第118話 磯部・退屈する

インフルエンザの症状も収まり、一見元気になった磯部さん。

「そろそろ仕事に行っちゃ駄目かしら?」と言い出した。


「仕事に行けそうな元気があるなら家に戻ったら?」

「弱った仔猫ちゃんを放り出すの?」


あのなぁ、自分の事を『仔猫』なんて言って良いのは10代~20代の前半までやで。

30歳なんか立派な大人!下手すれば化け猫やで…と思うが言わない。


「……」

「大島さんは私と一緒に居るのが嫌なの?」


「……嫌って訳じゃない。一緒にご飯を食べてると楽しい」

「じゃあもう少し居させて。今戻るとまた具合が悪くなりそう」


「日曜までやで」

「いっその事このまま下宿は?」


「…それは駄目。結婚前の娘さんが男と暮らすなんて許しません。間違いがあったらどうすんの」

「間違いがあったら責任は取って貰うから大丈夫」


最近のお嬢さんの考え方は解らん。責任は取れんから下宿は駄目と言って会話を終わらせた。


今日は2台目の郵政カブから降ろしたエンジンをジャンクのリトルカブのミッションと2個1して72㏄4速のエンジンを組み立てる。

ショートストロークのエンジンだから1速はリトルと共通でいいや。

ストロークを伸ばすと1速がリトルのままだと乗りにくいけど

72㏄は回して走らせるエンジンだ。これでいこう。


リトルのエンジンはクランク・シリンダー・ピストン・ピストンリング・ベアリングがアウト。テンショナーのローラーなんてギザギザが擦り減って真ん丸になっている。 典型的な無整備エンジン。きちんと直すと3万円くらいかかる。


(これは直しても儲けが出んな)

完全に部品取りだ。使える部品は在庫しておく。


2機目のリトルカブのエンジンもオイル汚れがひどい。オイルシール類は全交換。

チェーン周りの整備とタペット調整は必須やなぁ。ついでにガスケット周りも交換して しっかり整備すれば商品化できそうな雰囲気。

ノーマルヘッド対応のボアアップキットを組もう。

セルを90の物にすれば始動で困る事は無いはずだ。


「ねえ、大島さん」

「おとなしゅう寝てんと具合が悪うなるで」


「写真の人がさくらさん?どうして別れたの?」


ストレートに来たな。どう答えればよいものか。


「捨てたの?」

「いや、桜は死んだ」


「事故?」

「書類上はな」


「書類上?」

「そう。書類上は事故」


「何が在ったのか教えてくれない?聞くのは職業柄得意よ」


最近の保健室は心を病んだ生徒の相談窓口でもあるらしい。少し話すか。


「子供が出来た話はしたな」

「うん」


「あの日は仕事でな、検診へ行く桜に付いて行けんかったんや。

あいつは『高嶋駅のすぐ傍やから行ける』って電車で病院へ行こうとしてな」


「うん」

「何が有ったんやろうな。安曇河駅で高校生が飛び蹴りして来たらしいわ」


「……」

「お腹を蹴られたあいつは大出血して、血が止まらんでな…」


「警察は?」

「今都の市会議員の息子やったらしいてな。『子供がやったことやから』って

うやむやにされた。揉み消されたんやろうな」


「……」

「『子供がやったことやから』って加害者側のセリフじゃないと思うけどな。

子供が大事かもしれんけどこっちは婚約者と子供。2人殺されたんやから」


「それから一人暮らし?」

「そうや。一緒に居るとみんな死んでしまう。親父・お袋・婚約者・子供。

みんな今都に殺された。俺と一緒に居ると今都に殺される。だから1人で居る」


考え過ぎか被害妄想かは俺にも分からない。ただ、俺が何かを無くすきっかけは全て今都が原因だった。それは間違いが無い。


「それが『責任を取れない』って事?」

「そうや。呪いか魔法か運命か…とにかく巻き添えは出さんように1人で暮らす」


「喋り過ぎたな。さぁ、気が済んだら寝ておいで」

「うん」


夕食は「そろそろ元通りの物を食べたい。力が出ない」と言われたので

ホットプレートで肉や焼きそばを焼きながら食べた。ビールも少しだけ飲んだ。


久しぶりのビールで磯部さんは絶好調。

「ねえ、大島さん。下宿の事だけど、エンジンかけたらOKって有効?」


ああ、そんな事も言ってた気がするなぁ。


「有効やで、まず無理やと思うけど、かかったら下宿OK」


「男に二言は無いわね?」

「無い。でも倉庫の主やで」


倉庫の主が認めるなら下宿はOK…どうせエンジンは掛からんのやから。

磯部さんは何か考えているみたいだが聞くのは止めておこう。


「明日は普通の朝食にしよう」布団に入ると睡魔が襲ってきた。

明日は…平常営業できそうだ…

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