第351話 六城・再会

 社会人になってまだ数年。今都町基準で『変な人』と言われ始めたのは高校を卒業してからだったと思う。高校へ入学した頃の僕は誰構わず喧嘩を売り、暴れて自分より弱い物を痛めつける事によって自分が人より優れていると思おうとしていた。


「よう六城、無事に着いたな」


 そんな僕に『井の中の蛙』という言葉の意味を教えてくれたのが竹原先生だ。荒ぶるだけの僕を鎮め、導いてくれた恩師だ。卒業後も何かと面倒を見てくれてお世話になりっ放しだ。


「はい、初めての遠乗りで心配でしたけど大丈夫でした」


 高校入学までの僕は学校以外でも失礼な態度を取る糞ガキだったと思う。今都町では叱らない教育が普通だからだ。今思うとクレームを恐れた教師や学校がクレームから逃れているだけな気がする。うちの親はまだマシだろう。暴れ狂う僕を中学二年までは叱りつけて抑え込もうと必死だった。


 中学三年の時に親父を投げ飛ばしてしまうまでは……。


 そんな僕を親以外で最初に叱ったのはバイク屋のおっさんだった。『今都の神子様の言う事は何でも許される』と学校で教えられていた僕は小遣い惜しさに修理代を只にしろと言った……いや、もっと酷かったな。『今都の神子様のバイクを修理させてやる。感謝して修理代を只にしろ』くらいは言っただろう。今なら分かるけど滅茶苦茶な事を言ったと思う。そのおっさんはクソ生意気だった僕を思い切り叱り、自分が何を言っているか解るまで出入り禁止だと言って店から叩き出した。


「やっほ~! 六城君いらっしゃいっ!」

「……いらっしゃい」


 僕の情報は安曇河町……いや、高嶋市内のバイク店に知らされて、その後は何処へバイクを持って行っても門前払い。出入り禁止となっては自分で修理するしかない。小遣いをためて工具を買い、ネットで部品を買って時には不良品を掴み、時には無駄金を使い、指先を切ったり部品を壊したりして泣きながらバイクの修理を覚えた。今なら分かる。工賃は苦労して身に着けた技術への代金だ。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。これ、手ぶらじゃ何なので……」

「あらあら、まぁまぁ、気を使わせちゃって。ありがとね♡」


「六城浩紀と申します。以前は大変失礼な事をいたしました」


 学生時代に我等高嶋高校生徒のマドンナだったリツコ先生は今は三十代前半だろうと思う。あの頃と変わらない笑顔だ。歳をとるどころか年齢を重ねて美しさに磨きがかかったと思える。怪我をした時に『無茶したらダメ、めっ♡』と注意された時と比べて全く歳を取っていない様に見える。


 その旦那さんは俺を叱り飛ばした時より歳をとって髪の毛が少し寂しくなっていた。やはり時は過ぎている。


「なっ……あ……挨拶が出来て手土産まで持って来たやとっ!」

「大島さん、六城は普通だって言ったでしょう?」


 まさかそのおっさんが我らのマドンナと結婚していたとは思わなかった。そして、挨拶して手土産を持って来たぐらいで何を驚いているんだろうと思ったけれど、よく考えたら今都でそんな習慣は無い。


「むぅ……信じられん。今都から来てて土産てなもん……『出すのは舌でも嫌、貰う物は猫の糞でも貰う』って連中ばかりやのに……」


 おっさんが言うのも無理はない。確かに今都に住む連中はもらえる物は何でも貰う。意地汚くて手の届く所にあるものは何でもくすねる。僕は違うけれど近所の爺婆じじばばは道路の融雪剤として置かれている塩カルを失敬して漬物を漬けているくらいだ。我々今都町の住民はイメージが悪い。しかもそのイメージは間違っていない。わかっているけど面と向かって言われるとショックだ。


「なっ……くっ……俺は騙されんぞっ!」

「中さん、ちょっと酷いよ?」


 我らの女神がおっさんを窘めてくれた。今日もリツコ先生はキレイだ。ずっと憧れの存在だったリツコ先生がどうしてこんなおっさんと結婚したんだろう。そもそもリツコ先生は何才なんだろう? 初めて会った時から何も変わっていない様に見える。


「ま……まぁいい、じゃあ竹原君に聞いてると思うけどバイクを見せてもらおうか。言っとくけど、口では何とでも言える。けどバイクは嘘をつけんからな」

「中さんっ! なんて事言うのっ! 酷い事言っちゃ嫌っ!」


 僕が知るリツコ先生は大人の女性だったと思う。子供みたいにコロコロ表情を変えてポコスカと旦那さんを叩く様な落ち着きが無い女の人じゃ無かったはずなんだけど……。


「何を持って来てくれたのかな? わ~い、アドベリーのお菓子だ~!」

「これリツコさん! お客さんの前で開けるて行儀が悪いっ!」


 プンスカ怒っていたと思ったら、今度は手土産のお菓子をベリベリ開けて食べ始めた。まるで子供だ。見た目は大人なのに中身は子供。漫画の逆だ。


「なんかいめーじとちがう」


「六城、これが素の『大島リツコ』じゃ」


 思い出は美化されるのだろうか。リツコ先生のイメージがガラガラと崩れていく。



◆        ◆        ◆


 リツコさんと出会ってからの日々は刺激の連続だ。ここ最近は静かで驚くことは無かったが、まさか今都に住む者を客として迎えると思っていなかった。しかも何年か前にウチへ来て修理をタダでしろとか何とか言っていたクソ坊主だ。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。これ、手ぶらじゃ何なので……」

「あらあら、まぁまぁ、気を使わせちゃって。ありがとね♡」


 挨拶が出来て今都言葉じゃないだけで驚きなのに手土産まで持って来た。これは驚き以外何物でもない。落ちている猫の糞でも持って帰る連中が手土産、しかも安曇河の店で買って来るなんて何かが有るに違いない。誇り高き今都人なら『今都銘菓 胡坐草最中』を「超絶高級菓子なんでギュゲヴォ」とでも言って投げて渡して来るはず……いや、そもそもケチだから手土産なんて持って来ない。もしかしたら毒でも仕込まれているのではないだろうか。


 受け取ったリツコさんが我慢できずにベリーのお菓子を食べ始めた。子供か。毒を仕込まれてたらどうするんだと止めようとしたが、満面の笑顔で頬張っているのを見ると仕方がないかなぁって思う。竹原君は呆れ顔。六城と名乗るクソガキは困惑している。


「さて、バイクを見せてもらおうか」


 使う道具は人を表す。世間一般ではどうなっているか知らない。でも俺はそう思っている。


(事と次第によっては……叩き出す!)


 用意した食材が無駄になるかも知れないと思いつつ、俺はガキが乗って来たバイクを見定める事にした。

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