第39話 今都の客はお断り

今都いまづのホームセンターが閉まって以来自転車修理の問い合わせが多い。


「取りに来い」

「引取りはしていません」


「直しに来い」

「出張修理はしておりません」


どの問い合わせにも持って来れば直すと答えるが


「どうやって持って行くんや!頭がおかしいんじゃないか?」

「持って行く運送賃を払え。」

「宅は20年も今都に住んでいるざます!」

「俺様は今都のセレブだぞ!さっさと来て土下座して謝れ!」等々。


電話対応で仕事の手が止まるのと精神的に良くないので、顧客名簿に無い番号だと出ない事にした。まぁ電話番号でおおよその住所がわかるから今までだって今都からの電話は出ていなかったけどな。


何処の店にも同じような電話がかかって来るらしい。


バイク修理の問い合わせは少し減った気がする。 陸王・目黒・その他旧車と呼ばれるクラシックモーターサイクルの平津オートさんが営業再開したからだ。


でも休業前と違って店の前に『他店で購入の方、当店での整備お断り』と大きな看板が出してあった。Tataniの仕事を受けて懲りたのだろう。


もうすぐ来る夏休みに備えてかバイクを買いにくる者も居る。


「宅の息子ちゃんにバイクが欲しいざます!」


と訪れたご婦人。嫌な予感がしつつ対応したら


「時速100㎞で走れて転んだりしないバイクが欲しいざます!」と来たもんだ。


そんな速いバイクはウチでは扱ってないと丁重にお断りしたら


「今都で商売が出来ないようにしてやる!このキ〇〇い!」


と捨て台詞を吐いて帰ってしまった。ウチで扱っているバイクは原付二種までの排気量だから法定最高速度は時速60㎞だ。トライクも扱っていないから転ばないバイクなんて無い。そもそもトライクって高速で何キロまで出して良いんだっけ?オート3輪と同じで時速80㎞までじゃなかったっけ?


(暑さのせいか困った客が多いな)


そもそも今都にもバイク店は有るのだ。セレブを相手しそうなお店が。


     ◆     ◆     ◆


「何でウチみたいな安曇河の小さな店に来るかねぇ」


「中途半端に金持ちなのを自慢したいだけですよ」と、モンキーのオイルを抜いている速人は答えをくれた。


モンキーやカブのエンジンオイルなんて自分で交換できると言う人は多いけど、自宅でのオイル交換は廃オイルの処分が問題だ。ウチでやれば回収業者に引き取ってもらう。一応、回収費はもらうけど廃オイル処理パックの半額程度。オイルさえ買ってもらえれば利益は出るからそれで良い。


「本当のセレブが行く店だと丁寧に扱ってもらえないそうです」

「そらそうや。高嶋では金持ち気分でも大津に行ったら下の下や」


廃オイル回収缶にオイルを捨てる速人とコーヒーを淹れる俺。もしも息子が居たらこんな感じで店をやっていたのかなと思う。


「だからウチみたいな今都より格下の街の店に来る訳か」


自分で言っておいて何だが面白く無い。


「少なくとも修理に関してはTataniより格上だと思います。」


速人はメガネレンチを拭きながら答えた。


「もしかすると速人の方が整備の腕は上かもしれんぞ。」


「まさか」

「そういえばTataniの評判てどないや?聞いた事が有るか?」


「同期で買ってる奴は何人かいるみたいですけど、よい評判は聞きません」


あんな店で買う事が信じられない。


「音が大きすぎだって生徒指導に呼ばれてました。故障が多いみたいな事は聞いた事が有ります」

「見た目は派手やけどな。コピーバイクは信頼性がな。音量規制も守ってるんか分からんしなぁ」


日本のメーカーが売っているバイクなら間違いないと思うが、大陸性のバイクはどうなんだろう。疑い出すと何処までも疑ってしまう。


「駄目なバイクなんですよね?」


「いや。アカンと言い切れん。手が掛かることが多いだけや。弄るのを楽しめる人なら本物より面白いかもしれん。それに何と言っても安いし壊しても惜しくない」


「僕はエンジンが不調で困りました」


「通学で実用に使うのには向かん物かもしれん。 『修理が趣味です』ってMな人にお勧めやな」


「でっかいバイクもモンキーのコピーですか?生徒指導と揉めてましたけど」

「でかいバイク?マグナ50か?マグナのコピーは知らんなぁ」


「原付2種でも大きいのが有るんですね」

「そういえば、この前面白い改造をしてな。同じ原付2種やけど完成したら見に行こか?」


この前のCBRが完成する頃だろう。速人だけじゃなくて理恵も連れて見に行こう。





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