第272話 冬到来

 もうすぐ12月。1年生の初心者ライダーにとっては初めての冬となる。とにかく汗をかきかき走る夏と違い、冬は着込めばよいのだから楽と言えば楽だ。


「もうスカートは無理~」

「私も」


 瑞樹と四葉は足の前にカウルが風除けになるスクーターなのでまだマシだが、マグナの麗とホッパーの澄香はモロに風を受ける。4人ともスカートの下は体育のジャージとタイツを着用済みだ。


「私なんか丸出しだよ。でも、まだマシかなぁ」

「私も剥き出し。アメリカンって前傾姿勢より厳しいかも」


 幅広いハンドルで脚を投げ出すスタイルで乗るマグナ。ライダーは凧のように風を受けながら走ることになる。上半身がマフラーとブルゾンだけでは少々お腹が寒い。


「前から来る風を抱えてるみたい。お腹が冷えるから腹巻してる」


 麗のお腹にはピンクの腹巻き。これは兄の克己が編んだ手作りの腹巻だ。


「あ、それいいかも」


 暖冬と言われている2018年。それでも高嶋の冬は体にもバイクにも厳しい。


 一方、2度目の冬を迎える2年生はどうかと言えば、あまり大差は無かったりする。とにかく着込む。ブルゾンの下にはババシャツ・腹巻き・使い捨てカイロ。スカートの下に履いたジャージの下に母に貰ったルーズソックスを股まで上げて履くのは湖岸のお猿こと理恵だ。


「理恵ちゃん、モコモコだねぇ」

「寒いもん、すぐ芯まで冷えるもん」


 体の小さな理恵は体がすぐに冷える。その為、失う熱を補う様に食べる量が増える。冬眠に入る熊の如く常に何かを食べて居る。さすがにバイクに乗る時は飴玉を食べるくらいだが、今日も鞄は弁当でパンパンだ。


「理恵はもう少し女らしくした方が良いと思うよ」

「見てるこっちが寒いわ」


 寒くなったにもかかわらず綾はスカートの下はぶ厚めのタイツのみ。上半身は中へそれなりに着込んでいるとはいえブルゾンとマフラーのみといった軽めの服装だ。


「亮二は完全防備だね」

「おう、雪が降っても大丈夫やな」


 亮二は作業用品店で買った防寒ジャンパーとズボン。そこへ中がモコモコの作業用グローブで完全武装をしている。速人は3人より少し通学距離が短い分軽装だったりする。ブルゾンと股引きだけだ。


「じゃ、行こっか?」


 高嶋高校へ通う生徒たちは、今日も各々冬対策をしながらバイク通学をする。そのバイク通学に関する校則が追加された。少し前の事故以来、冬休み前の免許取得シーズンの前にバイク通学規則の改定が発表される様になった。


「また変わったんかなぁ」


 校門横の掲示板には人だかりが出来ていた。特に急ぐ事は無いだろう、どうせホームルームにプリントが配られるだろうと大島サイクルの常連は各々の教室へと歩いて行った。


     ◆      ◆      ◆


「ふ~ん、書いては無いけどこれって『今都の生徒はバスで通え』って言ってる様なもんやなぁ。リツコ先生は文章の天才やなぁ」

「いそ……じゃなくて大島先生の考えた文なの?」


 澄香と麗・瑞樹・四葉が図書室でプリントを見ている所へ合流してきた今日子が感心しているが、文章を作ったのはリツコの後輩であり舎弟でもある竹原だった。今年度のバイク通学規則の追加は『通学は高校前経由の路線バス利用することが望ましい』だった。


「そこに『ただし、高校前経由のバス便が地域に無い場合は除く』と言うのがポイントだね」


 5人が騒いでいるところへ速人が後ろから声をかけた。速人の後には綾と亮二もいる。


「あ、本田先輩。あれ? 白藤先輩は一緒じゃないんですか?」

「居るよ。ほら、あそこでウンウン言って問題を解いてる」


 理恵は速人と一緒の学校へ進学すると決心したものの、成績は推薦を取れるところまでは行かず、一般で入試を受ける事になりそうだった。一方の速人は今のままなら余裕で指定校推薦が取れそうなレベルの成績と少々差があった。そこで各々の得意分野を持ち寄って理恵に勉強を教えているのだ。


「ぬうぅぅぅぅぅん……速人~わからへん~」


 唸る理恵を見た速人は5人に「じゃあね」と言って理恵の隣に座った。


「ここはね、左の分母を……」

「じゃあここをこうするの?……あ、そっか」


 冬の寒さを吹き飛ばす様に理恵と速人は今日も仲良し。周囲に見守られて交際は順調な模様である。


     ◆     ◆     ◆


 高嶋高校で配られたプリントを読んでいたのは生徒だけではない。親や教師も読むが、市内の業者にも郵送で送られていた。ただし、大島サイクルだけは別で、帰ってきたリツコが中に渡した。


「はい、中さんには直接渡すね」

「ほい、おっきんありがとう


 市内の業者に配られたプリントには生徒用と違った文章が追加されていた。


「ふ~ん、『バス路線付近の住所の生徒がバイクを買いに来た場合は学校へ連絡されたし』……ねぇ。これって実質今都の生徒の事やなぁ」


 今都は本来が鉄道の街だった為、国鉄バスや江若鉄道バス事業部の名残でバス路線が普及している。実質『バス路線で直接高校へ通えない』場所は無い。


「この前のバイク点検で竹ちゃんが今都の生徒に殴られたの。怒った竹ちゃんが今都の生徒をバイクに乗せないように頭を捻ったのよ」


 リツコは面倒になって「今都の生徒に許可は出さない」と言い出したのだが、自分たちだけ権利を奪われることを善しとしない今都生徒の保護者が居る事を見越した竹原が考えた案だった。


「竹原君がなぁ、なるほど。今都とは言っていないが今都が当てはまる。これはどうしようもないな」


 バスで高嶋高校へ通うには、朽樹からだと乗り換えが有るので直接ではない。真旭・安曇河・高嶋からは今都へ来るバス路線は無くて電車で通っている。蒔野も町内周遊のバス路線は有るが今都方面へ来る便は無い。実質今都の生徒がバイク通学しない様に出来ているのだ。


「中さんの頃は自転車で安曇河から通ってたんだものね。今都なら自転車で来ればいいのよ。学生なんだから運動しなきゃ」


 一時期は幸せ太りでふっくらしていたリツコだったが、車検に出すまで毎日重いゼファーを操り、休み時間に竹原とスパーリングをしたおかげで元の体重に戻っていた。ちなみにゼファーは10年以上の車齢からか若干のオイル漏れをしていたので修理と全体の消耗品の交換をする事になった。車検とエンジンのオーバーホール、さらに車体のリフレッシュで長期入院をしている。


「来年の事を言うのは少し早いけど、どうなってるんやろうなぁ」

「未来の事は解らないって誰かさんが言ってたよね」


 未来の事は解らない。しかし、予想は出来る。問題は予想を超えた事態が起こる事だが、この時の俺達は、それが数日後に訪れるとは思っていなかった。

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