第5話 事情通の男

 今日も大島サイクルは仕事が切れない。パンク修理・タイヤ交換・電球やバッテリー交換など細かな仕事が続く。


 修理引き渡しと預かりで時間は過ぎて気が付けば昼飯時。大島は仕事場で昼食を食べる。奥に引っ込んだ時に限って来客が在るためだ。


 最近腹が出て来たのでサラダを食べる事にしている。おにぎりを食べ終えたところでエンジン音が聞こえた。


「お~い、大島君よ~」


 安井さんがご来店だ。俺の何個か先輩で、バイク友達でもある。


「安井さんもコーヒー飲む?昼飯は?」


 安井さんは大きなバイクも小さなバイクも嗜む情報通だ。


「おお。ブラックで頼むわ。ところで今都の平津オートの話聞いたけ?」

「平津オート?大きいのと旧いバイクの老舗やな。何か有ったん?」


「急に整備の仕事が増えて親父さん過労で倒れたらしいぞ。何や売るだけで整備を平津オートにまくる所が出来たらしいわ」


「ふ~ん、そういえばうちもキットバイクの整備の問い合わせが来るわ~。よく解らんから全部みな断ってるけんど。整備せんバイク屋って何処や?」


「いや~店までは解らんけど何か勘違いした連中で煩い奴ららしいな」

「今都の連中は全部うるさい奴や、ウチでは全部お断り」


 5町1村が合併した高嶋市。その中で最も行儀が悪く常識の無い今都町。ウチでは基本的に出入り禁止。修理で引き取りをしていないのは今都町の奴らを相手しないためでもある。


「大島君も気をつけや。客も店もロクな物や無いで」

「わかってる。『君子危うきに近寄らず』や」


 半時間ほどコーヒーを飲みながら話をして安井さんは帰った。


 困って訪れた客に『余所で買ったバイクは整備お断り』なんて言いたくないのだが、今都は嫌いだ。相手したくない。


 午前中に作業が進んだので午後はゆったりと時間を過ごせた。工具を磨き、工場を掃除する。労働環境の改善である。


「顧客満足度をアップ~♪フンフフ~ン♪」


 夕方になり、店じまいを考え始めた頃にけたたましい排気音が近づいてきた。理恵のゴリラの音じゃない。


「おっちゃ~ん!助けて~!」


 理恵が飛び込んで来た。後ろにゴリラ? いや、モンキー? おとなしそうな男の子が妙ちくりんなバイクに乗って付いて来た。


 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。


 顔をしかめて接客するなんて商売人として失格なのはわかっている。何とか笑顔で対応しようとするが酷いバイクだ。


「いらっしゃい。友達か?派手なバイクを連れて来たやんけ」


 顔が引きつっているのが自分でもわかる。


「同級生やけど、バイクの調子が悪いんやって。おっちゃん見てくれる?」


 理恵おさるの声に元気が無い。


「とりあえず動いてるな。具体的な症状を教えてくれるか?」


 付いてきた男の子は泣きそうになって答えた。


「バイトして買ったんですけど買った店で見てもらうほど調子が悪くなるんです。修理しても直らないし、お金もどんどん無くなるし……」


「う~ん。おっちゃんが今までいじったバイクじゃないからな。少し時間が欲しいな。何日か預からせてくれるかな?」


「おっちゃん、お願いな」

「おう、取りあえず見せてもらうわ。今日は代わりのスクーターを出すから免許を確認させてもらえるかな?」


「はい。免許です」


 高島高校の生徒らしく原付では無くて小型自動二輪免許を持っている。


(本田速人……本田が乗るホンダのバイクか)


 今日は代車を貸して帰ってもらう事にした。

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