第160話 嫌なら来なければ良い
『取りに来んような店知らんわっ!せっかく使ってやろうかと思ったのに!』
何度も鳴る電話に嫌気がさし、思わず取った受話器。
(取るんじゃなかった。やっぱり嫌な予感が当たった)
受話器の向こうから怒鳴り声が聞こえる。
◆ ◆ ◆
『ノブヤだけどぉ。お宅のバイクが壊れたんだけどぉ。どうなってるのぉ?』
どうなってるも何も『ノブヤ』に心当たりが無い。
顧客の中に『伸屋』『信矢』等『ノブヤ』と読む苗字は無い。『ノブヤ』と読む名は有るが男性だ。全く心当たりのない名前なのだ。そもそもウチで売ったバイクなら初めから引取り修理しない事は言ってある。納車時もその事は忘れないように伝えている。
「いつお売りしたバイクですかね?」
『この前買ったばかりよ!どうなってるのよ!エンジンが掛からないじゃない!』
この前…この前と言われても、どの前か解らない。
「すいませんがナンバーだけでも教えていただけますか?顧客名簿に無くて…」
『ナンバーなんか無いわよ!登録なんかしたら価値が下がるじゃない!』
どうも話が合わない。顧客名簿に無いしナンバーも無い。
(ナンバー無しでは売っていない。何かの間違いじゃなかろうか?)
「すいません、なんて言うバイクですか?」
『ホンダのモンキーよ!新車で買ったのにどうなってるのよ!あんたの所のバイクでしょ!さっさと来て直しなさいよ!私はノブヤよ!』
(こいつはウチの客じゃない)
ノブヤだか誰だか知らないが、この数か月ホンダモンキーは新車で売っていない。それにも拘わらず『新車で買った』『動かなくなった』とはどういう事だ。
「あんた、ウチのお客さんじゃ無いやろ?ウチの客なら引き取りをしてないのは知ってる。モンキーは扱ってるけどウチで買ったんや無いな?」
『あんたの所で買ってないけどあんたの所のバイクでしょ!』
ウチで買っていないのにうちのバイクとはこれ如何に?
そんなやり取りがしばらく続いた後で『取りに来んような店知らんわっ!せっかく使ってやろうかと思ったのに!』となった訳である。
嫌なら使ってもらわなくて結構。来たくないなら来なければ良い。ここは俺の店だ。全ての責任は俺に在る。それで店が潰れても全ては自分自身の責任だ。誰にも文句は言わせない。
(嫌なら来るな~!って言いたいけど変な噂を流されるご時世やからな)
そっと受話器を置いて着信拒否にした。
◆ ◆ ◆
『金一郎、カレーを作るからお鍋持って食べにおいで』
近所の子供にご飯を食べに来いとでも言う様な大島からのメールを見て、泣く子も黙る高嶋市金融業の鬼こと億田金一郎は鍋を持ってベンツを走らせた。
金一郎にとって大島家のカレーライスは永遠の御馳走。お鍋を持って来いとはおすそ分けしてくれるに違いない。断ろうに断れない。
「こんにちは~ん?」
金一郎は玄関に女物のスニーカーが置いてあるのを見て思った。
(
◆ ◆ ◆
「ところでな、ちょいと頼みたい事が有るんやけどな。頼めるか?」
「へい。兄貴の頼みでしたら何なりと」
中は金一郎にセレブリティ―バイカーズTataniに何が有ったのかとバイクの修理で電話をしてきた『ノブヤ』なる人物についての調査を頼んだ。
「兄貴、今回は高こう付きまっせ。個人情報が絡むと最近は……」
「お前に預けてある金から頼む」
「それやったら国際超A級スナイパーでも雇えまっせ」
「そんなM16アサルトライフルで狙撃する人に頼まんといてくれ」
金一郎は得意気に言っているが別に消そうとか始末しようと思ってはいない。
◆ ◆ ◆
大島宅へ弁当箱を返しに来たリツコはカレーの香りに心躍らせた。独り身で料理が苦手なリツコは家庭のカレーライスとは縁が無い。
「中さん。今日はカレーラ…イ…スじゃないの?」
「残念やな。今日はカレーうどんや」
金一郎は想像以上にカレーを食べ、大きな鍋で持って帰ったのでカレーは殆ど無くなってしまった。仕方が無いので中はカレーに出汁を入れて伸ばしてカレーうどんにしたのだ。ポイントは牛乳を入れてまろやかにすることだ。
リツコはガッカリした。玄関から入ったとたんに頭はカレーライスで一杯になっていたのだ。
「残った汁にご飯を入れても別な美味しさが在るんやで」
残りの汁にご飯を入れて食べるのも悪くなかった。でもリツコはカレーライスが食べたかった。
「冷凍したカレーは無いの?いつも冷凍庫に有るじゃない」
「それも混ぜて炊いた。もう残ってない」
結局、この日のリツコはしばらくダダをこねた後で「カレーの代わりにお酒のツマミ作ったから。これで我慢して」と塩コショウとカレー粉で味を付けたホルモン焼きを渡された。
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