第356話 リツコ・体調の変化に戸惑う

 六城君を招いてのバーベキューは美味しかったんだけど、私の体は不調が続いたまま。怠くて眠い日々が続く。それと何となく情緒不安定だ。急に落ち込んだり陽気になったり。お腹が空くから結構食べているんだけど、便秘のせいか体が野菜やアッサリした物を求めている。


「リツコさん、今日もおねむ?」

「ん~、今日はまだマシかなぁ。どこか行く?」


 車検とリフレッシュ、そしてモデファイが終わったゼファーちゃんに乗ってどこかに行きたい気分は有れど何だか行く気にならない。通勤で乗っているけれど、怠いから連休明けからリトルちゃんに乗ろうかな。


「車がいいなぁ、暖かいし寝れるし……」

「せっかくやからお弁当持ってどこかに行こうか、山を散歩するとか」


 普段ならお弁当はから揚げと卵焼きをリクエストする所なんだけど……。


「今日はサンドイッチを食べたい。卵サンドとツナサンドが良いなぁ……」

「コロッケサンドとかカツサンドは?」


 コロッケサンドにカツサンド、どっちも美味しいけれど今日は食べたくない。最近揚げ物を食べると重いのだ。おばちゃんになったからなんて思いたくない。


「レタスサンドとかトマトサンドの方が良いかな?」


 何となくお腹が重い気がする。だから野菜を食べているつもりなんだけど便秘が直らない。中さんが言う通りに山を散歩して運動すれば出るのだろうか。


「山に行くんやったら長袖と帽子、首に巻くタオルと手袋に長靴も要るな、リツコさん、お弁当と出かける支度とどっちが良い?」


 当然出掛ける支度だ。私はトマトの皮が剥けない。


「歩くだけや無うてワラビも採ろうか、せっかく出かけるんやから楽しみの一つも無いとな。リツコさんもワラビと油揚げの炊いたの食べるもんな」


 私は何となく心配げな彼に「うん、好き。炊き込みご飯も作って」と答えるのだった。


◆        ◆        ◆


 中さんの運転で出かけたのは安曇河町に有る田中山。山の上に畑が広がる農村地域だ。


「ご無沙汰してます。今日は奥さん連れてきました」

「あ、主人がいつもお世話になりまして、リツコです」


 知らなかったのだが、お義父さんは山の一角に農地を持ってたらしい。中さんも私に言い忘れていたみたいなんだけど、時折届く野菜は『借地代が要らない代わりに何かできたら出荷できない奴をくれ』って農園とお義父さんが約束してたんだって。何かもらう代わりに管理を任せるから中さんは基本的にノータッチ。農園のおじさんに「あの辺りからダ~っと角まで行って、左に曲がってあの辺りまでが親父さんが遺した土地や」って教えてもらってやっと思い出していたみたい。


「相続したって言うても場所を忘れてるくらいやしなぁ」


 他人事の様に畑を見回す中さんに呆れていたらおじさんが教えてくれた。


「管理は儂が、税金とかお金関係は億田さんに任せてますねん。だから中君は実質ノータッチ。でも、中君のおかげで億田はんから低金利で融資して貰えて助かってます」

「ここでも金ちゃんか……」


 財産なんて気にしないけれど、中さんはどれくらい持っているんだろう。お金持ちとは思えないけれど貧乏ではなさそう。前に聞いた時は「金一郎に任せてる金が有る」って言っていたけれど、金額は知らないみたい。金ちゃんは「プライバシーの問題ですから姐さんの頼みでも駄目」って教えてくれなかった。


 農園のおじさんに構内車の軽トラックを借りてあぜ道を見つつ、ワラビが生えていそうな所が有ったら軽トラックを停めて散策。ワラビはシダ科の植物なので地下茎で増えるとか。一本生えている所で目を凝らすと何本か生えているのが面白い。


「あんまり下で折ると固いし、下の方からポキンって折れる所で取るんやで」

「うん」


 農園では肥料としてあちこちに藁混じりの牛糞が置かれていた。牛糞が分解されると栄養豊富な土になる。そこへワラビが生えると群生地になる。


「ただし、足元に嫌な感触が有ったら引き返す事。下はウ○コやで」

「ん~、わか……引き返すね」


 一見土みたいだけど妙に柔らかな感触がした。すぐそこにワラビの群生地が見えるけど、その手前には人がはまった跡が有る。


「後ろから攻めると採れる事も有るしな」


 急がば回れとはよく言ったものだ。反対側から回ると少し歩きにくかったけど採れた。長靴じゃないと無理だし、軽トラックでないと来にくいところばかり歩くので未開のワラビ群生地へ入ってワラビを取る。たくさん生えているから無理やり小さなワラビまで採らずに残しておく。


「小さなのを残しておけば来年も生えてワラビ採りが出来るんやで」

「行った帰りに見つかるのが不思議」


「ワラビかて採られまいと身を隠してるんやろうなぁ」

 

 持っているビニール袋にワラビはどんどん溜まり、あっという間に一杯になった。満タンになった袋は中さんが軽トラックへ運び、私は新しい袋を持って再び茂みに目を凝らす。宝さがしみたいで面白い。


「さて、お弁当にしようか」


 景色の良い所で軽トラックを停めて、あおりを下げて荷台でお弁当を食べた。日差しが暖かで心地よい。歌いたいところだけど、大人の問題で歌えないので鼻歌にしておく。近頃色々と厳しいのだ。


「なぁリツコさん、連休が明けたら病院へ行こうか」


 私の不調は夫に見抜かれていた。


「うん、一緒に行ってくれる?」

「もちろん」


 そんな会話をしたのが一週間前。連休が明けると中さんはかかり付けの医院に電話で予約してくれた。ちなみに、採ったワラビは灰汁抜きのあとで天ぷらにしてもらったり、油揚げと甘辛く炊いてもらったり、山菜ごはんにしてもらって美味しくいただきました。

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