第143話 新しいお客さん?
正月三箇日を休んだ後で四・五・六日と店を開けて七・八日と連休。
「お正月明けの慣らし運転をして連休。暦って上手に出来てるね~」
ブブン・ブンブンブンブン……
「暦はどうでも良いんやけどな……磯部さん、その格好は何?」
店前のスペースでバイクに乗っている磯部さんは昔の警察のコスプレ。
「懐かしいでしょ?お母さんが残しておいてくれたの」
二ストサウンドと白煙を巻きながら楽しそうに答えているが、磯部さんのお母さんはどうして制服を持っているのだろう?ハロウィンで大騒ぎしていたのだろうか。
「検挙しちゃうぞっ☆」
「……何してんねん」
警官みたいな恰好をして注意されないだろうか。少し心配だ。
「敷地内なら大丈夫なんかなぁ?」
「この姿を見れば解ってくれるって。大丈夫大丈夫!」
店先のスペースで八の字を描いたり、クルクル走ったり。『警官が遊んでる!』って苦情が入ったら本職が迷惑すると思う。
キキィ……。
銀色のセダンが店前に停まった。ミニバン全盛の昨今、セダンなんて珍しい。
「あっ」
降りてきた目つきの鋭い男は悲しそうな声を上げた。
「もう決まっちゃいましたか?電話くださいって言ったのに……」
いつぞやの刑事さんだ。そう言えば電話番号を渡されてたな。
「決まってませんよ。調子が悪くならん様に動かしてるだけですよ」
「中さん、この人誰?知り合い?」
「前にちょっと世話になってな」
◆ ◆ ◆
「……という事で、お世話になった刑事さんや」
「ふ~ん。そんな事が有ったんだ」
去年、
「それにしても、まだ諦めてなかったんかいな」
「諦めが悪いのが商売な物で」
どうやら事件や捜査では無くてプライベートで地味な車に乗っているだけらしい。最近は地味な低グレード車に乗るのが一部のマニアに流行っているとか。
「なんて言うか、原作からそのまま出て来たみたいですねぇ」
「そう?」
磯部さんは若干吊り目気味で猫っぽい感じだ。
(なるほど。言われてみればこんな感じやったな)
「僕はバイクに乗る女の子って最高だと思うんですよ。なのに…なのに!」
「なのに?」
「うちの署の女性白バイ隊員は男前なんですっ!」
(葛城さんの事やな)
(晶ちゃんの事ね)
磯部さんが走らせていたモトコンポは三十年以上前の古いスクーターだ。マンガやアニメで画面狭しと走り回っていたのだが、実際走らせると調子が良い個体で時速四〇㎞位しか出ない。今の道路事情を考えると走らせるのは危ない。
せっかく来てくれたからコーヒーぐらいは出す。
「刑事さん。悪いけど、こんな危ないバイクは売れんわ」
「はぁ、そうですか」
「モトコンポは普段は床の間に畳んで置いて、たまにハンドルやシートを出して
ニヤニヤして眺めるのが良いと思うで」
「それ、バイクなの?」
「走らないバイクは只の置きもんや」
「でも、バイクは欲しいんですよね。お手軽な小さいバイクが」
どうやら刑事さんはバイクが欲しいみたいだ。
「刑事さん……いや、プライベートで『刑事さん』は無いか。御名前は何やったかいな?」
「あ、私、
うむ。何とも刑事らしい名前だ。恐らく純情に違いない。
「安浦さん、もう少し現実的なバイクで欲しいのが在ったらまたいらっしゃい。ウチはモンキーとかカブ系の四ミニって奴がメインやから。他のバイクが要るなら知り合いの店を紹介しますんで言ってください」
新型カブのカタログを持って帰ってもらった。
「晶ちゃん、何だか可哀そう」
「刑事さんの間でも男扱いされてるんやなぁ」
◆ ◆ ◆
「安浦刑事が?ひっど~い!」
夕飯を食べにきた葛城さん。今日の出来事を磯部さんから聞いてプンプンだ。
「デリカシーが無いから婦警から嫌われるのよっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「余計な一事を言うから孤立するのよ!だから『はぐれ刑事』なんて倒したら経験値が稼げそうなあだ名になるのよ!」
(や……安浦で『はぐれ刑事』……懐かしい)
「でもね、晶ちゃんの方にも問題はあるのよ」
「だって~署に苦情が来るんだもん」
葛城さんの服装はライダーズジャケットにトレーナー・ジーンズと女性に見える要素も飾り気も全く無い格好だ。
「スカート履いてると『女装してる』って苦情の電話がかかって来るんだもん」
「そんなこと言う時代じゃないのにね」
昔と違って性的マイノリティ―に理解がある時代にもかかわらず今都では葛城さんの女装……いや、女の子らしい格好を異質なものとするらしい。
「私、ロシア風の防寒具セットとウィッグ持ってるけど使う?」
「ああ、銀河鉄道っぽい奴な」
女性に見えないなら女性に見えそうなコスプレをするという提案が磯部さんから出た。だが、これは却下された。
「でも、そんな有名キャラっぽいと目立ち過ぎちゃう。ちょっと恥ずかしい」
言われてみればそうかもしれない。似合うとは思うけど。
「それに、いくらカブでもロングコートとスカートじゃ乗れない」
「「まだカブで通ってたの?!」」
安曇河と今都を結ぶ湖西線は三〇分に一本しか便が無い。
「一人暮らしだと、お買い物もしなきゃだし、近江今都駅は治安が悪いし最悪」
葛城さんが言う通り今都は治安が良くない。
「俺らの頃は駅前とか本屋で時間を潰したもんやけどな」
「晶ちゃんの仕事場から本屋は遠いのよ」
そう言えばそうだった。となれば、駅前で時間を潰す事も出来ない。
「面倒だから寒くてもカブで行く方が良いんですよ」
「で、寒い中を来てくれた晶ちゃんを温めるお料理は?」
「豚と白菜を炊いてみた」
「おお~暖かそうで酒のツマミになりそう」
二人は各々好みの酒を呑み始めた。磯部さんは焼酎のお湯割り、葛城さんは高嶋町名物のレモンのお酒。
「リツコちゃんはいつも中さんにお料理してもらうの?いいな~」
「帰ったら暖かい部屋でご飯とお酒が待ってるのよ~羨ましいでしょ?」
「私も下宿させて貰おうかな?」
「倉庫の主のエンジンが掛かったらOK」
まぁアレだ。葛城さんでも倉庫の主を動かす事は出来ないだろう。
「中さん、晶ちゃんが成功したら私はどうなるの?」
「磯部さんの同居する部屋が無くなる。早いもん勝ちやで」
葛城さんが赤くなってきた。数倍の酒量の磯部さんはケロリとしている。
「鍋に残った汁でおじやを炊いても美味しいんやで。食べる?」
「「食べる~!」」
(卵を入れるタイミングが大事だ)
「普通はさ、リツコちゃんが作ってあげるところじゃないの?」
「殻入りのおじやを食べたいの?」
卵に火が通ったか通らないかのタイミングで出来上がり。おじやを食べてから俺は風呂の支度、二人は食事の後方付けだ。
「お湯が入ったで」
「晶ちゃん。一緒に入ろっ」
「うん。おじさん。覗いちゃ駄目よ♡」
二人が風呂に入っている間、炬燵で横になる。満腹で眠くなってきた……。
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