に動くはず。
「カブに合いそうな小さい奴や、何ぞないか?」
「今夜探して明日の朝一で持って行きますから、散らかさんでください……」
部品を整頓しておいたのに散らかされてしまった。歳上だからと注意されんのを良い事にやりたい放題だ。これだから最近の年よりは困る。
「旧そうな部品を見繕っておきますから散らかさんでください……」
◆ ◆ ◆
瑞穂会長が散らかした部品を棚に戻しているとエンジン音が聞こえた。
「こんにちは、オイル交換を……何が有ったと?」
このお国訛りは椛島さん。九州の方から引っ越してきた奥様だ。ネットオークションで酷いカブを掴まされてウチで直した。俺より七か八若いかな? 度胸があって元気で人懐っこい。九州出身の女性って感じがする。
「いや、知り合いが部品を捜しに来ましてね。オイル交換ね」
自動車を動かすより手軽なカブは近所へ出かけるのに丁度良いらしく、椛島さんのカブはチョコチョコ乗りで距離が伸びている。機械は毎日ある程度動かすのが最も調子よく維持できるのだが、チョコ乗りの多いカブはクラッチの消耗が激しい事が多い。オイル交換ついでに調整しておく。マフラーも水気が蒸発しないので錆びやすくなるのだが、これはどうしようもない。
「おじさんの店はカブが多かねぇ、部品だらけ」
「そうやねぇ、ウチはカブ系に特化した店やからねぇ」
普段はここまで部品だらけにしないのだが、今日は瑞穂会長が来て散らかして帰った。会長の欲しそうな部品を探し出してから片付けにゃならんと思うと気分が沈む。
「椛島さんのカブは調子がええね、オイルはキレイやし音も静かやな」
「パワーは無かけど調子は良かよ」
「じゃあ、無いパワーを補うためにギヤを増やすとしますか?」
もう何個か部品を買えば四速ロータリーミッションの部品が揃う。ところが椛島さんは「ギヤはこのままで良か」と答えた。
「確かにギヤを増やせばって時は有るけど、素の味が失われっとよ」
「素の味? 何やいな、それは」
「素のカブ、つまり三速で一番ベーシックなカブは三速に入れての粘りがよか」
「ほう、その心は?」
椛島さんが言うには一速・二速でポンポンとギヤを変えて走り出し、三速に入れて加速してエンジンを粘らせる。空冷単気筒の鼓動が良いらしい。実用性や走りを重視すれば四速化、さらに追及をすれば五速化なんて有るのだが、エンジンパワーを上手く使える反面シフトチェンジが忙しくなる。
「と言う訳で、私はこのままが良か」
「なるほどな、でも走りに不満が出たら言うてな」
オイル交換を終えて代金を払って椛島さんは帰った。今日は一つ勉強になった気がする。今まで乗り手に合わせたカスタムを心掛けてきたつもりだが、カブのカスタムは正解が在って無い様な物。そもそもカスタムするのが正解では無い。カスタムせずに乗るのも正解の一つなのだ。もしかすると俺はカブの良いところを認めていなかったのかもしれない。
スーパーカブは実に奥深い。これだからカブ弄りはやめられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます