第139話 正月休み最終日

パンッ!パンッ!


大島の家から何やら叩くような音が聞こえる。


「いやっ!外にっ!外に出してっ!」

「クッ…ヤバい…あ…」


パンッ!


「ああん…外に…外に出してって言ったのにぃ~」

「ゴメン…つい」


「どうするのこれ…責任とってね」

「とりあえず、ティッシュ…拭かんと」


今日は正月休み最終日。毎日掃除をしていても自然が豊かな田舎町。

家が古いせいもあって大島家には時たま虫が現れる。


「磯部さんはゴキブリが嫌いなんやな」

「ゴキブリ好きな人間なんて居ないっ!」


正月休み最終日。2人がコタツで寝転んで箱根駅伝の復路を観ていたらゴキブリが現れた。大島は冷静に新聞を丸めて叩き潰そうとしたが、磯部が背中にしがみ付いて

外に出せと大騒ぎしたので必死に追い出そうとしていたのだった。


結局、追い出すことは出来ずに潰してしまい、大島は死骸を処分している。


ご近所の奥様方が

「正月からお盛んな事♡」

「今夜はお赤飯かしら」等と言っている事を2人はまだ知らずにいた。


正月も3日となれば御屠蘇気分も薄れてリツコも大島も平日モードに戻りつつある。


「今日は呑まないの?」

「明日は仕事だから。新学期の準備がね~」


朝食も雑煮やお節ではなくて普通のメニューだ。

大島は麦飯・納豆・味噌汁・漬物と焼き鮭

リツコはトースト・スクランブルエッグ・サラダに何故か味噌汁。


「林檎のジャムも美味しいね。私、中さんのジャム好き」

「今度はマーマレードに挑戦しようかな」


箱根駅伝の山下りを見ながらの朝食をしているとカブのエンジン音が聞こえた。

少し勇ましい排気音は郵便局のカブではない。


「この音は、葛城さんやな」

「朝ごはんを食べに来たのかな?久しぶりね」


カラカラッ

「あけましておめでとうございます」

「「あけましておめでとうございます。今年もよろしく」」


新年早々葛城さんはお疲れモードだ。年末年始が忙しかったと見える。


「今日はお休み?年末年始は忙しかったみたいやね」

「晶ちゃん、ニュース見た?自転車暴走族の動画、ニュースでやってたよ」


「はぁ…見たと言えば見たんですけど」

「ご飯は?まだなら食べて行きなさい。新作が有るで」

「林檎のジャムよ。すごく美味しいんだから」


葛城さんは甘いもの好き。パンにリンゴジャムをたっぷり塗って食べている。


「疲れてるんやなぁ。良い食べっぷりやで」

「晶ちゃん、コーンポタージュ飲む?」

「うん。飲む」


しっかり食べて一息ついたらしい。

「ふぅ。食べた」

「お粗末様」


「ゆっくりご飯するのは久しぶりです」

年末年始は出動が相次いだらしい。飯を食う間も無かったんだと。


磯部さんがパソコンの動画サイトを開いた。


「自転車暴走族の動画、この白バイって晶ちゃん?」

「これは葛城さんやな」

「仕事の事は言えないんですよね。ここからは独り言で」


今都市立中学の何たらとか保護者がどうたらとか聞こえる気はする。


「今年のバイク通学の関係は私も関わってるのよね」

「自転車で暴走族する奴らにバイクなんか乗らせちゃ駄目だよね」


2人が話しているうちに箱根駅伝は山下りを終えて海沿いの区間に入った。

炬燵で寝転んで箱根駅伝を見るのは正月のお約束。

W大学出身の解説者が今年は静かだ。どうやらW大学の順位は微妙なものらしい。

解説を聞きながら寝ころんでいると眠くなってきた。


     ◆     ◆     ◆


「おじさん、寝ちゃった」

「寝させておきましょ。疲れてるのよ。ずっとご飯を作ってるんだから」


「リツコちゃんはご飯は作らないの?」

「私が作ると美味しくないから」


中継所で襷リレーが行われている。繰り上げスタートのチームも出て来た様だ。


「ところで、男の人と過ごす年末ってどんな感じ?」

葛城は見た目はイケメンだが女の子。男性との暮らしに興味がある。


「ん~男の人って言うよりね~お父さん?」

リツコは酔いつぶれても自分に手を出さない大島の事を話した。


「ふ~ん。40代ならギラギラしてるイメージがあるのにね」

「2人っきりでも触ろうともして来ないのよ」


リツコは今まで言い寄られた事は有る。酒で潰そうとしてきた不埒な輩は

尽く酔い潰してきた。『男は狼なのよ。お父さんだって私を…』と

言われてきたのだが、大島には当てはまらないらしい。


「酔わせて酷い事をする男も居るのに…」

「亡くなった婚約者の事を忘れられないみたい」


酔った大島が話した事、次の日に言った店を愛する宣言。

リツコは全て葛城に話した。


「重症の仕事中毒か、とぼけているだけなのか……」

「赤ちゃんが出来てたらしいから女性には興味はあるはず」


リツコは大島の婚約者が亡くなったいきさつを話した。


「今都の議員ね~。やりそうな事だね」

「だから中さんは今都が嫌いなんだって言ってた」


「このおじさんは重い人生を背負ってるんだ」

「気楽で呑気なのに、どこかに影が在るのはそれでかな」


「う~ん…う~ん…磯部さん……」

大島が急にうなされはじめた。


「は~い。リツコちゃんはここに居ますよ~♪」


葛城が声を掛けると大島は更に苦しそうな表情になった。


「お願い…もう…料理は…止めて…」


「……夢の中でリツコちゃんが料理してる」

「年末から大根おろししか作った事無いのに」


「大根おろし?それって料理なの?」

「つきたてのお餅で作ったのよ。おろし餅」


「いいな~今年はお餅…食べてない」

「オーブンで焼こっか?オーブンなら大丈夫」


オーブンに切り餅を入れてダイヤルを捻る。ヒータ-が赤くなって

暖かくなってきた。


「5分くらいかな?」

「わ~い。お餅~」

ダイヤルが回り、餅に焼き色がつき始めた。


「わっ膨れたけど…変な膨れ方」

「中さんが焼くとプク~って上に膨れるのに。何で?」


チン


タイマーが鳴って餅が焼けた。妙な膨れ方で所々焦げが在る。


「ん?何か焼いてるんか?」


タイマーの音と餅の焼ける匂いで大島が目を覚ました。


「お餅焼いたの」

「変な膨れ方になっちゃった」


なるほどと言いながら大島は第2弾の餅を焼きだした。


「軽く水に浸けてから上に切込みを入れるんやで」

餅はアニメの昔話の様に膨れた。


「葛城さんは甘党やから」

冷蔵庫から缶詰の餡をだして開ける。


「鏡開きの時はお汁粉を作るから。葛城さんもいらっしゃい」


箱根駅伝は最終区間。ゴールの新聞社前が写っている。


「晩御飯はカレーで良いかな?」

「私はそれで良いけど、晶ちゃんは?」

「食べるっ!独り暮らしだとカレーは作らないもん」


正月最終日の夕食はカレーライス。3人で食べて話しての賑やかな食事。


「もう遅いから泊まって行ったら?晶ちゃん、明日は休みなんでしょ?」

「どうしよっかな?おじさん、大丈夫?」

「うん。布団は磯部さんの部屋に置いとくで。寝間着は…」


葛城さんは泊まって行くことになった。

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