第65話 栄光の今都市民VS安曇河娘②
「
「「「「かんぱ~い」」」」
今日も今都公民館では公民館研修の名目で市役所のバスをチャーターしての観光旅行。行き先は雄琴の歓楽街だ。窓から空になったワンカップ日本酒の瓶や缶ビールの空き缶が投げ捨てられライダーやランナー、そしてサイクリストにぶつかる。割れた瓶で怪我をする者、パンクする自転車が後を絶えない。
バスに書かれた『高嶋市』の文字を見た誰かが呟いた
「税金で観光バスを動かしてるんか…酷いね…」
高嶋市では市役所のバスを市民活動・研修・福祉の目的で無料で貸し出している。
本来は旅行などには使えないが、公民館主催ならば市民活動と称して公務として借りる事は容易だ。借りればこちらの物。活動自体に監査も確認も無い。もっともそんな事をしているのは今都町の連中だけだが。
車内では飲食禁止・飲酒禁止だが今都の者には関係ない。「だって、私たちはお金持ちなんだから」が合言葉。 文句を言う運転手は市役所に苦情を入れて辞めさせてやれば良い。行き先は一応申請するが関係ない。
ポチ袋に2~3千円入れて運転手に渡せば何処にでも行く。 過去には受け取らずに「申請に無い所へは行けません」なんて正義感の強い運転手がいたが市役所に言って辞めさせた。何故なら今都町は全ての頂点に立つ町だからだ。
クビになるより賄賂を貰って仕事を続ける方が良いのだろう。
何せ我々は栄光の聖都・今都に住む今都町民なのだ。
高貴な者へ下賤なものが物申すなどもっての外だ。
宴会やグルメツアーは親睦会・交流会・食育教育。
グラウンドゴルフ・山歩きなら体育事業推進か健康福祉事業。
老人会の旅行なら福祉事業。風俗店は青少年の健全教育…
特に福祉事業の場合はやり放題だ。認知症の老人なら何をしても許される。
福祉の御旗のもとにおいては何者も文句をいう事は出来ないのだ。
使う側のメリットは多い。昨今のレンタカー代値上がりに対し
市のバスを借りるのに必要なのは公民館長へのお礼の数万円のみ。
レンタカーを借りるのと比べれば約3分の1だ。
金銭的なお礼は公民館長のちょっとした役得でもある。
手間もかからず元手も要らず。申請書を書く時間は1枚5分かからない。
1回あたり2~3万円。月当たり40万円近い臨時収入だ。
聖都今都は金持ちで一番税金を納めている。市の財産は今都市民が使って当然。
これが今都に住む者の共通する考えであった。
息子のバイク資金の為、公民館長の
副業と化したレンタカー業務にいそしんでいた。
◆ ◆ ◆
「お届け物で~す」
「これで高嶋高校最速だ~!ギャハハハハ~!」
高嶋高校でバイク最速なのは
幸い海外製とはいえ日本の出品者から購入した事もあって配線は無事に繋ぐ事が出来た。エンジンオイルは入っていないと説明書に有ったので レーシングタイプと書いてあるオイルを入れておいた。
エンジンを始動するためにキックペダルを踏み込むと
今までのエンジンよりも排気量が大きいからだろう。非常に踏みごたえがある。
キャブレターやマフラーはパワーが出る様に有名なブランドで揃えた。
ズドン!ボンボンボンボン…
豪快な音を立ててエンジンはアイドリングした。
「勝てる!これで『湖岸のお猿』に勝てる!」
栄光の聖都
近所の家から市役所経由で苦情が来た。
◆ ◆ ◆
次の日、登校した
「1年の白藤理恵、『湖岸のお猿』を撃墜するぜ~!」
皆が見る前で高らかに宣言する。
「理恵ちゃん。あんなこと言ってるけど、相手にしたらアカンで」
「あんな奴放っておけ!」
「無視、無視。負けるよりグリグリ回避」
綾・亮二・速人に言われるが、理恵は携帯の画面を見ている。
「ん~?挑戦くらい、いくらでも受けてあげる」
理恵はニコニコと静かに微笑んでいる。
「挑戦は受けるけど、グリグリは受けたくないな~♪」
何か考えがある様だ。この時3人には理恵が何を企んでいるのか解らなかった。
放課後、理恵たち4人と他の同級生が駐輪場に集まっていると
案の定、大村が声をかけてきた。
「おい『湖岸のお猿』俺と勝負しろ!」
何とも工夫が無い悪役のセリフ。3人だけで無く、周りの生徒も呆れていた。
「良いですよ~大村先輩♡ギャラリーをたくさんお願いしますね♡」
普段と違って愛らしく理恵が答えるのを見て皆、吐き気を催した。
「国道161号線。最高速重視で勝負しましょう♡」
よりによって最高速勝負?大村のDAXは車高短の族仕様。
カーブの多い道なら勝機があるのに最高速勝負とはどうした事か。
「日は指定する。首を洗って待っとけよ!」
大村は一言吠えて去って行った。
「ショック~私って『湖岸のお猿』?酷いよね~」
呑気に言う理恵を3人は不思議そうに見ている。
「白藤、お前…俺が言った事を忘れたんか?」
亮二は怒りに震えながら言った。
「法定速度内で走るのが気持ちいい…だよね?忘れてないよ。
私は賢くないけど馬鹿じゃないもん。実はね…」
理恵から作戦を聞いた3人は驚愕した。
「だから、ギャラリーが多い方が良いの」
(((お……恐ろしい
ニコニコと微笑む理恵を見て3人は思うのだった。
◆ ◆ ◆
理恵と速人には競走なんかするなと言ったが、
大島自身は競走は好きだった。ただし、それはサーキット内でのこと。
『競争はサーキットでする』が信条の大島にとって
公道でのレースは周囲に危険をまき散らすだけの愚行としか思えない。
レース用にカリカリのチューニングをした事はある。
しかし、それによりエンジンの寿命は確実に縮む。
もう古いスーパーカブのエンジンは製造されていない。
部品だって今は普通に出ているが、細かな部品は統廃合された物も多い。
モンキーのエンジンだってキャブレター時代のエンジンはタマ数が減っている。
最早、モンキー・ゴリラを含むホンダの小さなバイク達は入門用とは言えない。
キャブレター時代の昔ながらのシンプルなエンジンが生産中止となった時、
大島はレースで得た技術で壊れにくいエンジンにしようと心に決めた。
学生にとってバイクは大事な足代わりであり決して安い買い物ではない。
小遣いやお年玉を長年貯めて買ったバイクがすぐ壊れては気の毒だ。
必死にバイトをして買ったバイクを壊して泣く者も見てきた。
だから、せめて自分の所へ来た小さなバイク達は壊れない様に組む。
大島の組んだエンジンが「刺激が無い」「寝惚けたようなパワー」と言われた事は星の数ほどある。でも気にしない。パワーやスピードだけがバイクの魅力じゃないのだから。風と共に走り、大地の感触を楽しみ、陽の光を浴びて走る。
「楽しく走るのが一番良いと思うんやけどな…モンキーやゴリラはな…」
◆ ◆ ◆
次の日、大村は対決の日を指定してきた。
「はぁい♡ギャラリーも一杯お願いしますね~♡」
普段と全く違う理恵に3人を除く周囲の同級生は驚いた。
大村が去った後、理恵は何やらスマホを弄って鼻歌を唄っている。
「フンフ~ン♪葛城さ~ん♪」
機嫌は良さ気だが理恵の眼は笑っていない。それを3人は見逃さなかった。
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