第125話 理恵・2017/12/15
あの雷の日から数日。勉強をする合間に理恵は不思議な出来事を忘れまいとノートに書き留めていた。
理恵は周囲を見て考えていた。
(私が消えてないって事は歴史は変わっていないのかな?)
数日間見た限りでは街は何も変わっていない様に見える。高嶋市は雪。雷に懲りた理恵は電車で学校へ行く事にした。
ホームで電車を待っていると綾が「理恵、おはよう。あんたも電車?」と声をかけてきた。「十二月の雨って最悪やな、冷てぇ」と亮二はブツクサ言っている。
アナウンスが鳴り、ホームに電車が滑り込む。
「ケッ……高嶋如きが……」
大津方面から安曇河高校へ通う生徒がホームに唾を吐く。これが怖くてバイク通学にしたのを理恵は思い出した。向かいのホームでは今都から通う安曇河高校の生徒が降りてくる。
「我々は栄光の今都市民だっ!愚民ども道を開けろ!」
「貧乏人はひれ伏せ!我々はセレブの街、今都市民様だっ!」
今都方面から降りてきた生徒と大津方面から降りてきた生徒で小競り合いと口汚い罵り合いが始まった。
「今都ごときが威張りやがって! こっちは県庁所在地の大津やぞ!」
「こっちは栄光の今都市! 湖西の星や! 市役所も建つんやぞ!」
「新聞に本庁舎は真旭で決定って出てたぞ! この田舎者!」
「うるさい! 北小松なんか今都市より何も寂れてるやろうが!」
駅員が止めにかかるが利用者はいつもの事と気にしない。
「同じ学校同士で何やってるんやろうな」と見知らぬ男性が笑った。
電車は今都へ向けて走り出す。真旭駅で市役所の職員が降りた。車内は急にガランとして空席が出来る。ここで速人が合流。
「もうバイク通学のシーズンは終わりだね」
「晴れてたら行けるよ~」
電車は数分間走り、近江今都駅へ滑り込んだ。今都駅から学校までは徒歩。体が小さく力の無い理恵にとっては辛い道だ。
「ねぇ速人、女の子のカバンを持ってあげようとは思わないの?」
「やだ、理恵ちゃんのカバンが重いのはお弁当のせい。自業自得」
雨で電車通学の生徒が多いのだろう。高校への道は混雑している。
「少子化って言うけど、いっぱいいるよね」と綾は言うが、理恵にはピンと来ない。
「昔はもっと子供が多かったんだよ。うじゃうじゃ居たんだから」
「なんか見て来たみたいだね」
「……見たんだと思う」
「元気無いね。何か有ったの?」
「なんか疲れた」
三時間目の終了後。体が怠くなり理恵は保健室へ行った。
「熱が少しあるわね。しばらく寝て熱が上がる様なら帰りなさい」
「雨の日はバイクは止めた方が良いですねぇ」
「私もバイク通勤だけど、昨日みたいな日は電車。高嶋の冬は辛いね」
先週インフルエンザで休んだリツコは肩を顰めた。
「リツコ先生、雰囲気変わった?何となく可愛らしくなったみたい」
「可愛らしく……か。そうかもね」
「ねぇリツコ先生、過去って変えられると思う?」
「過去か……人は現在に生きて未来に行く者。前に進むしかないのよ」
「バイクと一緒だねぇ……」
雨は降り続いている。雨音を聞いているうちに理恵は眠ってしまった。目が覚めると放課後だった。
「みんなが来てるよ、大丈夫なら一緒に帰りなさい」
磯部に言われ、理恵は帰ることにした。熱は下がっているようで体の怠さは無い。疲れていたのだろう。
「ずっと寝てたらお腹が空いた」
「大島さんの店に行けば良い」
お弁当を食べて帰らないと母が心配する。そうすることにした。
「じゃあ、また明日ね」と真旭駅で速人が降りた。
「じゃあね~」
電車は安曇河駅に到着した。
「俺は本屋に寄るから。じゃあな」
安曇河駅で亮二と別れ、理恵と綾は大島サイクルへ向かった。
「あれ?」
久しぶりに訪れた大島サイクルは閉まっていた。シャッターには『しばらく休みます』紙が貼られている。
「あ……あ……あ……変えちゃた」
「あれ?休みだ。どうしたの理恵? 顔色が悪いよ」
「私が要らん事したから歴史が変わった! どうしよう!」
「歴史? 理恵、あんた何言ってるの?」
泣き崩れる理恵とオロオロする綾。
