第87話 大島・平井のバイク引き取り旅行

「何か面白いバイクは無いかなぁ。儲けが出んと困るけど……」


と、言いつつ大島が見るのは『部品取り車』の欄。書類さえあれば程度はそれなりで良い。どうせバラバラにして直す。直せなければ部品取りにする。


「お?……これをまとめて3台か、珍しいやんけ」


引取り限定とは言え安い値段で出品されている3台のバイク。

廃業したバイク店の在庫処分らしい。


少し遠いが行けない距離でもない。問題はどうやって持って帰るかだ。

素人では3台まとめて持って帰るのは難しいだろう。


「まぁ落札出来ればラッキーってところやな」


相場よりはるかに安い金額で入札に加わった。


そんな事が有った数日後。パソコンのメールにオークションの終了を知らせるメールが届いていた。まとめて3台も引き取る者は居なかったのだろう。


「おめでとうございます!あなたが落札者です」


競る事は無く開始時の金額のままだった。


出品者と連絡を取り、支払いの段取りを相談した。余程邪魔だったのだろう。早期の引取りを望んだ出品者に合せて平日の引取りとなった。


『10月18・19日は店主所用の為休業します。店主』


シャッターに貼り紙の貼られた大島サイクル前でトラックがアイドリングしている。化粧ステンレスで出来たシートキャリアに灯る『流れ星』の行燈。


「大島ちゃん。ボチボチ行くか?」

「平井さん。出発進行!」

「おう!」


ドロロロロ……ヒュゥゥゥゥ……ドロロロロロロ……


朝焼けの中、A・Tオートサービスの積載車が走り出した。国道161号線を北上して木之本インターから高速道路を快走するA・Tオートサービスの積載トラック。キャビン内でおっさん2人が怒鳴る様に会話していた。


「踏むぜ!吠えろ4.9ディーゼルターボ!」


「平井さん!抑えて!抑えて!ところで、

 この型のキャンターって4.9ℓターボって在りましたっけ?」


「積み替えた。ローザから降ろした180馬力や。ミッションも6速」

「さすがA・Tオートサービス……何でも弄るなぁ」


A・Tオートと言えば面白い車を作る事で、安曇河町内ではチョット有名なクルマ屋さんだったりする。


「ところで、今回の仕入れやけど、何で50と70なんや?」

「90はエンジンの土台が違うから在庫で修理出来ひんのや」


郵政カブは50・70は普通のカブとエンジンに互換性があるが、90のみ昔の『ラージケース』と呼ばれるCS系統のエンジンが積まれている。これはエンジンマウント部が違うので在庫のエンジンに積み替える事が出来ない。普段弄るカブとは違う系統のエンジンなので大島の店に有る部品を使って修理する事も出来ない。分解整備をする場合は部品を取り寄せる必要がある。


「まぁ、カブに関してはお前の方が詳しいからな。引取りに付き合ったんやから

修理して1台頼むで」


トラックは走り続け、ある田舎町のバイク店へ到着した。


     ◆     ◆     ◆


その日の夕方。いつもの仲良し4人組は張り紙を見ていた。


「ありゃぁ?休業だって」

「しかたない。別の所に行こうか」

「マックでも行く?」

「俺、今日は金持って無ぇ」


「あれ?みんな、どうしたの?」


飲み物目当てで来た4人組に、やはりココアを飲みにやって来た葛城が声をかけた。


「あ、葛城さん♡こんにちはぁ♡」

「おじさんのコーヒーでおやつと思って来たんですけど……」

「おじさん、今日はお休みですって」

「留守らしいんだよな。何処に行ったんだろう?」


自転車屋へコーヒーを飲みに来るとはいかがなものかと思うが

実のところ葛城もお菓子をつまんでココアを呑みながらの話し相手が欲しくて来た。


この子たちと話をしながら菓子をつまむのも悪くない。


「じゃあ、うちに来る?ちょっと狭いけど」


思わぬ展開に葛城ファンの理恵は大喜び。


「はぁい。お邪魔しまぁす♡」

「じゃあ、僕たちも」


葛城を先頭に5台のバイクが着いたのは線路沿いのアパートだった。


「ま、殺風景な部屋だけど、どうぞ」


ちゃぶ台とテレビがある質素な畳敷きの和室。

男性ならともかく20代前半の女性にしても質素な部屋に4人は通された。


「ごめんね、あまり荷物を置くのが好きじゃないんだ」


コーヒーカップを運んできた葛城を見て皆驚いた。普段はゆったりした男物の服を着ていたり皮ジャンを着ている葛城だが、部屋着に着替えると体のラインが出て女性らしいのだ。鎖骨の辺りは見る物が見ればドキッとする事だろう。


「葛城さんのカブってマフラー変えました?音が違う様な気がします」

「わかる?J製のマフラーに交換したの。」


「わかんねぇ。見た目なんか変わって無えし」

「そこがポイント。見た目が変わらず性能アップ。音は控えめ。もう少しと思う所だけど必要にして十分な性能。これが大事」


改造車を取り締まるはずの白バイ隊員が改造車に乗っている事よりも、4人は大島が社外製のマフラーを持っていたことに違和感を覚えた。


「でも、大島のおじさんは純正部品流用で改造するって言ってたのに」

「珍しいなぁ」


「最初は磯部さんのカブについてたんだけどね。磯部さんが『パンチが無い』

って別のマフラーにしてる所へタイミング良く行ったの」


そのマフラーを交換した磯部がとんでもない勘違いをしている事を葛城はまだ知らない。


「磯部先生には特別サービスだ。おっちゃんも男だねぇ」

「わたしのDio先生も特別部品だよ?」


高嶋高校で最もセクシーな磯部リツコ相手なら、初対面であってもデレデレになるであろうと理恵は納得した。


「ところで、おじさんの所用って何かな?」

「さぁ?」


      ◆     ◆     ◆


5人が葛城の家で駄弁っていた頃、大島と平井の二人はある田舎町の宿で露天風呂に入っていた。


「廃業する店の在庫処分か。ウチは息子ぼうずが継ぐから当分大丈夫やけどよ、

お前の所はどうするんや?身を固める気はないんか?」

「さぁ?どうなるんやろうな」


平井は大島が婚約者と死別して以降女性と付き合ったと聞いた事が無い。何度か飲みに誘った事は有るし、それとなく女性を紹介しようとした事も有る。だが、この男は全く女性に手を出そうとしないのだ。


