2017年8月 暑いけどオイルクーラー要らず

第46話 ゆとり先生?

 一般的にはバイクや自動車を修理したり改造したりするのは普通ならば整備工場で整備士資格を持つ者がすることが多い。


 ところが、カブやモンキーなど小型レジャーバイクは構造が簡単な為、特殊工具が必要な部分は有るが、ある程度の整備ならばホームセンターで買える工具で出来てしまう。


 学生達の場合、理恵の様に『私は乗るだけ!」と言う者は多い。下手に触って壊してしまうより、プロに任せた方が安心でもある。速人は簡単な作業は自分でするが、エンジンの分解整備や初めて作業する場所は大島に教えてもらいながらしている。


 今どきの若者は全てインターネットで調べると思っていたのだが、速人曰く、インターネットで調べてもよく解らない所が有るらしい。


「怪しい情報を100%信じるのは危ないですよ。」


 今どきの若者にしては速人は慎重だ。Tataniでの苦い経験が有るからだろう。

最近はネットオークションでバイクを落札して ネットショップで部品や工具を注文が出来る。下手すれば翌日に欲しい物が届く世になった。修理や改造を趣味とし、自分で行うプライベーターには便利な世の中になった。


 いじる環境が出来た故に弄り壊す事も多いが。


 ◆          ◆          ◆


 その客は動かなくなったカブを押して訪れた。


「たまには店に出すのも悪く無いかな~って」


 この手の言い訳じみた事を言って来る自称プライベーターは多い。普段は自分でやっているけど気まぐれに店に出すと言いつつ、実際は自分で対処できずに泣く泣く店に来るのが殆どだ。


 素直に『弄っていて訳が解らなりました。助けてください』と言えばよいのに。そうすればアドバイスなり手助けなりする。商売だから無料でとはいかないが。


 嫌な予感がする。一応は店に来た客なので話くらいは聞く。


「ボアアップキットを組んだら変になったんです~」


(変になったんやない。お前が変にしたんや)


 機械は嘘をつかない。間違えた整備をすれば動かなくなる。


「具体的にどんな症状が出ます?」

「エンジンが点かないんです~」


『エンジンを点ける』って言ってる時点で間違っている。エンジンはかける物。スイッチを入れて電灯を点けるのとは少し違う。家電にスイッチを入れる感覚だろうか。この手の若者は要注意だ。


「ちょっと見させてもらいますね。」


 見るとは言ったけど困った。素性が知れない部品が使われている。何処のメーカーのボアアップキットを使ったのだろう?


 ジェネレーターカバーを外してフライホイールを回してみた。途中で引っ掛かり動かない。何か部品同士が当たっている様だ。


「分解してみんと詳しい事は解らんけど、恐らくピストンとヘッドの何かが当たっとるな。組み直しせんならんわ」


「この位、タダで直してよ」


 常連なら少しくらいの冗談と聞き流すところだ。だが初めて来た一見さんだ。いきなり何を言い出すのかと我が耳を疑った。無礼にもほどが有る。


「お客さん、冗談はほどほどにお願いします」

「だって、修理ぐらいで金を払うのもったいないし」


 ジェネレーターカバーを元に戻す。 修理を仕事とする者に対して『修理ぐらい』とは何と失礼な事を言うのだ。


「そうですか、うちも商売なんで無料では無理ですわ」


 スーパーカブに罪は無いが、こんな常識の無い客はお断りだ。


「あのさ、オッサン。俺は教師、つまり先生だ。高学歴なんだよ?偉い人間なんだよ?あんたみたいな汚い仕事してる人と違うよ?」


 どんな理屈だろう?『先生』と呼ばれて何か勘違いをしているのだろうか?


「高卒でも出来る仕事じゃないんだよ?選ばれた人間だよ?」


『先生』と呼ばれ続けて何か勘違いしている人だな。


「そんな選ばれた方なら修理にお金が掛かることが解りませんか?」


「俺はタダで直して欲しいの~~~!」


 自分のむちゃな要求が通らず地団駄を踏む教師。こんな奴が教師で良いのか?教師ってこんなものなのか? 少なくとも俺の学生時代にはこんな奴は……社会科のあいつぐらいだ。


「じゃあ、無料で直してくれるところが有ったら教えてください。ウチもそこに修理出しますわ」


 こんな奴は相手したらダメだ。御引き取り願おう。


「他にもバイク屋はいくらでも在るわっ!二度と来るかっ!」


 捨て台詞を吐いて『先生』は帰っていった。


「二度と来ないでよろしい、さようなら」


 壊されたスーパーカブには申し訳ない事をしたと思う。


 ◆           ◆          ◆


「……てな事は有ってな」

「タダで直せはないですよね」


「客商売とは言えあんなのが来ると疲れるわ」

「ご愁傷様です」


 トップケースを取り付けながら速人が答える。 暑くなってバックパックでは背中が蒸れて暑いらしい。前カゴは前が見難いから嫌なんだとか。


「何かな、『お前の仕事には金を払う価値が無い』って言われたみたいでガッカリしたわ。俺は所詮しがないバイク屋のオヤジよ」


「おじさんも災難だったけど、そんな人に乗られるカブも災難ですね」


 今年の夏は嫌な事が続く。何かの前触れだろうか。

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