第134話 仕事納め

「もうお休みけ?」

「うん。部品屋が休みになるさかいな」


本日は御用納め。本年の営業最終日だ。何件か細かな修理のお客さんに対応しながら店の掃除をしてしまう。


今年は例年に比べて出来事が多かったように思う。まぁ色々とあって全部は思い出せんけど良い事も悪い事もあった。トータルするとプラスマイナスゼロといったところか。


「今年もアンタは結婚出来んかったな」

「婆ちゃん。そればっかりは縁の物やからな」


今年一年頑張ってくれた機械を手入れする。特にエアーコンプレッサーは頑張ってくれた。インパクトレンチやリューター、これが無いと仕事にならん。


「それにも油が入ってるんけ?」

「うん。古い機械やしなぁ」


先代の頃から在るエアーコンプレッサーは旧式のオイルを使うタイプ。煩くてメンテナンスは面倒だけど頑丈さは折り紙つきだ。交換するオイルはエンジンオイルが良いらしい。


バイク用では無くて4輪用のエンジンオイルを入れる。『減摩剤』って奴が入っているから抵抗が減るのだとか。 抵抗は減るらしいけれどバイクに入れると変になると聞いたことが有る。カブに使ってしまうとクラッチが滑ることが多い。やはりバイクはバイク用のオイルを使うのが大事。カブにはホンダG1が一番良い。どちらが優れているとかではなくて適材適所という事だろう。


エアーインパクト・エアーラチェットは分解して中の部品も清掃しておく。 毎日注油していればそうそう壊れる物ではないけれど、汚れを落とすと長持ちするような気がする。


どの機械・工具もプロ仕様でゴツイ。プロ仕様とアマ仕様の大きな違いは連続使用に耐えるか否かだと思う。そして壊れた時に修理できるか否か。アマチュア用は補修部品が供給されていない事も多い。直してまで使う価値が無い・買う方が安いと言ったところだろう。


工具も磨いておく。使い込んで油が馴染んだ工具は俺の宝物だ。道具を粗末にすると罰バチが当たる。


今日は何時まで営業とかは決めていない。掃除が出来て、日が暮れてきたら本年の営業は終了。明日からは正月に向けて準備だ。


御用納めで磯部さんがやってきた。料理の出来ない彼女は、年末年始を我が家で過ごす事になった。1人は寂しいんだと。


「こんばんは~。あ~寒いっ」

「いらっしゃい」


「晩御飯はな~に?」

「白菜やら鶏肉やらの具だくさんのうどん」


「中さんはうどんが好きね。私もうどん大好き」

「手抜きで悪いかな~って思うんやけどね」


鍋に粉末のうどん出汁を入れて具を入れて煮込むだけの料理。今日はホルモンも入れてコラーゲンたっぷりにしてみた。


「ごめんな。掃除で疲れてしもて酒の肴を作ってないんや」

「大丈夫。具を摘みながら呑むから。あ!ホルモンが入ってる」


「下ゆでしたのが有るから、ちょっと焼こうか?」

「うん。塩コショウとタレって出来る?」


上目づかいでお願いされると断れない。お願いの内容はオッサン臭いけど。


「OK。手を洗ってうがいしておいで」

「は~い」


下茹でで火は通っているから塩コショウが馴染む感じに炒めればOKタレの方も絡めてやる程度で良い。炒めすぎると油が落ちすぎてうま味が無くなる。


「むむっ?下茹でをして余分な脂を落とすとはなかなかやるなお主」

「こたつで食べよう。台を拭いといてね」


ホルモンを取りに来た磯部さんに頼んで皿や丼を運んでもらう。


「ホ~ルモ~ン♪おうど~ん♪」


メイクをしたままの磯部さんは見た目と行動が大違いで戸惑う。見た目は何とか言うアニメの女博士みたいで何とも色っぽい。でも、言動はガキンチョ。理恵あたりと変わらない。


