第349話 中・店を片付ける

 リツコさんの良い所は何だろう? 最初に思い浮かぶのは無邪気な笑顔だろうか。化粧をして大人っぽい状態でも笑うと無邪気な子供みたいな笑顔になる。化粧をしていない時は童顔と相まって子供みたいな笑顔になる。


 次に思い浮かぶのは能天気なところだろうか。色々と思う所はあるが、能天気の裏返しで思い切ったことをする彼女は危なっかしさの反面思い切りの良さを感じる。俺みたいに守りに入った男からすると、チャレンジ精神すら感じる彼女の行動は仔猫がはしゃいでいる様で見ていて飽きない。


「無邪気なのはいいとして、時々振り回すよなぁ……」


 昨夜布団の中で「今週末に六城君を呼ぶからね」と言われた俺は来客の合間に店を片付けている。リツコさんや竹原君を信じていない訳ではないのだが、今都からの来客があると知っていて金目の物を出しておくほど俺は度胸が無い。今都の連中と来たら万引きをしておいて『盗まれる方が悪い』『手が届く所に置いておく方が悪い』等と言うのだ。盗人猛々しいとはこの事だろうって現場は今都町の店が減ってから見かける事が多くなった。


「今都の人間を呼ぶてなもん、恐ろしいなぁ」


 今都町の住民は恐ろしいが、嫌だと言ってリツコさんを泣かせてしまう訳にはいかない。嫌だったので「え~、ホンマに呼ぶん?」と断ろうとしたら『私が身も心も捧げた男はそんなに心が狭いの?』とベソを掻きながら言われてしまった。毎回思うがノーメイクのリツコさんは泣き落としが上手い。あれは反則技だ。


「ちょうどええわ、部品の整理もちょっとだけしとくか」


 結婚して半年少々、リツコさんには新婚旅行以来振り回されっ放しだ。初めて肌を合わせた時の初々しさはいつの間にか何処かへ行ってしまった。多分だけどオーストラリアの何処かに置き忘れて来たんだと思う。


「お、いつぞやに買った重いアルミフレームや」


 買ったが使う気にならないアルミフレームは見える場所に飾っておく。パッと見は悪くないが、よく見れば荒が目立っている。特に部品の結合部なんて有名メーカーのアルミフレームだとノックピンが入っている所だが、俺が買った奴はボルトで止めただけだ。組む時に位置を合わせても振動でボルトが緩めばズレてしまうだろう。


「これを見て何て言うかで人間性がわかるかもな」


 見てくれと値段の安さに目を奪われるのが今都町住民の特徴だ。目先の利益だけを見て突っ走って損をするのが今都人。だからウチに来て修理なんてしようものなら『高い』だの『ボッタクリ』だの言うのだ。


「何かさっぱりしたな」


 在庫の中古車は倉庫へ片付けた。店の前にバイクは並んでいない。店の中は高額な部品どころか細かな部品も並んでいない。おかげで店や作業場の掃除がはかどるはかどる。用心し過ぎかもしれないが、今都の人間を家に招くとはそう言う事だ。六城とやらが来るのは日曜日。多分無駄になると思うがリツコさんの要望に応えてバーベキューセットは出しておこうと思う。


「無駄になると思うけどな……今都者と飯を食うなんて有り得ん」


 無駄になると思いつつ、倉庫からバーベキューグリルと炭を出した。


◆        ◆        ◆


「……と言う事で、今度の日曜日は大島先生のお家に行くぞ」

「了解です、手土産は何が良いですかね? 胡坐草最中はどうでしょう?」


 竹原から話を聞いた六城は家に招かれるなら手土産の一つも持って行くのが礼儀だろうと考えた。だが、悲しいかな今都町には名物が無い。胡坐草と呼ばれる草の形を模した最中があると言えばあるのだが、決して美味いものではない。『名物に美味い物なし』を地で行くような普通より少し不味い変な形の最中だ。


「あのな、胡坐草って臭いやろ? どうして今都は臭いもんを最中にして名物として売り出しとるんじゃ?」

「いや、他に何も無いからだと思いますけど」


 ちなみに今都名物の胡坐草はサトイモ科の植物で、花からは放たれる悪臭はハエを呼び寄せて受粉させるためと言われている。今都町を代表する臭い花で、さすがの今都住民も合併の際に『胡坐草を高嶋市の花に!』と言わなかった代物だ。胡坐草最中には胡坐草は入っていない。だが、最中の皮が胡坐草を模した物なので形から胡坐草の匂いを思い出させてしまう。


「安曇河の道の駅か菓子屋でアドベリーのお菓子の方が良い。先輩は甘いもんが好きじゃ、子供舌じゃけぇのう」

「子供舌なんですか?」


 六城は『憧れのお姉さん』であるリツコが子供舌な様子を想像できなかった。頭の中に浮かんだのはカウンターで脚を組んでカクテルを飲むフルメイクのリツコだった。


「何だかオシャレなバーで呑んでそうなイメージなんですけど」

「どちらかと言えば焼肉屋で呑んでるけどのぅ」


「肉食女子ですか、いいなぁ」

「確かにお肉は大好きじゃ」

 

 オシャレなバーどころか現実は胡坐をかいて一升瓶でコップ酒なのだが、竹原はリツコの名誉の為、言わない事にした。

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