第236話 低予算なお客様③

 高嶋町武曽横山から安曇河駅までは緩やかな坂が続く。


「行きは良いんだけど、帰りが辛いなぁ…」

「お婆ちゃんが送ってやれると良いんやけどなぁ…」


 祖母と二人暮らしの住吉今日子の移動手段は自転車。一応路線バスも通っているのだが、通学に使える様なダイヤではない。もちろん買い物や遊びに行くのにも使えない。


「バイクのお金はお祖母ちゃんが出したるさかいな」

「うん、ありがと。行ってきます」


(出してあげるって言われても、お婆ちゃんも年金暮らしやもんなぁ…)


 両親が離婚して母に引き取られた今日子だったが、無理が祟ったのだろうか、母は体調を崩して実家のある高嶋市に帰って来て早々に亡くなってしまった。父からの養育費も有る事は有るのだが心もとない金額でしかない。


(節約節約…1円でも残せば黒字。100万円貰っても100万1円使ったら赤字…)


 そんな事を思いながら自転車で駅まで通っていた今日子だったが、山沿いは猿が出る事も多く、安全の為にも自転車より原付バイクで通う方が良いと判断した。


(猿に襲われるのは怖いもんね…怪我したらお金もかかるし…)


 そんな事を思いながら覗いたバイク屋だったのだが、中古とは言えバイクは自転車よりも高価だった。


「保険代込みの2万円台で何とか…」

「かなり厳しいな、何とかしたい所なんやけどなぁ…」


「通学や買い物で使う原付が欲しいんですが、予算が足りないみたいで…」

「まぁ2万円代やと厳しいやろうな、車体だけやったら何とかなるけど」


「ピカピカじゃなくて良いんです、動けばそれでいいんです」

「う~ん、まぁチョコチョコと覗いてくれるか?何か出物が有るかも知れん」


 そんな会話をしてから数日が経ったある日。


「こんにちは」

「いらっしゃい、そろそろ来るかと思ってた」


 アルバイト帰りにバイク屋に寄った今日子が見たのはパッチワークの如く数色の外装をまとったスクーターだった。


「税込みで本体価格1万1千円」

「えっ?」


 明るいヘッドライトと猿から逃げる事が出来るならボロでも構わない。


「座ってみる?」

「あ、はい」


 店主は座る前にシートの埃を拭いてくれた。


「セルは付いてるで」

「エンジンをかけて良いですか?」


 黙ってうなずく店主を見てキーをONにしてセルを回すとすぐにエンジンがかかった。試しに軽くアクセルを吹かすと軽快な音を立てて吹け上がる。


「これ買いま…あっ…」

「?」


 ナンバーが付いていないので試乗は出来なかったが、それ以上に気になるのはこの安さ。今日子はネットで見た『いわく付き車』の事を思い出した。


「どうしてこんなに安いんですか?」

「訳ありや」


「ひっ」と悲鳴を上げた今日子。

 店主は「いわくと違うで」と笑いながら説明を続けた。


「これはな、ポンコツの廃車を寄せ集めて作ったんや。使える所を集めて3台で作った『3個1』って奴や」

「サンコイチ…」


「クルマやと前半分と後ろ半分とかをくっ付ける場合もあるみたいやけど、これはフレームを継ぎ足してる訳じゃないし、普通のバイクと見た目以外は一緒やで」


(寄せ集め…小さくなった石鹸みたい)


 見た目はともかくエンジンはすぐにかかり、変な音もしない。学校の駐輪場でたまに見かける不調なバイクより外見以外は程度が良さそうだ。


「買います」

「じゃあ手付金を幾らかくれたら登録するから、あと学校に出す書類を…」


     ◆     ◆     ◆


 思わぬ安値でスクーターを買う事が出来た今日子は祖母にバイクを買った事を話した。


「お祖母ちゃん、バイク買えた」

「あら、いくらやった?」


「えっとね、全部で2万円」

「えっ?」


 本当はもう数千円かかったりしたのだが、今日子は祖母に遠慮して2万円だけもらった。思わぬ安値に驚く祖母だったが、中古車であると知って納得した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る