第148話 楽しい走り・楽な走りを求めて
速人はバイト代や小遣いで部品を集めているらしい。モンキーのミッションがそのまま組み込み出来るクランクケースに組むミッションの部品を吟味しているとか。
クランクやエンジンの部品はウチで買ってくれるらしい。
「で、今回は6Vのミッションを買った訳か」
「はい。これでクロスミッションを組もうと思います」
注文した覚えが無い部品が届くと大概が速人へ送られてきた部品だ。
「純正クロスを組むんやったらモンキーの12Vミッションも欲しい所やな」
ハイギヤ―ドな6Vモンキーとローギヤード気味な12Vモンキーのミッションを組み合わせた純正クロスミッションと呼ばれるミッションは純正の信頼性と程よいつながりで、モンキー・ゴリラでは定番のミッションだが……。
「新品部品でセットを売ってる所がある。ギヤだけで1万円か」
「そこで、12Vの中古ミッション一式を買おうと思ってます」
中古ミッションなら12Vになって改良された部品が付いてくる。
「それでもクラッチ周りとか色々と揃えんとアカンで」
「クラッチなんですけどね、遠心で行こうと思うんです」
珍しい事を言う奴だ。走りを求めるクロスミッションで遠心クラッチとは。
「遠心クラッチならウチに部品がるからそれを使えば良いで」
「ありがとうございます。それで、シフトなんですけど」
「シフト?リターンとかロータリーとかの事か?」
「はい。今のモンキーと揃えてロータリーにしたいんです」
「ロータリー?おっさんもやったことが無いな」
「無いでしょ?だからやってみたいんです」
近頃はインターネットで必要な部品も解るから調べれば良い。
「4速ミッションでロータリーな。CD系の部品が使えるんかな」
「その辺りは調査中って事で」
お互い調べてわかったら教えると約束して速人は帰って行った。
「こんにちは~」
入れ替わりにやって来たのは葛城さん。聞きたいことが有ったから丁度良かった。
「いらっしゃい。オイル交換かな?」
「ええ、オイル交換をお願いします」
葛城さんは日ごろバイクに乗り慣れているのでメカの事は解らなくてもオイル交換の時期や車体の異常などが感覚でわかるらしい。
「やっぱり音が変わるんですよね」
「さすがプロやね。オイル抜いてる間に見て貰いたいもんが在るんやけど」
「ん?これは丸と領収書?」
シリンダーボーリングしたシリンダーの石刷りとボーリング作業の領収書。それにオーバーサイズピストンの領収書のコピーを見た葛城さんは暫く何か解らなかったみたいだけど、2~3秒でピンと来た様だ。
「なるほどね。シリンダー修正で排気量アップだ」
「シリンダーの刻印が49ccのままやから。停められた時はこれで良いやろか?」
「ん~ここまでしてあったら大丈夫かな…」
オイルが抜けた。キックを数回して古いオイルをもう一抜きして新油を入れる。
「はい、完成。お待たせしました」
「ありがと。ところで、そのカブがシリンダー修正したカブですか?」
葛城さんの視線の先には椛島さんから修理を頼まれたカブが在る。
「ナンバー書き換えはまだやから道には出れんけど…乗ってみます?」
「じゃあ敷地の中で少しだけ」
葛城さんのキックスタートの仕方は丁寧な方だと思う。上死点を探って少し過ぎたあたりでスコンと踏み下ろす。ガシガシと蹴りまくる人は居るけどアレは壊す元だ。キックスタートとは言え蹴るのは止めた方が良い。
ブルンッ…トントンポントントン……
ノーマルと音が変わっている気がしない。普通のカブのエンジン音だ。
「1速で少し廻しても良いかな?」
「組んだばかりだからほどほどで」
敷地内で8の字・右旋回・左旋回。少し加速して減速。
「私が乗ってたカブ50よりはオーバーホール後だからパワーが有りますね。若干パンチが在るかな? 慣らしが終わったら印象は変わるかもしれないけど調子が良いノーマルって感じ?」
(やっぱりパンチが在る印象になるんやな)
「パワーはノーマルと変わらんけどキャブもマフラーもノーマルで行けるでしょ?法に則って排気量アップして2種登録。シリンダーとピストンだけ交換して終わり。面倒やけど結果として安上がりに2種登録を可能にした訳や」
「なるほどね~これは有りかもね」
「そうやろ?葛城さんのカブみたいにスピードは出んけどね」
2人で話していたら磯部さんがやって来た。最近の彼女は電車通勤だ。だけど、自宅から安曇河駅まではリトルカブで来る。朝ごはんを食べて弁当を持って出勤。空の弁当箱を持って来て夕食を食べて帰る。週末はお酒を呑んで泊まる。
「ただいま~。中さん、今日のご飯は……あ、晶ちゃん。いらっしゃい」
「リツコちゃん…おかみさんみたい」
「さて、そろそろ店を閉めるけど、葛城さん。晩御飯を食べて行くでしょ?」
「晶ちゃん、食べて行きなよ~。今日の晩御飯は何?」
「ロールキャベツやで」
「じゃ、ゴチになります!」
夕食後、タッパーに詰めたロールキャベツを持って葛城さんは帰った。週末にはまた泊まりに来る。何か美味しい物を作っておこう。
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