ポロロロ……トントントントン……。
そこへ走って来たのはハンドルにコンビニ袋を引っかけたゴリラ。乗っているのは大島だ。コンビニで呑み物を買って帰ってきたのである。
「ありゃ?綾ちゃんに理恵やないか?何を大騒ぎしてるんや?」
ヘルメットを脱いだ大島の頭は見慣れた毛の薄い頭だった。
「おっちゃん! 禿げてる! 禿げてる!」
「いきなり『禿げてる』とは何や?! 禿げてないわ! 禿げかけてるだけじゃ!」
◆ ◆ ◆
大島は綾にはココア。弁当を食べる理恵にはお茶を淹れた。
「店が閉めてたのは、インフルエンザで寝込んでたからや。今週一杯は休むけど、月曜からは開けるで」
理恵はホッとしながら弁当を頬張った。
「で、お前は夢と現実の区別がつかんと大騒ぎしていた訳か」
「熱で脳みそが誤作動を起こしたんじゃない?」
「勉強で頭がオーバーヒートか?理恵らしいな」
「おじさんでも直せそうにないね」
酷い言われ様である。
「そもそも歴史が変わって俺がこの店に居なかったらどうなってる? お前が乗ってるバイクを組んだのは誰やって話になるぞ?」
理恵は「それもそうか」と納得した。
「例えばやけどな、理恵が怪我をしたとする。怪我をする前に行って『~すると怪我するよ』って自分に教えたらどうなる?」
「ケガはしないと思う」
「そうや。理恵は怪我をしない。そうなると過去へ行く理由が無くなる。」
「うん、怪我はしてないから行かない」
「怪我はしていないけど、怪我をした記憶はある」
「?」
「自身は怪我をしていないはずなのに、怪我した記憶がある。変やろ?」
「なにそれ?」
よく理解できない理恵に綾が説明した。
「タイムパラドックスって言うのよ」
「『俺の人生にバックギヤは無い』って派手なトラックに書いてあるやろ? 過去には戻ることは出来ん。人生はバイクと一緒で前進あるのみや」
「難しくってわかんない」
「そもそも雷が落ちてとか、時速五〇キロでタイムスリップとか……」
説教をする大島は理恵の眼には何も変わっていない様に見える。使い込んだ工具・コーヒーの香り・油の匂い。何も変わっていない。油の浸み込んだ作業台。片隅には写真立て。
「『わお!ドク、ヘヴィだね!』『重力がどうした!』とかは映画の話や」
(あれ? こんな写真立てが在ったかな?)
「なぁ、おっちゃん。その写真の人って桜さん? きれいやねぇ」
若き日の大島と恋人だった桜の写真だ。
「おう、きれいに撮れてるやろ。先代に撮って貰った。お気に入りや」
「美女と野獣ね。どうやって知り合ったの?」
この手の話題が好きな綾は目を輝かせている。
「同級生でな。高校の頃から付き合ってたんや」
「私と亮二と一緒ね」
「素敵な女性やった。赤ちゃんが出来て、幸せ絶頂の時に亡くなってな……無事に生まれてたらお前等と一緒にバイクに乗ってたかもしれんな」
理恵は大石に未来(理恵にとっての現在)を変えてもらえるかと手紙を託したが、どうやら大島の哀しい過去は変える事が出来なかったようだ。
(う~ん、やっぱり過去は変えられんかったか)
「でも、理恵に桜さんの事は教えたか?何で知ってるんや?」
「さぁ?誤作動してるから解んない」
大島は写真立てを手に取り、懐かしそうに話し始めた。その表情はバイクを触る時の真剣な顔ではなく、今都の人間を相手にする時の怖い顔でも無い。
「二人乗りで学校まで行ってたからな。しょっちゅうパンクしてたな。警察に止められることも無い長閑な時代やったで。懐かしいな」
写真を見て懐かしそうに語る大島を理恵と綾は只々見ていた。
(二十五年の間に何が有ったのかなぁ)
今となっては大石のジャンパーへ入れた手紙がどうなったのか解らない。読まれたのか読まれなかったのか。自分が言った事を大石が誰かに伝えたのか。未来を変えない為に敢えて言わなかったのか。
大島の昔話が続く。
「そういえば、パンク修理してもらってる時に賑やかな女の子が来てな……」
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