第103話 郵政カブ2台目①

 1台目の郵政カブを無事に納車した。残るはあと2台。作業場には分解した郵便カブが有る。2台目はどうしよう?


 ふと作業場を見ると2台のエンジンが有る。共にリトルカブのセル付き4速だ。どちらも異音有り・キック降りないといった訳あり物件。俗に言う『ジャンク・部品取り・レストアベース』だ。


 美品を部品取りとして分解するのは非常に心が痛むがジャンクなら問題ない。2台分解すれば必要な部品は取れるだろう。


 2台目の郵政カブはミッションを4速にしよう。形を変えずに中身をアップデートする。スリーパースタイル? レストロッド? なんて言うんだったかな? とにかく外見はノーマルと大して変わらず中身をアップデートしてやる。


 異音有りのエンジンは一応動くので保管しておいて、キックが降りない不動エンジンを分解する。最初にジェネレーターやスターターの電装品を外す。油漬けにしたくない物を外した後は灯油とブラシで汚れを落としていく。


 汚れが落ちたらパーツクリーナーを吹き付けて洗い油を落とす。これでやっと整備するのに手が汚れなくて良いかなっ~て感じまでエンジンがキレイになった。


(キックが降りん原因は焼き付きか、それともギヤの破損か)


 分解していくとキックが降りない原因が解った。シリンダーが錆びている。ピストンリングが引っ掛かって動かない。恐らく長期放置車だろう。もしかしたら盗難されて乗り捨てられたのかもしれない。焼き付いたわけでは無いのだが、シリンダー壁が錆びて荒れている。ボーリングが必要だ。社外製の1mmオーバーサイズのピストンで52㏄というのも面白いかも。


 腰下はスラッジが溜まっているけれど何とか使える。ドロドロの部品はザルにまとめて灯油に漬け込んで汚れを溶かしておく。一晩漬け込んでからブラシで擦れば綺麗になるだろう。最近は良い洗浄剤があるからそれを使うのも良いだろう。


 冷え込んできたせいか膝や肩が痛む。寒さが身に染みる。ファンヒーターを出した。翌日もいつもの様に仕事をしていると怪しげな青年が尋ねてきた。


「すいませ~ん。ここにモンキーがたくさん有るって聞いたんですけど~」


 この手の人間は要注意だ。ウチは特に宣伝はしていない。在庫車はあるが、それを知っているのは常連か仲間の業者だけだ。


「いや? 在りませんよ。誰に聞いたんですか? 誰かのお知り合いかな?」


 実際は在庫はあるから見せることは出来る。だが、最近は物騒だ。もしかすると泥棒の下見かも知れない。『ここにこんな在庫がありますよ』なんて見せたら危ない。


「いや……その……無いなら構わないんですけど……」


 誰かの紹介なら『〇〇さんに相談したらここへ行けと言われた』くらいは言えるはずだ。答えられない時点で怪しい。 知らん人に『俺の財産はここにあるよ』なんて教えないでしょ?


「すんませんなぁ、今は在庫が切れててなぁ」


 ある程度コレクションを溜めこんだマニアはこっそりと活動するようになる。窃盗団に知られたらトラックを横付けされてゴッソリ行かれるからだ。 悪いがウチはマニアより物が有る。売るほど有る。


「そもそも、うちは小さな店なんで、在庫を何台も持つ余裕はないですね。展示車も無くってゴメンなさいね」


 奥を覗きたそうにしているがお帰りいただく。残念ながらこの奥のスペースに入れるのは常連さん限定だ。念の為に車輪の会ホイラーズクラブの皆に人相をメールしておく事にした。


 そうこうしている間に日は落ちて、俺は店を閉めた。


 11月も半ばが過ぎて気温がグッと下がった。冷える日は鍋が美味い。


 飯の支度をしていたらお弁当を詰めたタッパーを返しに磯部さんがやって来た。コタツを見つけて「わ~いコタツ~」と座ってビールを呑み始めた。

 

 足元が寒い。こんな日はコタツで暖まりながら鍋に限る。土鍋を台所からコタツの上に置いたガスコンロへ移す。


 磯部さんはくつろぎモードだ。「なんでトラックで行くのかしら?バイクで行けば早いのに」などと言いながら古い邦画のDVDを見ている。

 

 やはり帰る様子が無いって言うか、酒を呑んでしまったぞ?


「磯部さん。呑んでるけど、どうやって帰るつもり?」

「泊・め・て♡ ほらっ!」


 頬を赤く染めた磯部さんがご機嫌で答える。お泊りセットを持って来ている。完璧に泊まるつもりだ。


( アカン、もう酔ってる)


 頭の中に先日の悪夢がよぎった。


「男が一人暮らしする家に泊まるのがどんな事か解ってる?」

「だって~うちに帰っても誰も居ないんだもん。寂しいんだもん。」


 ぷぅと膨れる磯部さんは何だか可愛らしく見えてきた。酔うと虎になるけど。


「それに、大島さんが何かする様な人だったら、この前してるでしょ?」

「今晩はわからへんで?」


 もちろんそんなつもりは無い。そんな事するのは恋人にだけだ。その恋人を無くした俺は今後女性を抱く事は無いと思う。


「手を出しても良いけど、責任は取ってね♡」

「断る」


 今日はキムチ鍋。白菜・ニラ・ネギ・ホルモン・豚……等々、ジャンジャン入れてジャンジャン食べる。 磯部さんは酒癖は悪いが行儀が良い。食べ方が綺麗だ。見ていて気持ち良い。


「一人で居るとお鍋は出来ないのよね」

「俺は結構食べますよ。たくさん作って冷凍保存。3回位に分けて食べます」


「大島さんはお料理が上手ね。私は全く駄目で……」

「味見しながら作るんや。そうしたら失敗せえへんで」


「気が付いたらとんでもない物が出来て……」

「食べるのが好きなら大丈夫。そのうち出来ますよ。俺だって最初は……」


「どうしたの大島さん?」

「昔の事を思い出して。まぁ最初は酷いもんでしたよ」


 さしつさされつの酒も悪くない。悪くないけど……駄目だ……磯部さんのペースに付いて行けない。後片付けが出来なくなると不味いのでほどほどにした。


 ほろ酔いの磯部さんは可愛らしいなぁ……酒の量は可愛くないけど。最近の女の子は良く呑むなぁ……でも呑み過ぎじゃないか?


 わいわいと話しながら食べ進めていたら具が無くなった。


「締めはどうします?うどん・中華めん・餅・雑炊が出来ますけど」

「うどんの後で雑炊!」


 炭水化物のWパンチだ。食いっぷりが気持ち良いけど大丈夫? 太りませんか? 心配をよそに鍋は完食。


「う~ん、もう食べられない~」


 磯部さんはゴロリと寝ころんだ。無防備極まりない。


「お風呂はどうします?朝にしますか?」

「シャワーくらいは浴びたいかな?」


「一応、お湯を入れときますから」

「何から何まですいませんね~」


 食事の後片付けをしながら風呂を入れるていると磯部さんの声が聞こえた。何やら見つけたらしい。


「大島さ~ん。この一緒に写ってる人、誰~?」

「今は手が離せんから。ちょっと待って」


 風呂の湯を止めながら返事をする。彼女の元へ行くと写真立てを眺めていた。


「ああ、それは……」

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