第108話 葛城・フロントフォーク移植
大島サイクルに軽トラが止まった。
「お~い、フロントフォークだけ先に出来たぞ~」
高村ボデーの社長である。
「社長、おおきに」
「気楽に塗ったもんに限ってキレイに塗れるわ。伝票はまた後でな」
忙しいのだろう。バタバタと帰ってしまった。
フロントフォークからレースを外して新しい物に替える。あとはバラバラの部品を組むだけだ。難しい事は無い。トルクロッドのボルト・ナットを荷重のかかった状態で締めるくらいだ。
「もう一人居たら楽な姿勢で(ボルトを)締められるんやけどなっと」
組み立てが出来たので試乗してみる。ブレーキをかけてもフロントは浮き上がらず沈む。普通のバイクなら当たり前の自然な動きだが、カブ乗りにとっては違う。カブ五〇カスタムに採用されているアンチリフト機構はカブ乗りにとって憧れの装備だ。
(ビックドラムの九〇にこそこれが要るのになぁ)
さて、葛城カブが完成した所で作戦決行だ。『カブの修理が出来ました。ついでに今夜ご飯でも食べませんか?』……メール送信っと。
すぐにメールが返ってきた。
『行きます。お肉を食べたいです』
今度は磯部さんにメール送信。
『葛城さんとアポ取れました。今夜ご飯を食べます』
こちらもすぐに返信が来た
『よろしくお願いします。で、どこで呑むの?』
◆ ◆ ◆
「ゆっくりできて良いんだけどさ……」
「仕方ないやろ。急に貸し切りになったんやから」
焼肉屋へ予約の電話を入れたら急な貸し切りが入ったとかで断られてしまった。仕方が無く肉だけ買ってきて我が家で焼いて食べることになった。
「まぁ、店で食べるより安いし、良いお肉を食べられるから良いけど」
「用意しとくからお風呂に入ってらっしゃい。湯上りに呑むんでしょ?」
「もちろん!じゃ、お風呂いただきま~す♪」
やれやれ。
ガスコンロや皿やらを用意しておく。野菜はキャベツ・玉ねぎ・さつま芋・等々。女性が二人なので少し多めに。……実は俺の為。最近、肉ばかりは辛いのだ。歳かなぁ?
ピンポ~ン♪お?葛城さんだな。
「こんばんは~、今日はお休みですか?」
「いや、ご飯を食べるから早終い。カブは出来てますよ」
「ご飯は何処で食べるんですか?焼肉屋さん?」
「いや。ウチで焼き肉。焼肉屋さんの予約が取れませんでした」
「もしかすると二人っきりですか?」
そら男と二人っきりで飯なんて何されるかわからんよね。警戒するのは当然だ。
「もう一人居るから安心してください。先にカブを見ますか?」
「はい」
「フロントはカスタム五〇のフォークに交換・塗装、そしてステムベアリング交換。タイヤは中のコードが切れてたんでチューブと一緒に交換です」
部品を見せながら整備内容の説明。これは案外大事な事で、悪くない部品を換えなかった証明でもある。
「これでフロントが浮かなくなるんですね?」
「そうですね。上手い事出来てますよ」
「さて、説明はこの辺で終いにしてご飯にしますか」
「もう一人の人は来てるんですか?」
「そろそろお風呂から上がって来る頃ですよ」
「お風呂?」
「そうや、お風呂。明日は休みだから泊まって行くって」
「おじさんの恋人ですか?お邪魔して大丈夫?」
「いや、近所の子供みたいなもんや」
葛城さんを連れて居間へ行くと、湯上りの磯部さんが呑んでた。ビールのツマミに焼こうと用意しておいたキャベツに塩をかけて食ってる。高校生みたいな外見なのにおっさんみたいな呑み方をするなぁ。
「あなた、何歳?」
葛城さんの眼がギラリと光った。
ああ、スッピンの磯部さんを観るのは初めてか。『磯部さんですよ』と教える間も無く職務質問を始めた。そのお嬢ちゃんは三十路の大人ですよ~(笑)
「干支を教えてくれるかな?何年生まれ?」
職務質問?補導?どっちか解らんけど仕事モードだ。目が怖い。
「一九八七年生まれの三〇歳。干支は
「え? 三〇歳?」
「葛城さん、年上の女は嫌い?」
「え……?」
「磯部さんですよ。スッピンだと解らんでしょ?」
「へ?」
磯部さんが悪戯っ子の様に笑っている。さぁてと……飯にするか。
◆ ◆ ◆
コンロに火をつけて鉄板を熱する。先ずは塩タンからだろう。
「それにしても……本当に磯部さん?」
「そうよ。教育実習の時に童顔で馬鹿にされたから勉強したのよ」
女の人って化粧で化けるんやなぁ。怖い怖い。
「高校生が呑んでると勘違いして……ごめんなさい」
「こっちこそ。男の人と間違えてごめんなさい」
二人とも酒が入って気楽になったのかな。楽しそうだ。
「焼けるで~」
「えっと、レモンは?」
「はい、レモンと塩コショウ」
二人とも食べ盛り。焼けた肉は次々と消えてゆく。
「次は何を焼こう?」
「ホルモン~!」
「私は内蔵系はちょっと苦手……」
バラとホルモン。ついでにロースを焼く。 葛城さんは梅酒のソーダ割りをチビチビと、磯部さんはビールを豪快に呑む。ビールに続いて芋焼酎のお湯割り、そして熱燗とガンガン飲み続ける。
「お化粧の仕方が解んない~リツコちゃん教えて~」
「晶ちゃんは顔立ちは良いのよね……」
葛城さんはお酒が弱いんやなぁ。磯部さんは……呑み過ぎじゃないか?
「私はねぇ……モテるのよ……女子だけに……『お姉さま』って」
「私なんか男の人と間違えられて女子に告白されます~」
二人ともよいペースで呑むな~。肉も焼く傍から食っていく。良い喰いっぷりだ。
「リツコちゃんは~どうしておじさんと仲良くなったの~」
葛城さんはだいぶ酔っぱらって来たな。大丈夫か?
「晶ちゃんに~振られた時に一夜を共にしたのよ~」
おい。紛らわしい言い方するんじゃない。酔ったアンタを介抱しただけや。
「抱かれたの?」
……悪夢のような暴れ方やったで。あんな大トラ抱っこ出来ません。
「次の日はシーツが血だらけで~、太腿も血だらけで~」
その血は俺の血や……頼むから誤解を生む事は言わないで。
「や~ん、おじさんケダモノ~猛獣~」
猛獣は酔った磯部さんや。俺は被害者や。
「それから……」
「寝ちゃった~つまんな~い……」
磯部さんが酔いつぶれた。続いて葛城さんも酔いつぶれた。
「やれやれ、よっこらせ」
起こさない様に二人を布団へ運んだ。布団に寝かせた途端に二人は仔猫の様抱き合ってムニャムニャと寝言を言い始めた。やれやれ。賑やかな夕食だった。蟠りが解決できて良かったと、宴の片付けをしながら思うのだった。
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