第330話 四葉・タイヤ交換

 平成三〇年に入学した 麗・瑞樹・四葉・澄香・今日子のうち、最も速いバイクは四葉のトゥディ改八〇㏄だ。速く改造したバイクは消耗が激しい事が多く、早くもタイヤ交換に入庫。まだ走り出して一年も経っていないのにこの減り方は異常があるのではないかと大島は首をかしげている。


「なぁ四葉ちゃん、乗ってて変な所が有ったら遠慮せんと言うてな」

「無いですよ、無いんですけど強いて言えば私が変かな」


 実は四葉の母はバイクに乗ると国民的超長寿漫画で出ていた白バイ警官並みに性格が変わる。その母の血を半分受け継いだ四葉は空耳だろうか、『なん』と聞こえる様な気がして仕方がない。


「頭の中で『なん』って響くんです」

「ナン? カレーと食べる奴かな? おっちゃんはご飯にかけるのが好きやなぁ」


 四葉の母・三葉がバイクに乗った時の口癖は『何人なんぴとたりとも私の前は走らせねぇ!』だ。父から『同じ事を言い出したらバイクを取り上げる』と言われている。


(お母さんと同じことを言ったらバイクを取り上げられる)


 四葉は自身の体に受け継がれた母の遺伝子を心から恐れた。タイヤ交換はそれほど時間はかからず、四葉がココアを飲んでいる間に終わったが、四葉の心は晴れない。


「じゃあ、ビードが落ち着くまで空気が抜けるかも知れんからチョコチョコ寄ってな。あと、空気圧が落ち着くまでは無茶な走りをせん様にな」


 大島に見送られて走り出した四葉とトゥディ改、「新品のタイヤはいいな」と思いつつ、やはり四葉の心にはモヤモヤとしたものが残った。


◆        ◆        ◆


 家族そろっての夕食で、四葉は父におねだりをした。何が欲しいとかではない。


「ねえ、お父さん。お母さん専用のバイクを買って欲しいんやけど」

「ぬ? お母さんにバイクは危ないと思うんやけどなぁ」


 難色を示す父に対して母は「別にいいじゃない、一緒に使えば」等と言っているが自分のバイクを壊されてはかなわない。壊される前に母専用のバイクを買ってしまえば自分の通学用バイクは無事で済む。四葉は必死だった。


「お母さんは速いバイクに乗るから危ないんであって、遅いバイクに乗れば大丈夫やと思う。だからお願い、私のバイクを使わせないで、もうタイヤ交換したの。店のおっちゃんが変な乗り方してるんじゃないかって怪しんでるの!」


 遅いバイクと言えば思い浮かぶのは四スト実用車。父の頭の中でポワポワと浮かんだのはスーパーカブだった。


「じゃあ四葉、お母さんにスーパーカブを買おう」

「あらっ! カブを買ってくれるの? 嬉しいなぁ、ボアアップしてハイカム入れて……クラッチも付けましょう、ルンル~ン♪」


 スーパーカブと聞いた母は小躍りをして喜びだした。スーパーカブに使われているホンダ横型空冷単気筒エンジンはその気になればとことん改造できる。排気量アップで高速道路を走るほどまでパワーアップが出来る。日産L型エンジンの如くチューニングできるのがカブの底知れぬ恐ろしさだ。その気になれば車体がよじれるほどのパワーを出せる。まるで身を捩る様に狂おしく走る悪魔のスーパーカブだって作れてしまうかもしれない。


「スーパーカブってさ、案外速いんやで……」

「不許可である! もっと遅いバイクやったら許す」


 スーパーカブより遅いバイクと言われても四葉には思い浮かべる事が出来なかった。「おっちゃんに聞く」と言い、夕食を食べ、入浴を終えた四葉は課題を終わらせた後インターネットを見て遅いバイクを捜そうとした。


「速いバイクやったら一杯あるのになぁ」


 四葉が自室でインターネットを見ていると、ガレージから「ぬあ~はっはっはっ! タイヤの皮むきならむゎ~くゎせて任せてっ!」と声が聞こえた。父はバイクの免許を持っていないので母の声である。いつもの様に走り出すかと思ったその時。


「待て! お前は四葉が心配してるのが分からんのかっ!」

何人なんぴとたりとも……ヒャァッ!」


バシッ!

 

 父の怒鳴り声と何かを叩く音が聞こえ、ガレージに駆け込んだ四葉が見たのはペタリと座り込んで頬を押さえる母と、仁王立ちになった父の姿だった。

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