「大石さんみたいに弟子が継ぐとか無いんか?」

「まぁ、ボチボチとね」


弟子も取らず、他に従業員も雇わずではいずれ店を閉める事になる。


「そうか、それは寂しい話やな」

「遠い所まで来て疲れたわ。今夜は飯食って酒呑んで早う寝よっと」


     ◆     ◆     ◆


翌日。高嶋市から随分離れた田舎町の元バイク店に2人は訪れた。


「祖父の店を処分するんです」


出品者の青年が言いながらシャッターを開けた。処分するには金が要る世だからと、少しでも金にする為にオークションへ出品したそうだ。バイクを処分した金を改装費用の足しにするらしい。


「郵便局のバイクなんて売れるとは思いませんでしたよ」

「マニアが居るんですよ」


静まり返った店舗に目当てのバイクが在った。赤い車体に頑丈なキャリア。車体はカブだが細部が違う。特にハンドルやフロントサスペンションは大きく違う。


(うん、予想通り画像よりは汚い。まぁ仕方が無いな)


ホンダスーパーカブMD50とMD70。郵政カブと呼ばれる働くカブの代表であり、ある意味『究極のカブ』とも呼ばれているらしい。郵政専用に開発されて納入されたため一般販売が無く、しかも使い倒されるために中古の流通も少ない幻のスーパーカブだ。


「マニアねぇ、よく分からないですね」

「だからマニアなんですよ」


バイク店を経営していた祖父が亡くなり、出品者や出品者の両親も別な仕事に就いており、誰も店を継がないので処分を決めたそうだ。


「工具とか必要なものが在ったら持って行ってもらえると助かります」


処分費用が少しでも浮く様にだろう。


「必要なら何でも持って行ってください。わたしには必要がありませんから」


と何とも欲が無い事を青年は言った。


「では遠慮なく。平井さん、運びますよ」

「おう」


結局、郵政カブ以外にカブ系のエンジンを積んだミニバイクが数台。 工具と部品を段ボール数箱。特殊な工具を少々引き取ることになった。


「こんなに貰って良いんですか?」


現金の入った封筒を見て青年は驚いたが、大島にとってはそれが驚きだった。ジャンク・不明で段ボール箱に入っているが見る者が見れば宝の山。部品商で買うよりはるかに安い値段だったからだ。


建物は解体されてコンビニが建てられるらしい。


「大事に使いますね、ありがとうございました」


青年に礼を言い、一抹の寂しさを感じながら大島たちは帰路についた。途中に積み荷の点検を兼ねた休憩をはさみながら走り続ける。 閉店する店を見たからだろうか。話題はどうしてもお互いの店や家の事になる。


「俺のところは息子が継ぐけど、お前はどうすんのよ?」


昔から大島の事を知る平井は大島の事が心配で仕方が無い。 心配する平井の気持ちを知ってか知らずか大島は気楽な様子で答える。


「独身やしな。もう嫁さんを貰うのは諦めたわ。大島家は俺で終わり」

「お前で終わらせるのは勿体のうないか?家とか田はどうするんや?

店も終戦直後から続いてるのに、勿体ないわ。大石のオヤジさんが悲しむで」


先代の大石が始めた店を継いだ大島にとっては辛い所だが仕方がない。


「形有る物はいつか崩れる。命ある物はいつか滅ぶ。それが運命」

「でもな、『人生はジャンク箱。開けて観なければ解らない』って聞いた事無いか?」


「それを言うなら『チョコレート箱』やがな?誰やそんなこと言うたのは」


平井はニカリと笑って「俺や」と言った。


大島も「平井さんかいな、そら知らんわ」と笑う。


おっさんの珍道中。2人で運転を交代しながら数時間。やっとの事で安曇河に着いた。


トラックから郵便カブと部品を降ろして一息つく。

2人とも疲労は隠せない。もう若くない事を痛感していた。


「カブは息子ぼうずが欲しがってるから1台貰う。郵便カブを1台直しといてくれ。」

「こんど肉でも奢るわ」


「ビールもな」と約束して平井は帰っていった。


降ろしたバイクを倉庫に整頓した途端、どっと疲れが出て眠気が襲ってきた。大島はシャワーだけ浴びて寝る事にした。


(こんな時、結婚していたらどうなるのだろう)


考えようとした途端、まぶたが落ちた。


その晩、俺は夢を見た。


「そろそろ来るはずなのに来ないの」

「もしかすると……」


「明日、病院に行って来るね♡」

「明日はちょっと休めんわ、どうしよう?」


「大丈夫やって。1人で行ける」

「すまんなぁ」


「式の頃はお腹が大きなるかなぁ?ドレスは大丈夫かなぁ……」







※フィクションです。登場する人物・団体等は架空の存在です。

実在する人物・団体等とは無関係です。


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