「いただきま~す」

「いただきます」


脂っこくて濃い味付けのホルモン焼きにはガツンと強い苦みのビール。ホルモンを一噛み二噛みして油のうま味を堪能してから流し込む


「ク~ッ堪らないっ!中さんは呑まないの?」

「うん。調べたいものが在るから。でもちょっとだけな」


40歳を超えてから脂っこいのが辛くなってきた。ホルモン焼きは敬遠。うどんと一緒に炊いた鶏肉を摘みながらグラスで1杯だけ呑む。


「調べ物って、またバイク?仕事熱心ねぇ」

「いや、お節料理を調べようかいなと思って」


「おせちね~。う~んお節か~」


食べ物の事なのに食いつきが悪い。珍しいな。


「はい、うどん。トッピングは自分で居れてな」


葱・ワカメ・卵・エビ天・ちくわ天……磯部さんが来るようになって我が家の食卓は豪華になった。これも今年の良い事か。1人で食べるより楽しい。


「あまり好きじゃないのよね。カレーの方が良いかな」

「じゃあ、止めておこうか。手間やし」


「でも、栗きんとんの栗だけは食べたいのよね」

「栗だけ?焼き甘栗でよくない?」


「う~ん。栗だけ出されてもそそらないのよね」

「あれ、芋を裏ごししたりで手間が掛かるんやで」


まぁいいや。栗きんとんは作ってあとは買うか。栗だけ食われたら残ったきんとんにバターを混ぜて焼こう。スイートポテトになる。


「磯部さんの家のお雑煮は味噌?澄まし?どっちやった?」

「年によって違ったかなぁ。この何年かは酒ばっかり飲んでたし」


「味噌で良いかな?」

「何でも良いよ。中さんのご飯は美味しいもん」


「大みそかまでご飯の支度を手伝ってほしいんやけど」

「それは嫌。私が作ると不味いもん」


「レンジでチンして台に並べるだけやから」


栗きんとんは芋を蒸して裏ごししなければ滑らかに仕上がらない。今年はお餅もつきたい。つきたてのお餅はおろし餅で食べたい。年越しそばの準備やら食べる準備が忙しい。


「自分の分だけ良いから冷凍庫の物をチンして済ませて欲しいんや」

「それなら出来るけど」


何だか不満そうだけど正月を充実させるためだ。やってもらう。


「市販の冷凍食品と変わらないから、ね?」

「カレーもある?」


カレーもハンバーグも冷凍してある。ご飯くらいは炊くから大丈夫。


「チンしたら食べられるようにしてあるから」

「じゃあ、私、頑張る」


     ◆     ◆     ◆


夕食を終えて風呂を済ませ、炬燵で新型カブのサービスマニュアルを読む。キャブレター時代のカブと比べると進化したと思う。 形は先祖返りして丸ライトになったのが良い。カブは丸ライトが可愛らしい。


(インジェクションに二次クラッチ、LEDライト……か)


カブは時代と共に進化する。俺も立ち止まっていたら時代に取り残されてしまう。

サービスマニュアルを閉じて別の本を広げる。


(来年はどうなるか、その前に正月を楽しく過ごせる様に栗きんとんを作ろう)


料理の本を手に取り、栗きんとんのページを広げる。


(隠し味に洋酒を入れるのか。ウイスキーで良いかな?)


引き戸が空いた。


「中さん、調べ物?」


化粧を落とした童顔モードの磯部さんだ。


「うん。どうしたんや」

「眠れなくって」


彼女は炬燵へと入って来た。


「磯部さん?何だか良い匂いがする」

「そうかな?フェロモンってやつかな?」


彼女からフワリと良い匂いがする…これは……!

