第337話 腐ったミカン
箱の中にある腐ったミカンは周りのミカンまで腐らせてしまう。だから今都の人間は全部腐りきっていると竹原君に言っているのだが、彼は全然引こうとしない。今都の人間全部が腐っているのではないと思いたいらしい。
「じゃあ、飯でも話でも金の貸し借りでも無くて人を見る方法は無いんですか?」
そんな事を聞かれても困る。まぁ俺は商売柄自転車やバイクを通じて人の性格を判断する事はある。
「他は乗ってるバイクがどんなのかって位やな……」
「バイクで分かるもんですか?」
竹原君は不思議そうにしているけれど逆に問いたい。バイクを大切に扱わん奴はどの様なライダーだろう、高嶋高校に小汚いバイクで通学している生徒はどのような生徒だろう。バイク以外の道具でも使い方は如実に使う者の性格を表す。
「バイクと違うけどな、大工さんの鑿なんて驚くほど使い込んで短くなった物を見るやろ、あれは短くなるほどまで使える道具なんや、つまり良い道具を使い、それを研いで切れ味をキープしながら使うってのは几帳面な性格を表してるわな」
「う~ん、言わんとする事は解りますけど」
そんな俺達のやり取りを見ながらリツコさんがシチューのおかわりをしている。三杯目だ。よく食うなぁ。
「道具は大事にしても使ってるうちに消耗する。手入れをまめにして道具がちびてるって事は、それだけ多くの仕事を頼まれてこなしてるって事や。今都と違って道具は嘘をつかん。俺はバイクで商売してるからバイクとか工具を見れば何となくわかるで」
一気に言ってしまったがそういうことだ。例えば理恵なんかはブンブン乗っている様だが錆止めのシリコンで車体を磨いて大事にしている。出来る事を一生懸命やる子だ。リツコさんだってバイクに鞭を入れて走らせているように思えるが、乗った後で融雪剤を洗い落としたり、休日にワックスをかけたりしている。実は面倒見が良くて優しいのだ。道具は人の性格を写す鏡だと思う。
「ん~、なるほどねぇ」
「竹原君もバイク点検で見たと思うけど、今都から通う生徒のバイクをどう思った」
「……」
いくらバイクの事を知らなくても、アレに気が付かないならバイク通学の担当者を降りた方が良い。薄汚れた車体にゴテゴテと無意味なパーツを付けた佇まいの良くないバイクだった。基本的な整備を疎かにして改造に走ったバイクが多かった。
「……汚かったです」
「そう言う事や、だから今都の連中は嫌いなんや」
二人で話をしている間、リツコさんは何も言わなかった。何かを考えていたからではない。話しながら食べていた俺達と違って食べるのに専念していた彼女は何とシチューの四杯目を平らげていたのだ。
「リツコさん食べ過ぎやで」
「先輩、食い過ぎです。これじゃケーキは入りませんよねぇ」
リツコさんは「む~」と言いながら手をひらひらさせた。喋ると逆流するらしい。そこまで食うなんて、俺の奥さんは子供か。
「まぁ、大島さんが今都の事をどうこう思うのは止めませんけどね、もしも僕の教え子がバイクを持って来て、それが大島さんの認めるバイクだったら考えは改めますよね?」
まぁ有り得ん事だけど返事だけしておこう。
「そのバイクを今都から安曇河町まで乗って来れたら考える」
◆ ◆ ◆
その後も色々と話しているうちに時間が過ぎて竹ちゃんは帰った。私はお腹一杯で喋れなかったけど、竹ちゃんの言い分は解るし、中さんの気持ちも解る。
「ねー中さん、紅茶飲みたい。あと、ケーキってまだ残ってるよね」
「ん~、何食べる?」
少しお腹が落ち着いてケーキが入る隙間が出来た。紙箱の中に何個かケーキがある。私の好物はイチゴのショートケーキとモンブランなんだけど、どっちにしようかな。
「もう遅いし一個だけやで」
「わかってるよぅ……じゃあショートケーキにしようっと」
二つくらいは入るんだけどなぁなんて思ってたらマグカップで紅茶が出て来た。
「リツコさん、竹原君が言ってた今都の子は本当に普通の人間か?」
「実は猫又で人間に化けてムギュッ」
冗談で言ったらほっぺたを挟まれた。涙目で「猫又はやめてプリーズ」とか言ってる。中さんの夢で何をしたんだ猫又な私。
「もうっ! 六城君は可愛い照れ屋さんよ」
「そうか、でも……俺は今都の人間を信用できんなぁ」
夫が今都が嫌いな訳は解らないではないけれど、あんまりだと思う。確かに今都って明治時代に今都港が貨物輸送や交通の要所だったことを今だに鼻にかけて自慢している嫌な人ばかり。
「それは私も否定はしないけどさぁ、六城君は違うよ」
軍の施設やら官公庁の建物が戦前に建ったみたいなんだけど。湖西の中心地と胡坐をかいて街づくりを疎かにしたり、『うるさいから』って国道バイパスを遠ざけたりしてたらあれよあれよという間に寂れてちゃったんだって。残ったのは自衛隊の助成金で建てた箱モノばかり。その箱モノも老朽化してる。
「もしかしたらリツコさんは騙されてるかもしれん、今都の人間は信用ならん」
最近は市庁舎の建設も中止となったジリ貧のお先真っ暗な街だ。高嶋高校も移転の話が出てる。晶ちゃんから聞いたんだけど警察署も移転するかもだってさ、まぁどっちも当分先みたいだけど。
「それはそうなんだけどさ、全部が全部悪い人じゃないと思うんだけどなぁ」
私が言うと中さんは黙って物置へ行ってしまった。しばらくして彼が持って来たのはミカン箱。我が家はミカンを箱で買う。殆ど私が食べてるけどね。
「リツコさん、箱のミカンで一個腐った奴があると周りも腐らせる。逆にまともなミカンを腐ったミカンの中に入れるとやっぱり腐る。今都の人間は腐ったミカンや仮にまともな人間が居たとしても、やっぱり周りにつられて……」
そう言うと中さんはミカンの箱をひっくり返した。腐ったミカンの隣にあったのだろう。膿んだミカンが二個あった。
「腐る……」
膿んだミカンを取り除く夫に私は声をかける事が出来なかった。今夜の紅茶は何となくいつもより渋く、少し苦い気がした。
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