「磯部さん…」

「はい?」


俺は我慢できず、彼女の頬に触れた。

何も言わず彼女は目を瞑った。彼女の頬にそっと両手を添え…




ほっぺたを摘んで引っ張った。


「俺のウイスキーを呑んだな!あんなに晩酌したのに呑んだんか!」

「や~ん。ゴメンなさ~い!許して~」


この匂いからしてグラス1杯どころじゃないはずだ。


「いつの間に呑んだんや!20年物!俺のとっておき。どれだけ呑んだ!」

「1本開けちゃった。美味しかったゾ♡」


美味しかったんか、そら美味しかったやろうなぁ。中古のカブ90の並みの値段やぞ。高かったのに。


「全部飲んでしもたんか、栗きんとんに入れようと思ってたのに」

「だって~止まらなかったんだもん~」


しかもウイスキー以外の甘い香りもする。


「他に言う事は?」

「棚に在ったチョコを摘みながら呑みました」


ベルギー産のチョコレートまで食われてしまった。


「何でそんなに呑むんや?体に悪いで」

「フッ……愚問ね。そこに酒が在るからじゃない」


登山家かお前は。


「で、こんな時間に何?」

「ちょっとお話したいかな~っ思って」


「もう眠い。少しだけやで」

「うん。じゃあ少しだけ。中さんって不能なの?」


(いきなり何を言うんや?変な事を言い出したな)


「不能じゃないけど、もうオッサンやしなぁ」

「じゃあ、どうして私には何もしないの?」


「お子ちゃまやからや」

「それだけ?もっと別の理由があるんじゃないの?」


女性は妙に鋭い所がある様に思う。特にオカンは最強だと思うが。


「ねぇ、中さん。さくらさんの事を忘れられないからじゃないの?」

「そうかも知れんなぁ」


「さくらさんの事、教えて」

「そんな話聞きたいんか?大して面白うないけどな」


「赤ちゃんが出来たあたりは聞いたから、その前の事を聞きたいな」


料理本を閉じた。


「もう25年以上も前や。俺は生徒間の自転車レースでトップを取ろうと躍起になってた。まだ怖いもの知らずのクソガキやった」

「卒レポで見た。バイク通学がOKになった原因だって」


「馬鹿やって、粋がった挙句に4人を相手に競争してな」

「どうなったの?勝ったの?」


「それがもうコテンコテン。ラインも組めず風避け役も無い。走って来たトラックの乱流に乗って追い越しを掛けたんやけど」

「スリップストリームね」


先行車を風よけにして力を温存するスリップストリーム。

風除けとの距離を詰めないと効果が薄いのだが。


「追い抜くときに蹴られた。で、トラックにぶつかってガッシャーン」

「……危ないわね」


「怪我が治ってからは足のバランスが崩れてな。高回転で振動が出た」

「それじゃスピードは出せないね」


「そんな俺にな『中ちゃんの脚は私に使って』て言う女の子が居てな」

「それが桜さん?」


「そうや。慣れん手つきで自転車の荷台にクッションを括り付けてな」

「2人乗り?青春ね」


自転車の二人乗りは駄目だが、昔の事なので許して欲しい。


「可憐やった。で、そこからお付き合いした訳やな」

「それからエッチな事をした訳だ」


「実はな、桜さんは初めての彼女でな。桜さんにとっても俺は初めての彼氏でな」

「うん」


「まぁお互いに初めて同士やったから、上手に出来んかってな」

「エッチの事?」


オブラートのつつんで話す大島に対してストレートに聞くリツコ。


(これが世代の違いってやつか)


「痛がらせて泣かせてしもてな。こっちも気遣う余裕が無かった」

「ふ~ん」


「終わった時に『泣かせるのはこれで最後にしてね』って言われたんや」

「……」


「それからな、女の子と良い雰囲気になるたびに桜の顔が浮かんできてな」

「ベタ惚れだったんだ」


「そうや。ベタ惚れや。恥ずかしいけど今も忘れられん」

「ふ~ん。でもさ、本当にそれで良いの?」


「何が?」

「中さんが寂しく1人で居る事の方が、桜さんは悲しむと思うけど」


(そうなんかな)


「さ、子供はもう寝る。続きはまた今度。おやすみ」

「子供じゃ無いもん……」


「続きはまた別の日に聞くから」

「わかった。じゃ、おやすみなさい」


「はい。おやすみ」


布団に入って考えた


「一人で居る事の方が桜さんが悲しむ……か」


考えているうちに眠ってしまった。


気が付けば朝。今日も一日が始まる。

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